第4話 危険
残業終わりにスマホを見て一瞬で仕事のことが吹き飛んだ。LINEが来てる。佐々橋さんから。時間は?15分前。ぶれた写真と「駅のちかくです」の文字……特徴はレンガ調の壁のケーキ屋さん。あっ、わかった。
「お疲れ様でした!」
急いで荷物をまとめて学校を後にする。今のところ負けてないけど、今回も大丈夫という保証はない。もやもやと心配ばかり浮かぶのは、意外とあの獣がこちらの話を聞いて対策を取ろうという姿勢を持っているんじゃないかと思うから。学校から駅までは徒歩20分かからないくらい!急いだらもっと早いはず!ヒール薄くて良かったと、かつての自分に感謝して走る。
「佐々橋さん!」
「クソッ、来やがったか!」
「あ、鈴藤さん……」
状況を見る。距離を取る獣、座り込む佐々橋さん、こちらがわに転がっているリュックの中は淡く光っている。アズライトは無事みたい。自分の鞄の中の石に触れる。
「遅くなってごめんなさい」
「えっ、いいえ、お仕事大丈夫ですか?」
「うん」
「一緒に戦うよ」
「ありがとうございます……!」
何より気になるのは、地面の赤。確認するまでもなく、彼女の左肩に同じ赤い線。嫌な予感が的中した。怪我させてしまった。やっぱり危なかったじゃない。後悔。怒り。頭は酷く冴えている。
「立てる?」
「あっ全然大丈夫です!」
敵が何かを掲げる。
「気をつけてください!弓みたいなの打ってきます!」
「私が引き付けるから、隙を見て近づける?」
「えっ、鈴藤さん危なくないですか?」
「なんとかするよ。行くよ!」
「はっ、はい!」
碌に確認を取っていない自覚はあるけど、悠長に話させてもくれなそう。とにかくこちらに意識を向けさせたい。丁度途中から来たおかげで、元々すっごいこっち見てるし。万年文化部の事務職だけど、よくわからない力で頑張るしかない。ぐっと踏み込んで、敵の方へ!
「お前っ!」
使い方合ってるのかわからないけど、とにかくステッキを振り回す。敵が少し退く。ついでに足元の砂利を思いっきり蹴り上げる。
「チッ!」
お互いに視界の悪い中、再度弓……ちょっと形違うから弓じゃないのかな……とにかくそれをつがえる瞬間、背後に佐々橋さんが回ったのが見えた。
「今!」
「はい!」
振り下ろす。光った。
「うわあああああああ!!!」
悲鳴。光が収まる頃には、敵は逃げ出していた。毎回追い払うばかりだけど、今はそれを追おうとも思わない。それよりも佐々橋さん!
「傷見せて!本当にごめんね……」
「そんな、鈴藤さんが謝ることじゃないです!私が弓にびっくりして転んじゃっただけです!」
「……とりあえず手当てしよう。そのあたりに薬局あったよね、ちょっと行ってくるから待っててくれる?」
「そんな、大丈夫ですって」
「腕回せる?痛くない?」
「えっと、はい」
「じゃあまずは消毒しようか。制服切れちゃったけど、替えはある?」
「あ、家に……」
「良かった。親御さんに連絡する?」
「……いえ、いりません」
「遅くなっちゃったから、私電話するよ?」
「いりません!」
声に驚く。言った本人は気まずそうに目を逸らした。
「……ごめんなさい」
「ううん、何か理由があるんだよね。せめて送ってくのは駄目かな?」
「そんな、悪いですよ……」
「そこは気にしないで。行こっか。途中で薬局寄らせてね」
「……はい」
佐々橋さんの歩みに合わせて進む。道中は無言。でも薬局の買い物には着いてきてくれた。消毒と絆創膏だけやらせてもらって、拒否はしてないみたいだからと家まで送る。人と話すのが得意ってわけでもないから、何て声をかけたらいいかは正直わからない。悩み多き高校生だし。……高校生か……あの頃は若かった。子どもだった。何より、すべてに全力だった。
「あ、そうだ」
「?」
「佐々橋さんは部活とか委員会とか、そういうのやってるの?」
「あ、えっと……文芸部です」
「文芸部!あれか、文化祭とかで本?雑誌?とか作るの?」
「あっそうです。むしろ、それしかしないけど」
「ゆるいの?」
「とっても!」
「あはは、そりゃいいね」
「…………良いんですかね、こんなので」
「え?」
「私、何もできないから」
「佐々橋さん……」
「……でも最近はちょっとだけましなんですよ」
呟くように言って、ぱっと顔が上がる。
「えーっと、ごめんなさい、変なこと言って!家ここなのでもう大丈夫です!今日はすみませんでした!それでは!」
矢継ぎ早に言いながら門を開けて中へ進んでいく。鍵を開けようとする途中で声を掛ける。
「また連絡するから!宿題とかも持っておいで!今度は何飲むか考えといて!」
ぺこりとお辞儀をして、家の中へ消えていった。鍵ってことは、この時間でまだ一人なのか。ていうか家でっかい。すごい。裏に庭とかありそう。ぱっと電気がついたのがわかる。……佐々橋さん、大丈夫かな。とはいえ私が踏み込むのもどうなの。そういえば私達の関係性は不思議で、未だにどう名前をつけるのが正しいのかわからない。とにかく……私も今日は帰ろう。
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