第3話 佐々橋なごみ
アラームが鳴る。怠い体をどうにか引き起こす。部屋を出て1階へ降りると、いつも通り誰もいない。食卓の上のパンの袋を開けて適当に取り出す。塩パンだ。甘いのが良かったなと思うけど、入ってないや。立ったまま冷蔵庫を開けてこちらも適当にペットボトルを取る。といってもまとめ買いだから緑茶と水しかない。半分飲んで、残りは蓋をしめて置く。このまま学校に持っていこう。
「なごみ~、もう行くの~?」
「おはよう、アズライト。うーん、もうちょっとしたらかな。今日はどうする?」
「あいつ、昨日も出たし……今日は大人しくしているわ」
「家?鞄?」
「良いなら鞄に着いていくけど」
「いいよ。あと20分くらいで行くからね」
「は~い」
歯ブラシを口に入れる。こんな何気ない会話がちょっと嬉しい。相手人間じゃないけど。……そういえば何なんだろう?鈴藤さんは知ってるのかな。あの日以降話す人が増えて、ちょっとだけ楽しい。
「じゃあこの問題を、ここの列の人順番に」
学校は楽しくない。私はあまり頭が良くない。背ばっかり高いから一番後ろの席だけど、そういう当てられ方するとだいたい後半の問題ってややこしい気がする。
「次、佐々橋」
「わかりません」
「……じゃあ隣、飯坂」
「はい」
先生も期待しない。夏休み明けくらいから、みんな諦めてくれるようになった。隣の席ののんちゃん、いつもごめん。頭いいのに何故か同じ部活だから余計気まずい。昼食のことを考える。朝買ってきたパン、新商品なんだよね。マロン味、最近多い。秋だからかな。宿題が出されて授業が終わる。お昼食べたら机で寝る。チャイムが鳴ったらまた授業。文化祭も終わった今、部活はほとんど無いに等しい。それこそのんちゃんとか、行ってる子もいるけど。
「なごみちゃん」
「はい!」
びっくりした。のんちゃんだった。
「あ、ごめん、起こした?」
「ううん、大丈夫。どうしたの?ていうかさっきはごめんね」
「全然。なごみちゃんって電車通じゃなかった?」
「そうだよ」
身体を起こしたらみんなの話し声が聞こえる。昼休みってこんなに騒がしいんだっけ。
「中橋駅の建物が壊れちゃったらしくて、止まってはないっぽいけど、帰る前に情報集めたほうが良いかも」
「ええ!?ありがと!」
私の最寄り駅!困っちゃうなぁ、どうしよう、って思ったところで、机に掛けた鞄が不自然に揺れる。なんでもないですって顔をして開けると、アズライトがこちらを見ていた。あの石とかを入れているポーチを開けて、指差して入って貰って、ごめんねと思いながら閉じて、そのまま取り出す。ポケットに入れてトイレへ走った。幸い、奥の個室は電気が切れているから、だいたい空いている。
「どうしたの?びっくりした」
「さっきのお話が聞こえちゃったから……。また何かが壊されたの、奴らのせいかとおもって」
「確かに……私の最寄り駅だから、前に戦ったとこの近くだ」
「確かめに行く?連れて行けるけど……」
「お願い!」
「でも、ええと、良いんだっけ?もう少し、この施設にいないといけないんじゃないの?」
「1時間くらいなら大丈夫」
「そう?じゃあもう行く?」
「うん!」
頷くが早いか、次に目を開けたときには風が吹いていた。外。駅から少し離れた道の端。あ、上靴のままで来ちゃった。変身するからいっか。野次馬や警察が駅に押し寄せているみたいで、この位置ならすぐにはバレなさそう。とりあえず、と石に指を当てる。制服でここにずっといるの良くないもんね。見慣れた駅は確かに壊れている。屋根の上の方がひしゃげていて、折角のお洒落な建物がちょっと違和感。
「いるのかな、あの獣……」
「わからないわ」
「とりあえずちょっと回ってみよう」
ヒールになった足で進み出す。物陰に隠れながらこっそり、バレないように。……でも、バレて何が困るんだろう。むしろ……。
「あっ!」
アズライトが声を上げる。駅から少し先に、あいつはいた。
「やっぱりあなただったんだ!」
「……来たか」
アズライトが背後に隠れる。
「やっぱりこれだな」
「何が?」
「ふん……。一応問答しておいてやる。あいつを寄越せ!」
「嫌!」
「交渉決裂だな」
獣がこちらへ走ってくる。ぐんと顔が近づいて、ちょっと気持ち悪い。とにかくまずはステッキ。
「ふんっ!」
振りかざす前に距離を取られた。
「それなら!」
こないだ教えてもらったように光らせる!
「くっ……」
遠いけど少しは効果がありそう。そうだ!
イメージしてステッキを持ち直す。ビームみたいに、光をまとめて、まっすぐ!
「えーい!!」
「なんだと?!」
イメージ通り、どころか、思ってたより強い光がばーんと出た。相手も私もびっくり。でもこれならいける!
「もう1回!」
「くそっ!」
今度はもっと思いっきり。おかげで獣はさっさと退散してくれた。
「ありがとう、なごみ!」
「どういたしまして」
……誰かに感謝されるのって、何かができると思えるって、こーんなに嬉しいし楽しいんだなぁ。
「本当にすぐだったわね!さ、さっきのところへ戻りましょう!」
「……はーい」
1時間もかかんなかったなぁ。でも今の時間の授業は始まっちゃってるし、どこでサボろうかな。
帰り際、携帯のニュースを見る。どうやら電車は無事に動いているみたいなので、このまま帰ろう。夕飯代はまだ余裕があるし、今日は何を食べようかな。
あ、ライン来てる。鈴藤さんから……“待ってて”? 別に早く帰ってもしょうがないから、校門を出て少し進んだところで待つことにした。
「佐々橋さん!」
「あ、鈴藤さん」
「……今日、戦ったでしょ」
「なんでわかったんですか!?」
「やっぱり!ニュース調べたし、なんか昼休み明けくらいに石光ってたから」
「……駄目ですか?」
怒られるのかな、とドキドキする。
「駄目ではないと思う。けど、危ないよ。怪我してない?大丈夫?」
「大丈夫です」
「……なら、よかった。無茶だけはしないでね、ほんと」
……心配してくれた。優しい人だと思う。ちょっと胸が痛むけど、正直言っちゃえば。
私、この戦い始めて、良かった。
「そうだ、授業はちゃんと出た?」
痛いとこ突くなあ!
「……もっ、もちろん!」
「絶対嘘でしょ」
「…………ごめんなさい……」
「授業は嫌い?」
「どうせわかんないですもん………」
「じゃあ、……毎日はちょっとあれだし、週2くらいで勉強、みよっか?私もあんまり頭よくないけど。情報共有もできるし」
嬉しい話だと思う。でも、なんで?疑問を口に出してぶつけてみる。
「……なんで、そんなに私に構ってくれるんですか?」
「……難しいこと聞くね」
「難しいんですか?」
「うーん……。私はもう大人だし、佐々橋さんみたいなキラキラしたやる気は無いんだけど……そういう学生を見てたら、応援はしたくなるかな」
「そうですか……」
あんまりわかんない。大人って、子供って、どういうことなんだろう。少なくとも、鈴藤さんは私の知ってる大人とちょっと違うなって思う。私なんかにも優しいから。
「じゃあ、また連絡するね」
「はい!」
手を振って別れる。なんだか不思議な感じ。とりあえず、今日はコンビニでチキン買って帰ろ。
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