第2話 瑞々しい出会い
翌日。外に行きたがるアズライトをちょっと強めに諭してから出勤。時々気にしてはみたけど、意外とちゃんと着いてこなかったななんて思いながら、仕事を終えて帰路についた。今日は残業短め。昨日途中だった発送は郵便局の営業時間内に終えられた。よしよし。校内からはまだ声がする。学校事務の私たちより、学生たちの方が帰宅は遅い。先生方はもっと遅いんだろう。アズライトは家にいるのかなと考えながら駅へ向かう道すがら、後ろから走る音。学生かなと道を譲ろうとして、そこで音が止まった。
「あの、すいません!」
うちの高校の生徒だ。
「な、なんでしょう?」
「ええと……ちょっと、お話したいことが……」
ショートヘアーの快活そうな少女。目を泳がせて言葉を探すけど、どうやらうまく言えないよう。……一応下校路でこういうのはあんまり良くない気がするし、話を進めよう。こんな困った顔されたらしょうがない。
「とりあえず、どっか座ろっか」
「あ、すいません、ありがとうございます……」
「話は込み入りそう?」
「ええと……多分……?」
「じゃあどっか入る?時間とか大丈夫?」
「は、はい!」
駅入り口のコーヒーショップ……ではなく、ちょっと先の地下のカフェ。確かチェーンだと思うけど、高校生はあまりいなくて、営業さんらしい社会人が多いイメージのところ。ちょっとお高めだからかな。彼女もきょろきょろと見回しているから、初めてなのかも。話をするなら奥のボックス席かな。
「とりあえず何か頼もうか」
「あ、え、あの……」
「あっ、値段気にしないで。流石に出すよ」
「そんな!」
「私が連れてきちゃったわけだし。コーヒー以外もあるよ」
「すいません……」
「頼まないで座ってるのも良くないし、どうぞ」
「じゃ、じゃあ、ココアを……」
「じゃあオーダーしちゃうね。すいませーん」
店員の笑顔を見送りながら、目の前の彼女に視線を戻す。快活そうという印象が変わってきた。むしろ不安げでおどおどしているような。そう考えると、私に声をかけるのも相当頑張ったんじゃないかな。でもそういう一線をぽんと越えられるのが若さだと思う。学生が頑張る姿はきらきらしていてすごいなと思う。
「それで、どうしたの?こんな一介の事務員に」
「事務……?」
「あれ、そういうことじゃないの?」
「ええと、あの……これ……」
彼女が差し出したのは、私が昨日から鞄に入れっぱなしの石……に、よく似たものだった。
「実は……アズライトから聞いて……。えっと、会ったのは今日のお昼なんですけど、なんか光ってるの見つけて」
「……そうなんだ。あの子は?」
「いいよって言うまで出てこないでねって言ったら、ちゃんとリュックに入ってます」
ストラップが揺れるモスグリーンのリュック。星の砂の瓶かな。アズライトは約束を守って出てこない。彼女も彼女の目的のためにちゃんと動いていたんだ。思考の間に店員さんが見えたので、頷いて黙る。ココアとウインナコーヒーが少し迷ってから置かれた。仕事終わりには糖分を摂取させてほしい。
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
店員さんがいなくなるのを待って、彼女を見る。彼女は私のウインナコーヒーを見ていた。
「飲んでみる?」
「い、いえ!や、あの、何乗ってるのかなって」
「これ?生クリームだよ」
「へー!」
目が見開かれる。かわいい。
「それで、あなたもアズライトと会っちゃったの?」
「あっはい!そ、そうです!あ、私、佐々橋なごみです!南高の1年です!」
「お名前聞いてなかったね。南高の学校事務をしてます、鈴藤ひよりです。よろしくね」
「あっだから事務!」
「そうそう。学生さんがどうしたのかと思ってたよ」
「えへへ、知らない大人に声かけるの緊張しちゃいました……」
ふにゃりと笑う姿を見て、ふと、この子も戦うの?と思った。高尚な理由があって学校関連の仕事についたわけでは全くないけれど、少しでも話をした子が危険に巻き込まれていくのは嫌だ。
「あの、アズライトと話したんですけど、家に隠れてもらおうかなって言ってて」
「……危なくない?」
「なんか、戦えるので!」
「まあ、そうなんだけど……」
「私……あの、もう気づかれてるかもしれないんですけど、こんなんなので、失敗ばっかりで。こうやって頼りにされることって、なくて……。だから、危ないのはわかってるんですけど……その……」
「……力を貸してあげたい?」
「はい!」
……そんなことを言われてしまっては、こちらも困ってしまう。邪魔できるほど彼女を知らないし、代わりを用意できるわけでもない。アニメで見る魔法少女たちはこうやって搾取されるのかなぁなんて。
「アズライト、そっからでいいから、喋れる?」
「あら、喋っていいの?」
「小声でね。危険性はあなたもわかってる?」
「ええ。ただ、奴らが諦めてくれればいいと思って逃げているだけだし、私もずっとこの世界にいるつもりではないから、何回かくらいは駄目かしら?」
「……佐々橋さんは、やりたいんだよね」
「…………駄目ですか?」
悩む。悩むけど、これは私の一存で決めることでもないか。本人がやりたいって言ってることを見ず知らずの大人が止めるのもどうなの?でも、せめてできるだけ危なくないようにしてあげたい。
「連絡先交換しよう。何かあったらすぐ呼んで」
「じゃあ……!」
「私がとやかく言うことでも無いんだけどね。せめて心配くらいはさせてほしいな」
「はい!ありがとうございます!」
「それから……アズライト、何か私たちに対価ってある?」
「たいか?」
危険が伴ううえに時間的拘束も(多少)ある。無給では割に合わない。仕事をしている身としてはそう思う。
「それなら、その石をあげるわ」
「えっいいの?」
「価値……ありそうだけどね」
「この世界では宝石に類するでしょう?高価なんじゃないの?奴らが諦めれば、私には必要ないわけだし」
「新種とかだったら騒ぎになるんじゃ」
石に新種とかあるのかよく知らないけど。
「あ、多分それは大丈夫。この世界に存在できる物に変換されているはずよ。だから私もアズライト。宝石の名前でしょう?」
「ほんとはなんていうの?」
「言語が違いすぎて発音できないわね」
「すごーい!」
純粋に笑う彼女。……やっぱりちょっと心配だなあ、この子。でも、高校生なんてこんなもんだった気もする。LINEの通知を一番上にクリップ。これで何か変わるわけではないだろうけど。
「……あれ」
LINEの通知に近隣のニュース。公園の遊具が突然壊れたとか。……これ、家の近くなんだけど。
「アズライト、ちょっと」
「ん?わあこれおいしーい!」
「人の生クリーム取らないでよ。いつの間に出てきたの……」
「飽きちゃった。それで、どうしたの?」
「これ、もしかして昨日の奴?」
画像を見せる。
「わからないけど、そこまで連れていけるわよ、私」
「ほんと!?」
「ええ……便利……チート………」
「もう行っていいの?それ飲む?」
「飲んで、お金払わないとかな」
「じゃあ急がなきゃ!あちっ」
「気をつけてね……」
こんなに優雅な出動ある?
目を閉じて開いたら、もう全然違うところだった。でも知ってる景色。見たことのある公園。滑り台が壊れている。
「鈴藤さん、ここ知ってますか?」
「うん………割と家の近く」
「そうなんですか!?」
「佐々橋さんちは別方向なんだね、良かった」
「よし!来たな!!」
振り返ると昨日の獣。やっぱりそうだった。
「お前らはこの世界を壊してほしくはないんだろ!?大人しく奴を渡せ!」
「鈴藤さん!」
「う、うん!」
石の中央部を押す。風と光。変な感じ。目を開けると隣には黄色が基調の佐々橋さん。そういえば石も黄色っぽかったっけ。
「あ、色違いなんですね!」
「そうみたいだね」
これだけ若い子と同じような格好してるのはちょっと恥ずかしいものがある。とにかく、今は戦わなきゃ。私より先に隣で佐々橋さんが走る。
「えーい!」
殴った。え!?
「ちょ、ちょっと佐々橋さん……」
「はい!」
「これって殴るものなの?」
「え、だって戦ってって言われたので……。あ、もしかして刺すんですか!?」
「ええと……振ってごらん?」
「わあ!光った!」
「うわあっ!くそっ……!」
佐々橋さんの出した光で、相手がふらふらと逃げ出すのが見える。なんだか今日は全体的にゆるいなあ。……公園が壊された以外は。
「2人とも、ありがとう!」
アズライトが鞄から出てくる。……そうだ、話の途中だったんだ。
「佐々橋さん。戦えるのはわかったけど、無理して戦わないで逃げること。仕事中は携帯見られないけど……。それ以外なら行くから」
「ありがとうございます。大丈夫ですよ!」
「ま、今日は帰ろうか。警察とか来ても面倒だし」
「あっ、そうですね!」
「じゃあ私はまた鞄に隠れれば良いかしら?」
「うん!」
「駅はそこの道まっすぐ行って、突き当たりを右ね」
「あ、わざわざすみません!」
「じゃあ、気をつけて」
「はい!」
後ろ姿を見送って気づく。そういえば、これ何人まで増やせるのか聞くの忘れちゃったな。
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