第13話

ハルがアルバイトをしているのを、僕は一度も見たことがない。

彼は持ち前の才能を生かして、趣味の良いアクセサリを自作して販売したり、どのルートから仕入れているか分からないが、自分で輸入を行い、居酒屋やバーなどで出会った客に販売しながら商売をしていた。


1年も経つと彼の趣味を気に入る客が順調に増え、学生商売と言えど、それなりに安定した収入が入るようになっていた。


SNS黎明期ではあったが、流行りにさとい2-30代の若者相手に商売をしていたため、インターネットを駆使してのオンライン販売もすればいいんじゃないと言ったことがある。


その際にもハルは”微笑”を浮かべていた。

見下した意味合いを含んだ微笑ではない。それは僕にも分かる。

そして諦念を含んだ微笑でもない。こいつにはわからないだろう、という意味合いでもない。別に哀愁を感じさせる遠い目をしているわけでもない。


”微笑”なのだ。


彼の孤独はどのくらいの深さなのだろう。僕の20年にも及ばない期間で身につけた物差しでは到底測ることができなかった。彼のその”微笑”を見るたびに、僕はいつも申し訳ない気持ちになった。無力感があった。


ハルは大学で友人も数多くいるように見える。年齢問わず女性からモテる。学業成績も全く問題ない。自分で行っている商売でそれなりの成功を収めている。両親との仲良さげな写真もたまに見せてもらえる。二人兄妹である妹とたまに電話しているのを喫煙所で聴く。(彼は全く嫌味なくパイプをふかす)


だが一つだけ、彼の孤独を知る手掛かりになるものがあった。

それはハルから暴力を受けているハルの彼女だ。


彼女に対してだけハルは異常な暴力性を見せる。

ハルとハルの彼女と僕の3人で宅飲みをしていたことがある。

スーパーで適当に刺身やキムチなんかのおつまみを買って発泡酒で乾杯し

取り止めもない話をして気軽に盛り上がっていた夜。


日が回ろうかとする頃、眠くなってきたので自宅に帰ることにしハルの家を後にする。階段を降り、タバコをくわえる。しまった、ライターがない。目と鼻の先にコンビニがあるので、買いに行ってもいいがバイトの給料日前で金欠だったのでハルの家に取りに帰ろうとする。


玄関の取手に手をかけた時、中からゴッゴッと打撃音が聞こえてくる。声は聞こえない。不審だ。夏の蒸し暑い日だったので、キッチンの換気扇が付けっぱなしになっている。すりガラスのキッチンの小窓からは中が確認できない。小窓に手をかける。都合が良いのか、都合が悪いのか、小窓に鍵はかかっていない。音が出ないよう注意深く小窓を左側にスライドする。


ハルが無言で彼女を殴っていた。顔面を殴り続けていた。だが、彼女は悲鳴一つあげない。呼吸音すら聞こえてこない。すでに彼女の顔もハルの拳も朱に染まり、先ほどまでの穏やかな空気は消え去り、暴力性だけがその場に存在していた。


僕は警察に通報しようと思いスマホを取り出したが、辞めた。

小窓をゆっくりと右側にスライドし、再度階段を降りた。

タバコをくわえたままコンビニにより、BIGの100円ライターを購入し、店を出た。


ピースに火をつける。湿度の高い日なのに随分と旨味が感じられる。鼻歌まじりに早足で自宅へと帰ってゆく。あと5-6本残りはあったが、握り潰し排水溝に捨てた。





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