第9話
ハルはピカソが大好きだった。決してピカソのフルネームを空で覚えることはなかったが、彼の部屋にはいつもピカソの絵が飾られていた。数ヶ月に一度絵が取り替えられていたが、特に青の時代の作品がよく飾られていた。
ハルは1年浪人して大学に入学しているので、僕の1つ上に当たる。
成人もしていないときに同級生が歳下になるというのは、結構気にすることだと思うがハルはその辺り一切気にしていないようだった。
最初から皆、ハルに敬語を使わないことが当たり前に感じられたし、だからと行っていじったりできる空気感がないのがハルの特徴だった。どこか浮世離れした雰囲気を最初から漂わせていた。
ファッションセンスも磨かれていた。大学生になり始めて私服登校になる生徒は大抵、サイジングか色味か組み合わせでしくじる。「あ〜頑張ってるね」という印象を与えるちぐはぐなファッションを散った桜の花びらのランウェイ上で披露するものだが、ハルはすでに最初から完成していた。
アジアンなテイストをコンセプトに、ハイゲージのニットにカーゴパンツ、皮編みのサンダルを纏う洒脱な格好は、チャオパニックというブランド名を覚えたての大学生には到底理解することはできなかった。
彼とは『新月(※ここは店名また考えた方がええかも)』というバーでよく酒を飲んだ。彼は基本的にはジントニックばかり飲んでいて、少し気分がいい時や財布が詰まっている時はシャルトリューズをトニックで割って飲んでいた。僕は大体ハウスのウィスキーをハイボールにして飲んでいた。
その日は僕もハルも酔い過ぎていた。昼明け3コマに『現代演劇基礎論』の授業を受けた後、最寄りのコンビニで僕はサンドイッチを、ハルは唐揚げマヨネーズのおにぎりを食し新月へと歩いて向かった。
15時08分。平日この時間帯の新月は大概空いており、マスターものんびりと夜に向けての仕込みを行っている。ナッツをつまみにハイネケンから飲み始める。店内はビル・エヴァンスが少し小さめの音量で流されている。地下にある店のため外界の様子がわからない。壁にかけられた時計を見ると15時15分を指しているが、正直その時間が正しいのか間違っているのかが直感では判断できなくなる。まだ外に日が出ている時に新月に訪れると、妙な居心地の悪さを感じる。間違った時間に、間違った場所に訪れたような違和感がいつもある。大概そういう時はビールから始め、違和感をアルコールで流そうと努める。
ハルは逆にこの時間帯の方が落ち着くらしく、僕の半分ほどのペースを飲酒し、いつも18時ごろになると、あっさりと一人で帰っていく。僕はその後もしばらくくだを巻き、一人で帰る。
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