第6話

船が暗礁に乗り上げた。

ゆく先は全く見えない。連絡手段も失われた。海の向こうにいる仲間と連絡を取ることもできない。

これからどこへ向かうのか。どこへ向かいたいのか。

皆目検討もつかない。


同じ海を見ていたはずなのに。全く別の海が目の前に広がっている。

これまでは爽やかな群青色をした海を見ていたはずだが、

今目の前には漆黒と群青が混ざった海が広がっており、そこかしこに海中生物の影が見て取れる。漆黒なのに。


今僕が乗り上げている暗礁の上には、これまで使ってきた最新型だが故障してしまった船と、まだ仮組みすらできていない舟がある。


暗礁に乗り上げた時、暗礁に乗り上げたことがわからなかった。

そこは一つの達成を見せた後のユートピアのような場所だと当時の僕は思っていた。

ストレスからは解放され、十分に攻撃力/防御力を兼ね備えた装備を手にし、

闘う必要もほとんどない中で悠々自適に暮らして行ける。

その世界線は、ずっと自分自身が待ち望んでいた世界だった。夢が実現した。


夢は実現した瞬間から暗礁へと変わる。

なぜ自分はストレスを放棄したんだろう?

なぜ自分はこんなに重々しい装備をつけて自由を気取っているんだろう?

人との闘いが終われば、人生においての闘いが終わると勘違いしたのはなぜだろう?


時間的自由/経済的自由が増え、空白/余白が日常を覆うようになった時

上記のような疑問がポコポコと頭の中に沸きはじめ

僕は次第にアルコールに浸るようになっていった。


ある日ハイデガーの「存在と時間」を読みながら、午前9時より白ワインとハイボールをちゃんぽんしながらアルコールに溺れていた。

午前中に朧月が中空に浮かんでいた。その頃はまだ認知能力も正常であった。

空白から逃れるため、留めなく飲酒を続ける。飲んで飲んで飲み続ける。

午後4時ごろ中空に朧月が浮かんでいた。


朧月は朧月だった。

僕はこれまで無意識のうちにその月が午前に浮かぶ月なのか、午後に浮かぶ月なのかを判別していた。アルコールにより処理能力が破壊された脳はその風景の中に"時間"を見て取ることができなかった。一口だけ吸って地面に置いたままにしていたメビウスソフト3mmから、か細く弱々しい煙が上がっていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る