第2話

地下を進む乗り物にしばらく乗った後、地上に上がってきた。


例のウィルスが猛威を奮った時代は過去のもののように、飲食店街も次第に活気を取り戻し始めていた。

頭にネクタイを巻き、土産に寿司を持つようなところまでの酔客はいないものの、

みなマスクの下には事変以前と変わらぬ紅潮した頬がうかがえた。


僕は日本酒を飲むことにした。最近はやっている飲み口が軽やかでフルーティな味わいのする日本酒だ。立ち飲みの日本酒専門店にて、冷やでかぱかぱ飲む。


「もういよいよ出社なんてしたくないよね〜」

「そうだね。もうリモートで仕事回ることに社会は気づき出してるし、ウチもそろそろリモート切替して欲しいよね」


冬子との話をつまみに日本酒を飲み続ける。

とりあえず言っておけば良い"リモートワーク"という市民権を獲得した言葉を、楽しく話しましょうプロトコルの乗っけに持ってくるのはIT業界で働く人間に特有のことだ。


「最近、さすがに仕事振られすぎてて、何ならもう飽きてきてるししんどいわ〜」

「だよね。リモートになるとタスクとダイレクトに向き合わんといかんから、出社するより逆にしんどいよね」


自分たちの認識している"世間"一般の共通テーマで会話を始め、自分の生活に身近なところに会話の根を下ろす。いつものパターンだ。いつもの飲み会の流れだ。世の中に2人組で飲んでいる酔客たちの九分九厘はこの導入の方法を採択しているのではないかと思う。


「というか、もう仕事をする意味って何?くらいまで考えてるかも。哲学かよっ!てね〜、エヘヘ」

「あらま、答えの出ないゾーンに突入しちゃったのね。あんまり考えすぎないようにね」


世の中には二種類の酔客がいる。手近なところで答えを出して思考停止をしたい客と答えの出ない問題を出して思考停止をしたい客だ。基本的にみんな程良いところで思考を止めたいのだ。本気で仕事をする意味を探している人間は酒なんて飲まない。酒の刹那的な爆発力はせいぜいロケット花火くらいのものだ。仕事の意味などという哲学的難題に取り組み、立体的な思想を提示できる深度まで掘削を進めるためにはダイナマイトクラスの火力が持続的に必要だし、誰もその火力を手に入れるために酒を絶ったり、煙草を辞めたり、社会的に一定程度定められた枠組みを外れて、生成変化しながら生きようとなんてしない。


この辺りまで話が進むと、冬子も軽い酩酊状態となる。店を出て、手をつないで御堂筋を歩く。桜の散り始めた季節で、日中はヴィヴィットな色味の花や植物が景色を彩り暖かいが、夜はしんとしておりまだ冷える。





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