第43話 別れ
今日はいよいよアイリーを警察に引き渡さなければならない日である。
孝明は朝早く起床する。
孝明はアイリーを起こそうと呼びに行く。
「アイリー・・・。あのさあ・・・話があ・・・。」
だがそこにはアイリーはいなかった。
先に早起きして朝食の準備でもしているのだろうかと思ってキッチンを覗いてもいない。部屋中を探し回ってもどこにもいない。
(アイリー!一体どこに・・・!?まさか自分から警察に向かったんじゃ・・・!)
その時孝明はふと自分のスマホを見てみると一件メールが届いているのに気づく。
一体誰からだろうと見てみると『孝明へ』とタイトルが添えられており、それを開封する。
『万羽諸島で待ってるからね』
メールにはそれだけ書かれていた。
(なんで・・・そんなところに・・・!?)
アイリーが指定してきた場所は海に面した高い崖のある所である。
今の時間公共交通機関は利用できないため時間はかかってしまうが、孝明は急いで指定の場所まで走って行こうとした。
延々と走り続け孝明はようやく万羽諸島へとたどり着く。
するとそこの崖っぷちにアイリーが一人立っていた。
「孝明、来てくれたんだね。」
そしてアイリーはそっと孝明の方を振り向く。
「アイリー!なんでこんなところに・・・!?」
「孝明、私を警察に引き渡すつもりないんでしょ?」
「・・・!」
孝明はずばり言い当てられ驚愕する。
「ごめん、孝明。私一昨日孝明が出かけてる時にパソコン勝手に見ちゃった。それで、孝明のやろうとしていること分かっちゃって・・・。どこか私を連れて遠くへ逃げるようとしてたんじゃない?」
「それは・・・。」
孝明は何も言えず黙り込んでしまう。
「でもそんなのダメだよ。だって逃げてどうするつもりなの?孝明ずっと警察から追われる身になっちゃうよ?どこにどうやって隠れ住んで生活するつもりなの?そんなの無理だよね?だから・・・ここでさよならだよ。」
「アイリー・・・!まさか・・・ここから飛び降りるつもりなんじゃ・・・!?」
単純な高さだけならアイリーの頑丈さなら完全に壊れることはないかもしれない。
しかしまだ防水加工できていないことを以前言っていたので、海にでも落ちようものなら彼女は完全に故障して再起不能になってしまうだろう。
「ごめんね、孝明。私もできれば孝明とずっといたかったけど・・・もうそれもできない。私と一緒にいたら孝明が不幸になっちゃうから・・・もうそばにはいられない・・・。」
孝明は必死にアイリーを説得し引き留めようとする。
「なんでそんなこと言うんだよ!一緒にいたいなら僕について来てくれよ!それとも本当は僕といるのが嫌なんじゃないのか!?だから僕と別れるだなんて言ってるんじゃ・・・!!」
「・・・一緒に・・・・・・一緒にいたくない訳ないよ!!」
「・・・!!」
「私だって、できれば孝明ともっと暮らしていたかったよ!!孝明のためにご飯作って・・・!二人で好きな映画観たりゲームしたり・・・!どこかへまた出かけたり・・・!もっと・・・もっと色々と楽しいことしたかったよ!!勝手な事ばかり言わないで!!」
アイリーの突然の怒鳴り声に孝明は驚き絶句する。
まさか彼女がこんな風に怒りだすなど夢にも思っていなかったからだ。
「なのに・・・もうそれさえも叶わない・・・。私は・・・危険な存在だから・・・警察だって野放しにしてくれない・・・。みんな私の事・・・怖がるから・・・もう・・・外だって出歩けない・・・。そばに近づくことさえ許されない・・・。」
「・・・アイリー・・・。」
しばしの間沈黙が続くがアイリーが再び口を開く。
「だけど・・・一緒にいるのが嫌って言うのは・・・半分当たってる・・・かも・・・。」
「え・・・?」
「私・・・ずっと辛かった。美味しい食べ物を食べさせあって美味しさを共有するのだって・・・味の分からない私にはできない・・・・・・。手を握ったり・・・抱き合ったり・・・キスをしたりしても・・・・・・私には何がいいのか分からない。私に分かるのは・・・男と女がそういうことして喜ぶものっていう情報だけ・・・。孝明にも人間の女の子の温かい肌じゃなくて・・・冷たい鉄の塊の感触が伝わるだけ・・・・・・。」
「アイリー・・・。」
「
孝明は何も言えずただただ黙って聞いているしかなかった。
「今だって・・・こんな思いをしているのに・・・・・・涙すら出てこない・・・・・・。どんなに望んでも・・・孝明の子供産んであげることだってできない・・・・・・。他の人間の女の子なら当たり前のようにできることも・・・・・・私にはできない・・・・・・。なんで・・・私だけって・・・・・・。」
アイリーの表情はうつむいているせいでよく見えないが声が震えており本当は今にも泣きたいという気持ちがひしひし伝わってきた。
孝明はショックの余り頭の中が真っ白になった。
自分はアイリーの気持ちを考えてるつもりで全く理解できていなかったことに。
思い返してみればそのような素振りを今まで何度か見てきた。
しかし、そこから彼女の心境を察してあげられなかった自分に憤りを感じていた。
「・・・愚痴りだしてごめんね。孝明は何も悪くないのに、当たり散らすようなことして・・・。・・・そろそろ・・・バイバイしよ。もうすぐ、警察の人たちが私を探しに来るかもしれないし。」
アイリーは優しい表情で答えると一歩後退し崖から落ちようとする。
だがその前にアイリーが崖から飛び降りようとする前に孝明が呼び止める。
「アイリー!!その・・・ごめんね。アイリーがそんな気持ちでいたってこと・・・僕、全然気づけなくて・・・。君の気持ち・・・考えてたつもりだったのに・・・ただの自己満足だったのかもしれない・・・。挙句の果てに・・・勝手な事ばっか言い出して・・・。」
「孝明・・・。」
孝明の声は涙声になりつつあったが、話を続けた。
「僕・・・君と一緒にいられて・・・すごく楽しかった。初めて家で料理作った時大失敗したり・・・君にプレゼントを渡した時・・・本当に嬉しそうに受け取ってくれたり・・・。僕の好きなものを共有してくれたり・・・ずっと物足りないって思ってた日常を埋めてくれて、本当に感謝してる・・・。アイリー・・・ありがとう。」
アイリーは微笑みながら返す。
「私もね・・・孝明と一緒にいられてすごく楽しかった。私の知らない楽しいこといっぱい教えてくれて・・・。本当なら・・・ずっとあなたのそばにいてあげたいって思うようになってた。孝明、自己満足だなんてことはないよ。私の事すごく考えてくれてたの分かってるから・・・。私も・・・孝明にはホントに・・・感謝してる。」
「アイリー・・・。」
孝明はかける言葉も思い浮かばずただただアイリーの話を聞いている。
「孝明。前も話たよね。私のね・・・モデルになった子がいるらしいから・・・。だから・・・もし出会うことがあったら・・・私の代わりだと思ってその子を大切にしてあげてほしいなあ・・・。」
アイリーは再び後ずさりし始め、もう一歩で崖の外といったところまで足を運ぶ。
「最後に・・・一言だけ言わせて・・・。ずっと孝明に対するこの気持ち・・・。きっとこの言葉で合ってると思うから・・・。」
最後と言う言葉にこれで本当にお別れの瞬間がやってきたと孝明は感じアイリーを思わず引き留めようとしてしまう。
しかし身体が動かず、その場で固まってしまう。
「孝明、最後まで一緒にいてくれてありがとう。・・・・・・大好き。」
天使というものが存在するならこのような笑い方をするのではないか・・・。そのように感じるような笑顔でアイリーが答える。
そしてアイリーはそのまま後ろへと足を移動させ崖の外へと飛び降りる。
アイリーの身体は崖の下へと急降下し大きな水しぶきを上げながら海の底へと沈んでゆく。
孝明は呆然とその場で立ち尽くしかと思うと、アイリーに呼びかけるように呟きだす。
「君の・・・君の代わりなんて誰もいないよ!僕には・・・君しかいないんだ!!帰ってきてよ!!アイリー!!」
だがその言葉は彼女に届くことも孝明の望みが叶うことも永遠になかった。
数時間後警察が来てアイリーの捜索が開始された。
アイリーは海の底で発見され、その機能は完全に停止し再起不能状態になっていた。
孝明はこの世から完全にアイリーがいなくなった事実を痛感し、しばらく泣き止むことはなかった。
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