第37話 猶予

 太田正治おおたまさはるからアイリーは廃棄処分される可能性が高いという死刑宣告のような言葉を受け藤井孝明ふじいたかあき山崎悠真やまざきゆうまは呆然とするしかなく、生きる希望を失ったも同然の状態にあった成瀬清なるせきよしもただ立ち尽くすだけであった。

 だがいつまでもこうしている訳にはいかないと思い孝明がアイリーの元へ動く。


「・・・ねえ、アイリー。君は・・・どうしたい?」


 たとえアイリーがどう答えようと世間が許すはずがない、そうそう分かりきっていたが孝明はそのように聞く。

 しかし、アイリーは何も答えずうつむいている。


「・・・アイリー?」


「・・・たし・・・。」


 沈黙しひざまついていたアイリーもしばらくすると何かを小声で呟く。

 よく聞こえず孝明は再度聞き返すように返事を促し待つ。


「私・・・人を・・・殺したの?それも・・・2人も・・・。・・・ううん。新沼って人も・・・私があんなことをしなければ・・・。飛び出して車にはねられることも・・・なかったかも・・・。だからあの人も実質・・・私が・・・。」


 孝明はアイリーが自分のしたことにショックを受けパニックになっていることに気づく。

 身体は震えており目は焦点が合っていない様子であった。


「違うよアイリー!君は・・・人を殺したんじゃない!結果的にそうなってしまっただけで・・・!そもそも君は研究所での出来事は覚えてないんだろ!?」


「・・・うん。前の事件のことは・・・今でも思い出せなくて・・・。新沼って人が暴れ出して渡辺って人が取り押さえたところまでは覚えてるんだけど・・・。そこから記憶が飛んでて・・・。気が付いたら・・・渡辺が血まみれで倒れてて・・・。それで誰もいなくて・・・外が騒がしかったから行ってみたら・・・新沼も死んでて・・・。」


「でも・・・今回のはちゃんと覚えてるんだよね?」


 アイリーは孝明の方を向かずうつむいたまま答える。


「はっきり・・・覚えてる。私・・・孝明が危ないって思って・・・。それで茉莉花まりかを止めないとって思ったんだけど・・・。でも・・・うまく自分の身体をコントロールできなくて・・・。気が付いたら・・・あの人を突き落としてた・・・。」


「・・・・・・・・。」


 アイリーの言葉を聞き一同は沈黙を余儀なくされている中、成瀬が話し出す。


「すまない藤井君。もうこのようなことが起きないよう改良したつもりでいた。だがまたアイリーが暴走し出すのかもしれないと危惧しておきながら君に彼女を託してしまった。私は君が危険な状態に晒してしまったのだ・・・。」


 今思えば成瀬はアイリーが何か問題を起こしていないか度々気にしている様子があった。

 当時はモニタリングをしているのだからそれくらい当たり前だろうとくらいしか思っていなかったが、彼はこのことを心配していたのだろう。


「それは違います!アイリーと一緒にいたいって言い出したのは僕なんですから!

博士は最初止めようとしてましたし!」


「いや、謝らせてくれ。それでも君に預けるべきではなかった。君と出会ったアイリーに変化が訪れたため君に頼んでみようと思ったのだが・・・。本当にすまない。」


 孝明は素直に成瀬の謝罪を受け入れることにした。

 これ以上成瀬を擁護しても彼を困らせてしまうだけだろうと思ったからだ。

 そこに太田警部が口を挟む。


「話してるところ悪いが、そろそろいいか?成瀬博士。あなたには同行を願います。君らには後日事情聴取させてもらうからよろしくな。後は・・・そこのアンドロイドも回収しないとな。」


 そう言うと太田は成瀬の背中を押しアイリーの腕を掴み連れて行こうとする。

 孝明はそれを見てアイリーの間に割り込み止めに入ろうとする。


「待ってください!そんないきなり・・・!!」


 しかし太田は睨み返し孝明に言う。


「一体何を待てと言うんだ?待って何か変わるのか?むしろその間にまた暴走でも起こして人に襲い掛かかるリスクをさらけ出す事になるんだぞ。いい加減にしないと公務執行妨害で貴様も連行するぞ。」


「でも・・・このままじゃ・・・。僕は・・・!」


 孝明は最後まで自分の言いたいことを言えず、悩ましい表情をしたままそこを動かない。

 太田の言うことが正しいとは本心では思っている。

 しかし素直にアイリーを渡す気になれるかというとそういう訳にはいかない。

 このまま彼女を連れていかれ世間体では『物』だからと理由で何の裁定もなく処分され永遠にお別れなどと孝明には受け入れられなかった。


 しばらく様子を見ていた太田だったが、彼から思いがけない言葉が飛んできた。


「3日だ。」


「・・・え?」


 孝明は太田の言葉に反応し聞き返す。


「3日間そのアンドロイドと過ごす時間をやる。それまで心残りの無いよう一緒に過ごすなりしとけ。4日後の早朝にそいつを回収するからな。」


「・・・・・・。」


 孝明は『ありがとうございます』と礼を言うべきなのだろうと思ったが困惑しており言葉が出ずにいる。

 3日もらってその間アイリーとどう過ごせばいいのか。

 そしてその後すんなり彼女を警察に渡していいのか。色んな考えが交差し何も言えずにいる。


「じゃあ、下にいる部下どもの調査ももう終わった頃だろうしそろそろ引き上げるか。」


「あ・・・あの・・・!」


 太田がビルの下へと降りようと扉を開けようとすると孝明が呼び止める。


「なんだ?まだ何かあるのか?」


 孝明は少し言いづらい様子を見せ溜め込むが、自分が太田に言いたいことを言う。


「か・・・『回収』とか『製造物』とか・・・。あの子を物みたいに言わないでください・・・。アイリーは・・・僕の大切な人なんです。」


「孝明・・・。」


 孝明の言葉を聞きアイリーがそう呟く。


「じゃあ4日後の朝7時頃にその少女を連れにお前の家を訪問するからな。ここももう封鎖するからお前らも早く帰るようにな。」


 太田はそう言うと下へと降りて行き部下を連れ帰ってゆく。


 孝明達はどうしたらいいのか分からずしばらく立ち尽くしていたが、いつまでもここにいる訳にはいかないと思い3人は廃墟のビルを後にし、孝明の家へと向かう。


 


 









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