第33話 暴走

 花泉茉莉花はないずみまりか藤井孝明ふじいたかあきが茉莉花よりアイリーと一緒にいたいという発言に躊躇ちゅうちょしてしまっていたが、ようやく冷静さを取り戻し反論する。


「あんた本気で言ってるの!?仮に恋人にしたとしても子供だって作れない!食べ物の味だって分からないから食事の楽しみだって共有できない!アンドロイドだから修理さえすればいくらでも長生きできるけど、人間のあんたはそうはいかない!寿命がそもそも違うのよ!?自分だけが老いてく姿をあんた耐えられるの!?」


 アイリーのことを否定し続ける茉莉花だが、

 ずっと黙り続けていた孝明だが反論をする。


「それでもいい。そんなのたいした問題じゃない。僕は、一緒に好きなことを共感して楽しんでくれる人と一緒にいたいんだ!」


「それが無理だって言ってんでしょ!人形のこいつに人間と同じように物事を楽しんだり喜んだりなんてできてたの!?どうせ無理だったんでしょ!!」


 茉莉花は必死に反発するが、孝明はひるまず続ける。


「じゃあ・・・お前はできてたのかよ?」


「・・・何よ、いきなり・・・。」


 話を自分に振られ、茉莉花は動揺する。


「お前は人間なのに全く人の気持ちを理解できていなかったじゃないか!自分のことばっか考えて!高い物ばかりねだって無理だと言えばへそ曲げて・・・僕が何か話そうとしても露骨に興味無さそうな態度を取り自分の話したいことだけひたすら話して・・・!他の人にも似たようなことばかりしてたんじゃないのか!?」


「・・・!!」


 茉莉花はアイリーや山崎悠真やまざきゆうまに言われたことと同じようなことを孝明にまで言われてしまい、自分に同調してもらえる相手がいないことを知り絶望する。

 なんだかんだで自分に今まで付き合ってくれていた孝明だけは自分の味方でいてくれる・・・そんな淡い期待を彼女はしていたのかもしれない。

 だがそれも彼の先ほどの言葉で打ち砕かれてしまい手汗を大量にかき手に持っている金属バットを力いっぱい握りしめる。


「アイリーは・・・たしかに人の感情がまだ理解できてないのかもしれない。自分が感じているものが楽しいものなのか悲しいものなのか分からないっていうのが本音だと思う。でもそれでもあの子はそれを必死に理解しようとしてくれてたんだ!僕の好きなものや興味があるものに共感してくれようと努力してたんだ!食べ物の味も分からないのに僕のために毎日一生懸命料理のことを調べてくれてたんだ!」


 茉莉花、悠真、成瀬清なるせきよし、そしてアイリーは黙って孝明の話を聞き続ける。

 茉莉花に関しては黙っているというより孝明の言葉にショックを隠し切れず絶句しているといった様子だったが。


「茉莉花・・・。お前に手作りの猫のブローチ・・・プレゼントしたことあっただろ?お前がゴミのように投げ捨てた物を・・・アイリーはアンドロイドとは思えないような満面の笑顔で受け取ってくれたよ。『物の価値は分からないけど自分のために一生懸命作ってくれたのが嬉しい』って。」


 茉莉花はたしかにそんなことがあったと思い返す。

 今更その話を蒸し返されるとは思ってもいなかったといった様子であった。


「僕からしたら・・・人間のくせに鋼鉄のように冷たいお前の心より・・・アイリーの方がよっぽど人間らしいよ。身体は鋼鉄のように冷たくても・・・心はどの人間よりも人間らしくて温かいよ。」


「孝明・・・。」


 アイリーがそうぼやく。

 孝明は今まで溜め込んでいたものを全て吐き出すように茉莉花に言い放っていた。

 孝明の本音を初めて聞いた茉莉花は身体を震わせている。


「あんた・・・今まであたしのことそんな風に思ってたの・・・?」


 孝明は皮肉をこめたような笑い方をし茉莉花に言う。


「むしろあれだけ身勝手な振る舞いしておいてそんな風に思われてなかったって思う方が不思議だよ。茉莉花・・・お前って本当に自分のことしか見えてないんだな・・・。」


 茉莉花はそれを聞いてもうつむいたまま黙ったまま動かない。

 孝明も同様に自分の言いたいことは全て言って力を使い果たしたかのように立ち尽くす。


 だが次の瞬間、茉莉花は再び顔を上げ鬼のような形相へと変貌し孝明を睨みつける。

 そして金属バットを大きく振りかぶせ孝明に突き付けるように向ける。


「だったらそのガラクタ人形の代わりにあんたを殺してやるわよ!!さっきから鳥肌立つようなくっさいセリフを長々長々と並べやがってさあ!!あんたがそんな物わかりの悪い人間だとは思わなかった!!」


 突然の発言に一同は全身に鳥肌が立つような恐怖心に襲われる。

 そんなことをすれば本当に取り返しのつかないことになるのは彼女自身も分かっているはずであろうと皆思っていた。

 だが今の茉莉花は冷静な判断ができていない、あるいは自分自身もどうなってもいいと思い自分の気に入らないもの全てを壊してしまいたい・・・そのように思っているのかもしれない。

 

 このままではまずいと思った成瀬が茉莉花を止めようとする。


「君!一体何を考えているんだ!馬鹿な真似はやめるんだ!そんなことをしたら君自身だって・・・!」


「うるさいくそじじい!!あたしにはもう失う物なんて何もないんだ!だったら刑務所暮らしでも死刑でも何でも受け入れてやるよ!こいつを醜い肉片の塊になるまでぶん殴ってぶち殺したらねえ!!」


 茉莉花の殺意は本物である・・・そう誰しもが思った。

 逃げなければ孝明の命が危ないと思った悠真は孝明に向かって叫ぶ。


「孝明!逃げろ!!」


 そう言いながら悠真は茉莉花を止めようとする。


「邪魔すんなあ!!」


 だが茉莉花は勢いよくバットを振り回し威嚇する。

 驚いた悠真は足がすくみ尻もちをついてしまう。

 

 成瀬も止めに入っても恐らく返り討ちにあうだけだと悟り、どうしたらいいか分からずその場で立ち尽くしているしかなかった。


「そこで大人しくしてなさい!!さもないとあんたから殺すわよ!!」


 悠真は恐怖で全身が震えながらも孝明に逃げるよう必死に呼びかける。


「た・・・孝明逃げろお!!」

 

 孝明は必死になって逃げようと屋上の入口の扉を開けようとする。

 だがすでに茉莉花は孝明の後方に来ておりバットを大きく振りかざし殴りかかろうとする。

 間一髪で孝明は避け屋上を逃げ回るが、手すりの前まで追い詰められてしまう。


 孝明は逃げ場が見つからず、ただ茉莉花が接近してくるのを待っていることしかできなかった。


「この受けた屈辱と辱めはあんたの死で償わせてやるわよ・・・。誰にも・・・あたしの気持ちなんて分かりっこない・・・!」


 そう言うと茉莉花は金属バットを大きく振りかざす。


「しねえええぇぇーー!!」


 茉莉花は孝明に向かってバットを振り下ろそうとする。

 

 その時アイリーが全速力で茉莉花に向かって走り出す。

 それ時全員がスローモーションのようにゆっくり流れるような感覚に陥る。


 成瀬の脳裏に半年前に起こった惨劇が浮かび上がる。


(ま・・・まさか・・・!!)


 研究員二人が死に至った事件・・・、あの時の悲劇が再び再現されてしまうのかと。


「アイリー!やめろ!やめるんだ!」


 成瀬の呼びかけも虚しくアイリーには届かず、突っ走った彼女は茉莉花に強烈な体当たりをかます。


(・・・え?)

 

 茉莉花は自分をめがけ走って来ていたアイリーに気づいたころには時すでに遅く彼女の身体はまるで人形のように宙に浮かんでおり、柵を超え屋上から投げ出される。

 足場のない柵の外へ放り出された茉莉花の身体はそのまま地面へ向かって落下する。

 

 茉莉花の身体は固いコンクリートの上に大きな音を立てながら叩きつけられそこから動かない。

 身体は痙攣するように震えており頭部から血が流れ出て広がって行く。


 茉莉花とアイリーの騒ぎですでに近くに何人かが近くに集まっていたようで、音を聞きかけつけていた人々が茉莉花に駆け寄り呼びかけたり救命を試みるがすでに茉莉花の命の灯は消えようとしていた。








 あたし   しぬの   ?


 もうしんだって   いいって   おもってたのに   いざそうなると   


 こんなに    こわいもの   だなんて


 あたし   どこで   まちがえたのかな   


 どうしたら   しあわせなじんせい   おくれたのかな   ?


 やだ    しにたく   ないよ


 だれか    たすけて








 茉莉花の意識は途絶え二度と目覚めることはなかった。


 孝明、悠真、成瀬はビルの屋上から地面で倒れている茉莉花を見下ろし続ける。

 もう茉莉花の命の灯が消えたことを悟った一同はその場から動くことができず、孝明はひざまつく。


「茉莉花・・・。」


 一方アイリーは自分のした事、茉莉花の身に起こったこと。

 そのことが現実として受け入れることができずまるでテレビ画面の向こうの世界でも見ているかのような感覚に陥っていた。


「・・・私・・・。」

 

 なぜ自分はあのようなことをしたのか・・・。

 そこまでしなくても抑えて止めるだけでよかったハズなのに・・・。


「そんな・・・。やはり・・・だめだったのか・・・。今度こそ大丈夫だと思っていたのに・・・。」


 成瀬はひざまつき頭を抱えながらそう呟く。


 色々な考えが交差する中、パトカーと救急車の音が鳴り響く。


 一同は今起こった現実を呑み込めず、ただただその場で座り込み呆然としているだけであった。







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