第29話 憎悪

 何の予告もなく藤井孝明ふじいたかあきの家へと訪問してきた花泉茉莉花はないずみまりかに驚きの様子を見せるアイリー。

 彼女についてこいと言われ正直困り果てていた。

 もうすぐ藤井孝明ふじいたかあきが帰ってくるというのに今から家に出ると彼を迎え入れることができない。

 だがアイリーは彼女の言う事を聞いてついて行くことにした。

 茉莉花の手には話し合いに必要とは思えない金属バットが握られていたため、穏やかな状態ではないとアイリーは悟った。

 ここで拒否すると孝明と彼女を鉢合わせさせるハメになる。

 今二人を会わせない方がいいとアイリーは判断したためである。








 アイリーは家を留守にし茉莉花についていく。

 茉莉花はアイリーを連れて人気のない廃屋のビルへと連れ込み屋上へと誘導する。

 屋上で対峙する二人。

 茉莉花は相変わらずうつむきついてこいと言ったが、何も語らず黙ったままそのまま立ち尽くしている。


「茉莉花。話って何?私、孝明出迎えないといけないから早く帰りたい。」


 茉莉花はすぐには答えない。

 だがまもなくアイリーの声に反応する。


「・・・どういうつもりよ。」


 茉莉花はそう答えるが当然アイリーには何の話なのか理解できずにいる。


「何の話?」


 アイリーが再度質問すると茉莉花はいきなりアイリーの方を睨みつけ怒鳴りだす。


「・・・あんたね!いつまでも孝明の近くでべたべたべたべたして!どういうつもりかって聞いてんのよ!!」


 茉莉花の形相はとてつもなく恐ろしいものになっていた。

 鬼が実在していたらこのような顔なのではと思うほどであった。

 アイリーはまだ話が飲み込めないでいるため彼女から話を聞きだすことにした。


「私、もうしばらくモニタリングを続けてほしいって博士に言われた。だからまだ孝明のそばにいる。それだけ。」


「だったらあいつじゃなくたっていいでしょ!そんなの他のやつにだってできるじゃない!!同じ人間と暮らすより別のやつと過ごして違うデータ取った方がいいんじゃないの!?」


 アイリー沈黙する。

 彼女の言う通りなのだが、アイリーは素直に言うことにした。


「茉莉花。私は・・・孝明ともっと一緒にいたい。そして、孝明も私と一緒に暮らせることを喜んでくれた。だからだよ。」


 アイリーの言葉に茉莉花の怒りを掻き立てる。


「あんた!あたしがあいつの彼女だってこと知ってんでしょ!!それなのに途中からしゃしゃり出て人様から男を奪い取るような真似をして・・・!それが人類の手助けをするために造られたアンドロイドのすることなの!?この泥棒猫が!!」


 アイリーも人を傷つけるような真似はしたくないと思っていた。

 本来ならあくまで人の生活のサポートをするような立ち位置で主人を見守るだけの存在でいるつもりだった。

 だが、アイリーはいつの間にかそれだけでは我慢できないようになっていた。


 茉莉花は更に怒りをアイリーにぶつけようと話を続ける。


「あんたが現れてから全てがおかしくなったのよ!孝明の気はあんたに行って・・・!そしてあたしは友達や家族からも拒絶されて・・・!!」


「・・・茉莉花。何言ってるの?」


「・・・は?」


「孝明の件は申し訳ない。私に原因があるのかもしれない。でも友達や家族から拒絶されたって・・・。話の繋がりが全く見えてこない。それ、私がどう関係してる?」


「・・・!!」


 茉莉花はアイリーの発言に絶句する。

 正論である彼女の言う事に反論する言葉を茉莉花は持ち合わせていなかった。


「あなたと付き合ったことほとんどないから私はあなたのこと知らないこと多い。でも私の見る限りあなた本当に自分のことしか考えてない。自分がこういう言動をしたら相手がどう思うかとか察する気が全くない。今までは周りもそれを我慢して何も言わずにいた。でもある日それも限界に達してみんながあなたに対する不平不満をぶつけ始めた。違う?」


 アイリーがまるで見てきたかのように茉莉花に起こった出来事を語り始めそれが彼女の心に突き刺さる。


「あなたはその怒りの矛先を無理矢理私に結び付けてるだけ。あなたに今降り注いでる不幸は誰のせいでもない。あなた自身が招いたこと。それ確か人間の言葉で『自業自得』っていうやつ。」


 アイリーの言葉に茉莉花は怒りだし怒鳴りだす。


「うるさい!!とにかくあんたが悪いのよ!あたしから全てを奪っていくあんたがね!!」


 アイリーは茉莉花をなんとか諭してあげたいと思い言葉を続ける。


「茉莉花。今からでも遅くはない。改心してみんなに謝るべき。少なくとも、孝明ならきっと分かってくれる。」


 だが茉莉花は聞き入れるつもりはない様子で手に持っている金属バットを力強く握り始める。


「人形の分際で・・・人間様に意見するなあぁぁーー!!」


「茉莉花・・・なんで分かってくれない・・・。」

 

 アイリーは茉莉花が自分に対して強い殺意を向けているのを察した。

 なんとかやめてほしいと思い言葉を模索するが、彼女を止める言葉が思い浮かばない。


「茉莉花、そのバットを早く手放すべき。じゃないと・・・取り返しのつかないことになる。」


 だが茉莉花はアイリーの言葉を聞き入れる気配はない。

 むしろ何か語る度に茉莉花のアイリーに対する憎しみは増大する。


「黙れって言ってんだろうがあぁぁーー!!」


 茉莉花は手に持っている金属バットをアイリーを目掛け殴りかかる。

 金属と金属がぶつかり合う轟音が鳴り響く。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る