第26話 絶縁

 頼子よりこに絶縁の電話を受け怒りの臨界点を超えた花泉茉莉花はないずみまりかは自宅へと向かい、帰宅する。

 怒りを玄関のドアにぶつけんと言わんばかりに勢いよくドアを開け閉める。


 自室へ入りカバンを床に叩きつけベッドの上へと座り込む。

 そして先ほどの怒りを晴らそうとベッド上の枕を何度も殴りつける。


(あーもう腹が立つ!!何が『あんたの顔なんて二度と見たくない』だ!こっちから願い下げだ!あのクズが!!)


 茉莉花はあくまで自分に非があるという考えは持つ気はないようだ。


 茉莉花は頼子とのやり取りをきっかけに他の周りの人達の自分への対応を思い出す。

 最近いくら誘っても用事があるからと断り続けてくる女友達たち。

 そして藤井孝明ふじいたかあき、自分の彼氏であるハズなのに自分とデートしている時もあまり楽しそうにしていない。

 今思うとむしろ苦痛のように感じている気がしてきたのだ。

 何より孝明がアイリーといる時だ。

 彼は自分といる時には決して見せなかった本当に楽しそうにしている笑顔をアイリー相手には見せていた。


(なんでよ!なんで私の時とこんなにも差があるのよ!)


 そして今まで自分が言われてきた彼らの言葉の言葉が脳裏をよぎる。


『たとえ造り物でも彼女の・・・アイリーの心は本物だ。それと一緒にいたいって思ったり楽しそうに過ごしてたらいけないのかよ。』


『一体どういう人生歩んできたらそんな無神経な立ち振る舞いができるの!?あんた人の心ってものがないんじゃないの!?』


 孝明に最後会った時に言われたこと、先ほど電話で頼子に突き付けられた言葉が複合して茉莉花に降りかかり、それが彼女の怒りを更に増大させる。


(何よ・・・!私には人の心がないってことなの!?あの人形にでさえあるものが、人間の私にはないって言いたいの!?)


 プライドの高い茉莉花にとって人が持っているものを自分が持っていないなどうけいれられることではなかった。

 まして人でないアイリーに人らしい心があるというのに、それが自分にないなど言われるなど彼女は許さなかった。


 茉莉花はその怒りを自分の拳にたぎらせ、力いっぱい握りしめる。


「ふ・・・ふっざけんなあぁぁー!!」


 ズドン!!


 茉莉花は自分の中の怒りを晴らさんと言わんばかりに握り拳で部屋の壁に殴りかかる。

 轟音が家中に響き渡り、それは当然別室にいる家族にも伝わる。

 突然大きな音が聞こえた茉莉花の部屋に誰かが部屋へ駆け寄ってくる。

 そしてその人物は扉を開け部屋へ入ってくる。


「ちょっと茉莉花!何を騒いでるの!?それに今の音・・・。・・・な・・・何よ、その壁の傷!あなた一体何をしたの!?」


 そう言うのは茉莉花の母親であった。

 母は壁にできた傷に注視し茉莉花に問いかける。

 しかし茉莉花はまともに答える気がない・・・というか頭に血が上り答えることができない状態であった。


「うるさい!勝手に部屋に入ってくるな!!」


 茉莉花は威嚇するように母親を睨みつけ部屋から追い返そうとする。

 しかしそれで母親が引き返すこともなく母は更に部屋へと歩み寄る。


「あなたそんなことして家が壊れたらどうするの。それに奇声上げたり殴ったりして大きな音立てて・・・。ご近所からなんて言われるか・・・。」


 母親の言葉に茉莉花の怒りが加速させる。

 茉莉花敵意を母親に向け始める。


「どいつもこいつも・・・あたしに意見するなあぁ!!」


 ガッ!!


 その瞬間、茉莉花はそばにあった写真立てを手に取り母親に向かって投げつける。

 写真立ては母親の頭部に当たり母親は庇うように頭を手で覆いその場でうずくまる。

 茉莉花は荒い息を立て、母親はとうめき声を出す。

 母親の指の間から血が流れ出ていた。

 どうやら頭部が切れたようである。


「あっ・・・。」


 茉莉花は冷静さを取り戻し改めて母親の様子と自分のやってしまったことを再認識する。

 流石の茉莉花も自分がとんでもないことをしてしまったと自覚し顔から血の気が引く。


「一体何の騒ぎだ!・・・こ・・・これは一体・・・!?母さん!どうした!大丈夫か!?茉莉花!お前一体何をしたんだ!」


 そう言いながら駆け寄ってきたのは茉莉花の父親であった。

 父親は母親を介抱し茉莉花の方を向き問いただす。


「だ・・・大丈夫だから・・・。ちょっと頭が切れただけだから・・・。」


 母親はそう言うが辛そうであった。

 実質的な痛みより精神的なダメージの方が大きいのかもしれない。

 実の娘に物を投げつけられ怪我をしてしまったという事実が辛かったのかもしれない。

 このような状況でももっと自分の娘に寄り添ってあげていたら、茉莉花はこのような行為に及ばなかったのではと自責の念に苛まれていた。


 先程の壁を殴りつけるような音、父親は床に落ちている写真立てや壁の傷、そして母親と茉莉花の様子を見て状況を把握したようだ。

 母親は大丈夫だと言うが、父親はたとえ自分の娘相手でも大切な妻を傷つけられ許そうなどとは思わなかった。

 父親は立ち上がり茉莉花に問う。


「茉莉花・・・。お前がやったのか?」


「あ・・・いや・・・だから・・・。」


 茉莉花は動揺しており父親の問いにしっかり答えられずにいる。

 父親はその様子から確信し、決断する。


「茉莉花。ずっとお前の立ち振る舞いには我慢していた。だがもう限界だ。だが家族を傷つけるようなやつを家には置いておけない。」


「・・・え?」


 茉莉花は父親の言葉に絶句する。

 そして次の瞬間父親が信じられない発言をする。


「出て行くんだ!今すぐこの家から出て行きなさい!!」


 茉莉花はその言葉に驚き父親に問いただす。


「ちょっと・・・。冗談でしょ!?実の娘を追い出すっての!?」


 茉莉花の質問に父親は歯を食いしばりながら答える。


「出て行けと言っているんだ!!」


「ちょっとやだ!放してよ!!」


 父親は茉莉花の腕を掴み玄関へと向かう。

 そして茉莉花と一緒に持ってきた彼女の荷物を外へと放り出し扉を閉め鍵をかける。

 茉莉花は慌てて玄関の扉を叩き叫ぶ。


「ちょっと!!開けて!開けてよお!もう二度とこんなことしないからさあ!」


 いくら呼びかけても反応はない。

 茉莉花の声とドアを叩く音だけが虚しく響き渡る。

 父親も彼女の言動には前々から目に余るものがあったのだろう。

 今までは自分の子だからと我慢をしてきたが、今回のことで絶縁する決意をしたのだった。


 しばらくすると茉莉花はもうドアを叩いたり叫んだりする気力もなく力尽きその場でひざまつく。

 もはや家族からも見放され、これからどう生きていけばいいのか分からなくなっていた。


 行き場を失った茉莉花はその場でひざまついたまま壊れた人形のようにその場を動かず呆然とし時間だけが過ぎて行った。








 



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