第23話 人間との違い

 次の日曜日、藤井孝明ふじいたかあき花泉茉莉花はないずみまりかとの約束を果たすため出かけ茉莉花と会う。

 とりあえず二人はいつも通り喫茶店に入る。店員が注文を聞くとその場を去る。


 しかし今日の茉莉花は様子がおかしい。いつもなら何かねだってきたり世間や知人の話をし出すものだが、今日は何もしゃべらない。

 店に入る前もそうだ。孝明が『じゃあとりあえずどこから行く?』と聞くと『喫茶店』と一言言うだけでそれ以外何も話さない。

 孝明は何か話そうと話題を考える。


「な・・・なあ、茉莉花。最近学校はどうだ?お前も来年就活しないといけないし、今年中に単位とか取っておかないと大変だろ?今どれくらい取れてるんだ?」


「・・・・・・。」


 茉莉花は何も答えない。

 そっぽ向いてなんだかムスっとしているように見える。

 元々怒りっぽい性格ではあるが、不満があるならいつも口に出すタイプだ。

 こんな風にだんまりを決め込むことなど初めてだ。一体どうしたというのだろう?


「ま・・・茉莉花?どうしたんだよ、一体。」


 ずっと無言を貫き通していた茉莉花だったが、しばらくすると喋り出した。


「あんたさあ、あの子の時と私とじゃあずいぶん違うんじゃない?」


 茉莉花の言っていることを孝明は理解できずにいた。一体彼女は何を言い出すのか・・・。


「え・・・?何の話だよ?」


「アイリーのことよ。あんた、あの子と一緒にいる時はすごい楽しそうだったじゃない?逆にあたしの時はぎこちないっていうか、無理して作り笑いしてるって感じじゃない。自覚ないの?」


「そ・・・それは・・・。」


 孝明は何と答えたらいいか分からなかった。

 たしかに今思えばアイリーといる時は楽しくてウキウキとした顔をしていたと思う。

 一方茉莉花といる時は彼女のわがままに振り回され彼女が話したいことをひたすら聞かされてるだけである。

 楽しむ余地などある訳がないのだが、そう答えても彼女は納得しないだろう。


「だいたいさあ。あんたこの前の日曜日あの子と一緒に街中歩いてたけど、どういうこと!?あの子を作ったじじいの所へ返したんじゃなかったの!!」


「!!」


 孝明はとまどった。

 別に隠していた訳ではないし本来ならバレても問題ないのだが今は状況が違う。

 茉莉花は孝明がアイリーとまだ一緒にいることをよく思っていないようでしかもそれを内緒にしていたと思っている。今まで言う機会がなかっただけなどと言っても無駄だろう。


「な・・・成瀬なるせ博士にまだしばらくモニタリングしてほしいって頼まれたんだよ。もうちょっとデータを取りたいからって・・・。」


「とか言って、実はあんたが無理に頼んだんじゃないの?まだあの子と暮らしたいから続けさせてくれーとか言って。」


 孝明は『うっ!』と言った感じで反論できずにいる。

 実際は成瀬の方から頼み込んできたのだが、成瀬がそう言ったのは孝明とアイリーがまだ一緒にいたそうにしていたからである。しかも成瀬の了承を得られて二人でたいへん喜んでいたのでまんざらでもないと言われればその通りであった。


「自分の彼女といるよりどこぞかのオモチャと一緒にいる方が楽しそうだなんて信じられないわあ。そんな作り物の女に夢中の男なんてキモくて誰も近づきたがらないっての。あーあ、あたしも別の男探した方がいいかなあ。」


「・・・・・。」


 孝明は何も反論せずにいる。しかししばらくすると何やら小声でしゃべりだす。


「・・・いけないのかよ。」


「・・・は?」


 茉莉花は怪訝な顔で聞き返す。


「たとえ造り物でも彼女の・・・アイリーの心は本物だ。それと一緒にいたいって思ったり楽しそうに過ごしてたらいけないのかよ。」


 茉莉花は思いもよらない孝明の発言に戸惑う。今まで茉莉花に反発するようなことを言い出すことなどなかったからだ。


「あ・・・あんた本気で言ってんの!?アンドロイドのコミュニケーションなんて造り物でしょ!人間の言動や表情を読み取ってそれに合わせて話す言葉を選んだり行動してるだけじゃない!」


 茉莉花の言葉に更に孝明は反論する。


「人間だってそうじゃないか。相手の言動から自分が何を言いどんな行動をするか選択している。それと何が違うんだよ・・・。」


 二人の間で沈黙が続く。茉莉花はひきつった顔をしているが、孝明はうつむいて茉莉花の方を見ていない。

 しばらくすると茉莉花は席を立ち鞄を持ち上げる。


「あたしもう帰るわ。あんたと一緒にいると頭どうかしそう。ここのお代は払っときなさいよ。約束したんだから。」


 茉莉花はそう言うと店を出る。

 孝明はそのままうずくまるように握りこぶしを膝の上に置いたまま動かない。


(僕は何も間違ってない。間違ってないんだ)


 孝明はそう思い席を立ち、代金を支払うと店を後にする。

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