第18話 約束の日
アイリーが家に来てから2カ月が経った。
今日は
(今日でアイリーともお別れかあ。)
「行こうか、アイリー。」
「うん・・・。今日で孝明ともお別れ。寂しい。」
アイリーは時々『嬉しい』とか『寂しい』という言葉を発していることがあった。
感情のプログラムは一応されているようだが、そういったものを表現することはないと思っていた。
自分と過ごすことで少しながら芽生えてきたということなのだろうか?
だがあくまで彼女は造られた存在であり、人間が何も手を加えず変化することなどあるのか。
色々思うところがあった孝明だが、考えても仕方ないと割り切りアパートを出る。
孝明とアイリーは成瀬の研究所にたどり着く。
成瀬は自分と孝明の分のコーヒーを淹れ提供し、孝明から最終的な全体の感想をきこうとしていた。
成瀬は今までもアイリーからデータを収集しており定期的に孝明からアイリーの様子を連絡していてもらったが、念のため聞いておこうと思ったようだ。
「で、どうだったかね。彼女と過ごしてみて。」
「前と同じことを繰り返すようであれですけど、本当に助かってますよ。色々と家のことをやってもらって。それどころか一緒にどこかへ遊びにいって楽しい時間を過ごさせてもらってますよ。」
成瀬は『そうか』と言いコーヒーを一杯飲む。
成瀬の反応は嬉しいというより安心したといった感じのように見えたが、孝明は気にしないことにした。
孝明はひとつ成瀬に頼みごとをしようか悩んでいた。
それはアイリーともう少しだけでも一緒に過ごさせてもらえないだろうかということであった。
だが最初の頃もアイリーを貸し出すのも渋っていた様子だったのでおそらく断られるだろうと思っていた。
孝明はその気持ちを抑え諦めることにした。
だがその時アイリーが口を挟む。
「博士。どうしても私帰らなきゃだめ?」
その言葉に成瀬と孝明は驚いた。
そしてアイリーは続ける。
「私まだ帰りたくない。もっと孝明と一緒にいたい。」
それは孝明も同じだった。
できればもっとアイリーと一緒にいたい。
しかし孝明はそんな気持ちを抑えてアイリーに言うことにした。
「い・・・いや、アイリー・・・ダメだよ。2カ月だけって約束だったじゃないか。成瀬博士も困ってるだろ。」
「孝明は、私に帰ってほしい?」
「そんな訳ないだろ!むしろ僕の方が一緒にいてほしいよ!できればずっと・・・!」
孝明はそう言うと顔を少し赤らめる。
咄嗟のこととはいえ何を言っているんだろうと恥ずかしくなる。
成瀬は二人を見て軽く笑い話しかける。
「二人とも、もっと一緒にいたいかね?」
そう言われ孝明とアイリーは成瀬の方を向く。
そして成瀬は話を続ける。
「孝明君。もう少し君に任せてみようかと思うんだ。君さえよければと思っていたんだが、今のを聞くと確認する必要はないみたいだね。」
孝明は驚いた顔で成瀬に再確認する。
「本当にいいんですか!?僕やアイリーに気を使って言ってるんじゃ・・・。」
「それも無いとは言い切れないが、アイリーがこんな自分から何かをしたいだなんて言い出すこと私がいた頃には全くなくてねえ。初めて会った時も君の所へ行きたいと言っていたし。君ならこの子に何か変えてくれるんじゃないかって期待してのことだよ。」
正直孝明も驚いていた。
まさか本当に自分たちの希望を聞いてもらえるとは思っていなかったからだ。
「期限はそうだなあ。君が大学を卒業するまででどうだろうか?それで一度また私のところへ来て問題がなければその後も契約更新を検討するということで。」
「は・・・はい!ありがとうございます!」
孝明は子供のように嬉しそうな声でお礼を言う。
そしてアイリーの方に振り向き話す。
「アイリー!まだ一緒にいられるんだって!よかった!」
「うん、私も嬉しい。」
二人の様子を見て成瀬は驚いた。
アイリーが『嬉しい』などと言ったこともだが、満面の笑みで笑っていたように見えたからだ。
しかし孝明の顔でよく見えなかったため気のせいかと心にとめておいた。
そしてアイリーと喜びを分かち合うと孝明は再度成瀬の方を向く。
「じゃあ成瀬博士。今まで通り定期連絡とか入れた方がいいですかね?」
「その方が助かるかな。まだ細かくデータを取り入れたいところだからね。」
「はい、分かりました。」
そう言うと孝明は離席する。
「それじゃあ僕たちそろそろ失礼します。」
「ああ、彼女をよろしく頼むよ。」
孝明は軽く会釈するとアイリーに声を掛ける。
「じゃあ行こうか、アイリー。」
アイリーは頷き二人は研究所を出ようとする。
だが、孝明はその前に足を止め成瀬の方を向き声を掛ける。
「あ、そういえば成瀬博士。」
「ん?何かね。」
「・・・あ、いえ。やっぱりなんでもないです。失礼します。」
孝明はここの研究所で起こった事件のことをもっと詳しく聞こうとしていた。
しかし成瀬もあまり話したがらない様子だったので、やめておくことにした。
二人は帰路につきアパートへと向かう。
「あーもう、あの講師の話長いしつまんないわ。」
そうぼやきつつ自室のベッドに寝そべる。
「なんか今日はもう疲れたし誰かと遊ぶ気にもなれないわ。まだ夕方だけど寝よ寝よ。」
そう思い入眠しようとするが、ドアをノックする音が聞こえる。
「ねえ、茉莉花。ちょっといい?話があるんだけど・・・。」
そう言いながら入って来たのは茉莉花の母親であった。
茉莉花は機嫌悪そうに頭を上げ母親の方を向く。
「何よお?私疲れてんだけど。」
母親は何やら言いづらそうな感じで
「あ・・・あのね、茉莉花。あなた、お友達に何か迷惑かけたりしてない?」
「・・・あん?んなもんしてないわよ。何よいきなり。」
茉莉花は少しイラつき気味で答える。
その様子を見て母親は怯えながら再度尋ねる。
「そ・・・そうなの・・・?でもね、今日のお昼にあなたのお友達の親御さんから電話がかかってきたの。『昨日あなたのところの娘さんのせいで友達と別れる羽目になったってうちの子が言ってるんだけど、一体何をしたの!?』ってすごい怒りながら。茉莉花・・・何があったの?」
「別にたいしたことしてないわよ。ただスマホちょっと拝借してヅイッターであの子の友達が彼氏と遊んでるみたいな呟きしてたからさあ。その子のアカウントで引用リツイートして『こいつ、他にも男がいまーす』って投稿したら相手の子がすごい怒ってたらしくってさあ。誤解だって説明しても聞いてもらえなかったらしくて縁切られたって泣いてたくらいよ。まったく、いい歳して泣くやつも泣くやつだけど、本気か冗談かも分からない相手も相手よねえ。」
「あ・・・あなた、なんてことしたの!?今すぐ謝りにいきしょ!?私も一緒に行ってあげるから。」
「嫌よ、めんどくさい。そんなことで切れる縁ならそれまでの仲だったってことでしょ?私疲れてるの。」
母はなんとか茉莉花を説得しようと部屋へ入る。
「ねえ、茉莉花。お願いだから・・・。」
だが次の瞬間母に向かって枕が投げ飛ばされる。
母は驚き咄嗟に両手で顔を庇う。
そしてゆっくり目を見開き茉莉花を見る。
「うっさいわね!疲れてるっつってんでしょ!それともぶん殴ってやろうか!?」
母は何も言えずそのまま部屋を出て行く。
これ以上説得するのは無理だと悟り後日一人で謝りに行こうと思った。
母に恐怖と不安がよぎる。
茉莉花の傍若無人ぷりが日に日にひどくなっていき、その内家族、あるいは身近な誰かに危害を加えるのではないかと。
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