第16話 アイリーの過去
「じゃあそろそろ帰るわ。今日はありがとー。」
「あ・・・ああ。」
孝明は疲れ切った様子で返事をする。明日も早いのにすっかり遅くなってしまった。
茉莉花は明日午前中講義がなかったハズなのでおそらく多少寝るのが遅くなっても問題ないのだろう。
一方孝明は朝一から講義がある。
早く帰って寝る準備をしないと明日厳しくなる。
だがそれより気にしていたことがあった。
「ごめんねアイリー。お前が楽しめないところばっか連れまわして。」
アイリーは首を横に振る。
「気にしてない。それより孝明の方が大変そうだった。お疲れ様。」
本当に気にしてないのか気を使って言ってくれてるのか分からなかったが、とにかく彼女の優しさに感謝したい。
「はは。何やってんだろな、僕は。さっさと断って帰れば済んだ話なのにな。」
本当になぜ茉莉花のわがままに付き合ったのか。
自分でもよく分かってないが、おそらく後々彼女がどのような報復を考えるのか怖くて断れなかったのだろうと思っていた。
だがそんなこと考えてても仕方ないと思い孝明は仕切り直す。
「帰ろうか、アイリー。」
「うん。孝明明日も早いんでしょ?早く寝ないと大変。」
孝明とアイリーは自宅へと向かう。
孝明は家に到着すると床に荷物を置き座り込む。
体力的にというか精神的疲労の方が大きいのだが、とにかく今は立っているのも辛いと感じていた。銭湯でゆっくりしたハズなのに逆に疲れるだなんておかしな話だと思った。
「孝明、何か食べる?夕飯食べ損ねた。喫茶店で飲み物飲んだくらい。」
「もう今日はいいかなあ。あんまりお腹も空いてないし。」
アイリーは分かったといった感じで頷く。
「じゃあおやすみ・・・なのかな?孝明早く寝ないと明日辛くなる。私もスリープモード入る。」
「・・・アイリー。少し話をしない?」
アイリーは座り込んで休もうとするが、孝明が呼び止める。
アイリーは頷き孝明の傍へと向かう。
「孝明、何話す?」
「えーとさ・・・。アイリーの昔の話とか聞きたいなあ。」
孝明は特別今彼女に聞いてみたいことがあった訳ではなかった。
ただ今日茉莉花との付き合いのせいで疲れがたまってしまい、彼女と話をすることでそれを癒そうと思っていた。
「昔って言っても、私そんなに長く稼働してない。せいぜい1年くらい。」
「それでもいいよ。僕と出会う前のアイリーのこと聞きたいなあ。ずっと
アイリーは孝明の問いに対して頷く。
「博士、私の事人命救助用アンドロイドとして開発した。それに加えて一人暮らしで寂しい人のためとか高齢で介助が必要な人のサポート用としても役立てるよう造るつもりだった。だから日常生活に必要なデータある程度インストールしてた。」
「ん?でもアイリー、最初僕のところ来た時料理失敗してたよね?」
「とりあえず博士が研究所の部屋片づけしてくれる人欲しかったみたいで、自分用にって感じでそれくらいしか入れてなかった。博士食事はインスタントとかレトルトばっか食べてたから料理する機会なかった。」
「あ・・・ああ。なるほどね。」
孝明は苦笑いをする。
食事の用意って一番重要なところだと思うんだけど、そこをすっ飛ばすのはどうなんだろと思う孝明であった。
そして続けて質問をする。
「アイリーは僕と出会う日外に出てたけど、それまではずっと研究所の中だけで過ごしてたの?」
アイリーは首を横に振って否定する。
「最初の頃は時々外に連れてってもらってた。一緒に連れ歩いていても問題なく人と出歩けるとか、監視付きで一人で買い物できるかとか。」
アイリーは孝明の方から目をそらし少しうつむき話を続ける。
「でもある日からずっと外へ連れてってもらえなくなってた。」
「ある日って言うと?」
アイリーは少し間を置くと孝明の質問に答える。
「孝明は知ってる?あの研究所で殺人事件があったの。」
「う・・・うん。知ってる。
孝明は事件自体の存在は前々から知っていたが、その事件が起こったのがあの研究所だということは
「うん。その犯人の人、ずっと前から不満を募らせてたみたい。技術技能は割としっかりしてたみたいなんだけど、非常識というか・・・私のこともあんまりいい使い道とか考えなかったり変な方向に開発しようとしてたみたい。あまり適格な案出せてなかったみたいでみんなから否定ばかりされてて『なんで誰も俺を認めようとしないんだ!』っていつも言ってた。事件の日はその怒りが爆発したんだと思う。」
「アイリーはその時どうしてたの?人命救助用として造られたならその時犯人を取り押さえたりとかしなかったの?それともその場にはいなかったとか?」
アイリーは沈黙し答えない。
しばらくすると孝明の問いに答える。
「・・・何が起こったのか分からない。覚えてないの。」
「え?覚えてない?」
アイリーは小さく頷き、話を続ける。
「私現場にいてその殺された研究員さん、犯人を取り押さえてたの。犯人の上を馬乗りになって。私も助けなきゃって思ったんだけど・・・。そこから記憶が飛んでて、気が付いたら犯人とその別の研究員の人が亡くなってた。私が知ってるのはそれだけなの。後から犯人は逃げようとして、車に引かれたって運転手や近くにいた住人から証言得て知ったけど、研究所で殺された社員さんはみんな知らないとか分からないって・・・。博士だけが犯人に殺されたって言ってた。」
なぜアイリーの記憶が一部分途絶えているのか・・・。
疑問に思う孝明だったが、黙ってアイリーの話を聞く。
「でね。博士以外の研究員の人たち、みんな辞めてっちゃったの。それで博士一人で私の研究を進めたの。孝明と会ったあの日が来るまでずっと研究所に閉じ込めて。」
「そ・・・そうなんだ。」
分からないことだらけだった。
アイリーの記憶もだが、なぜ成瀬氏はアイリーをずっと研究所から出さないようにしてたのか。
研究員みんなが辞めていったのは、また誰かが事件を起こしたりしないか恐れたからだろうか?
しばらく沈黙が続く中孝明はアイリーに話しかける。
「もう遅いし寝ようか。ちょっと息抜きのつもりで話しようと思ってただけなのに、ごめんね。変な事聞いて。目の前でいきなり2人も亡くなってたとか、嫌な事思い出しちゃったでしょ?」
「気にしないで。私が勝手に話しただけだから。」
予想通りの答えが返ってきたが、やはりアイリーに悪いことをしたと思う孝明であった。
「じゃあもう寝るね。アイリー、今日はありがとう。楽しかったよ。」
「私も楽しかった。またどこか行こうね。」
アイリーは小さく微笑みながら返事をする。
軽くとはいえ彼女が笑ったりすると本当に感情の表現ができないと言っていたのが嘘なのではと思ってしまう。
孝明は布団へ入り就寝する。
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