第12話 迷い

 アイリーと暮らすようになってから1カ月ほど経った日曜日、藤井孝明ふじいたかあき花泉茉莉花はないずみまりかとデートの最中であった。

 正直果たしてこれがデートと言えるものなのか疑問に思うところもある。

 茉莉花が相変わらず自分の話したいことやりたいことをやっているだけであった。


 今日は茉莉花とゲーセンに来ており彼女がひたすら何かのゲームをやっているのを僕が眺めているだけであった。

 今現在クレーンゲームをやっている。

 彼女はぬいぐるみを取ろうとしているが別にそれが欲しいという訳ではないのだろう。

 ただ単にクレーンゲームで商品を取ったという達成感を得たいだけだろう。

 なかなかぬいぐるみを取ることができず、茉莉花は苛立ちを見せて始めていた。


「あーもう!なんで取れないのよ!これ取れないように設定されているんじゃないの!?もう1000円も使ってるのに!」


 茉莉花は正直ゲーム全般上手い方ではない。

 なので負けたりうまくいかないことが多いのだが、それが自分に非があるなどとは思わないのだ。

 先程のようにいつも『ゲームがおかしい』と言ったり対人ゲームだと『相手がチートを使った』などと言っているのだ。

 かといって彼女にそのような指摘をして改善してくれるかと言うとお察しの通り聞き入れる訳がないのである。

 一度言ったことはあるのだが案の定逆切れされて終わりであった。


「ま・・・茉莉花。あんまり騒ぐなよ・・・。他のお客さんに迷惑だろ。」


「うっさい!黙ってて!」


 他のお客がこちらに視線をやっていて正直きまずい。

 そのうち筐体のガラスを割ってしまうのではないかと心配である。


 だが茉莉花は諦めたのか声を上げるのをやめ財布をしまい出しその場を立ち退く。


「まあいいわ。どっかでお茶飲も。孝明、あんたのおごりでね。」


「え・・・!?ちょっと待てよ、茉莉花!」


 孝明は茉莉花の後を追い走り出す。








「ったく、ありえなくない!あんだけやって一個も取れないなんて!1000円損したわ!」


 近くの喫茶店に入り孝明と茉莉花の二人は注文する。

 案の定茉莉花は先ほどのクレーンゲームの愚痴を言い始める。

 正直いつもなら気が滅入っていたが、今はそこまで精神的ダメージを負うことはなかった。

 今は家に帰ればアイリーが待っているからである。


 少し前までは家に帰っても誰とも会話することもなく一人で自分の食事を作り入浴し課題をやったり暇があればサブスクやヨーチューブで動画を観る日々を過ごすだけであった。

 しかし彼女が家に来てからは帰宅して出迎えてくれる人がいる。

 自分のために温かいご飯を作ってくれ、何か話をしたい時に聞いてくれる相手がおり、就寝前に『おやすみ』と声をかける相手がいる。

 実家にいる時は当たり前のことばかりだが、一人になってようやくそのありがたみが分かった。


 彼女には本当に助けてもらっている。

 大学生活が始まってからは気が休まる時間は趣味で何か小物を作っている時か山崎悠馬やまざきゆうまを代表に親しい人間と話をしている時くらいだった。

 彼女がいることで癒しの時間が依然と比べ圧倒的に増えた。


 できればアイリーにはずっと家にいてほしいと思うようになっていた。

 しかし彼女との契約期間は2カ月間なので後1カ月ほどで成瀬なるせ博士にかえさなければならない。

 そうなるとまた以前の生活に逆戻りである。


 彼女といられる時間は限られている。

 茉莉花がいなければアイリーと過ごせている、もしアイリーがいなかったとしてもバイトに時間を割けれる。

 そう思うようになっていた。


(何やってんだろ、僕は。早く帰りたい)


 そう考えていると向かいから怒鳴り声が飛んでくる。


「ちょっと孝明!聞いているの!?」


「え・・・あ・・・。ごめん。ちょっとぼーっとしてて・・・。」


「はあ!?自分の彼女が話してる時に上の空になるとかありえなくない!?」


 彼女の普段の立ち振る舞いの方があり得ないと思う孝明だが、そんなこと言えば余計彼女の怒りを買うだけなのでやめておいた。


「はあ・・・。もう今日は帰るわ。あんたといてもつまらないし。ここの代金払っといてよ。」


「え・・・あ・・・。」


 そう言うと孝明が何かを言う前に茉莉花は席を立ち喫茶店を出る。

 注文した飲み物はいつの間にか来ており茉莉花は飲み干していた。

 孝明はしばらくその場で呆然としていた。


 孝明は心の中であのまま自分に愛想をつかして向こうから別れると言ってくれないだろうかと思うようにもなっていた。


 数日前悠真が言っていたことを思い出す。


『お前このままでいいのかよ』


 現状のままではいけない思いつつも行動に移せない自分が情けないと思った。


 孝明は注文した飲み物を飲み代金を支払い喫茶店を出て帰ることにした。

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