第9話 初めてのプレゼント

 花泉茉莉花はないずみまりかにアイリーのことがばれてから翌日のことであった。


「じゃあ行ってくるよ、アイリー。」


「うん。いってらっしゃい、孝明。」


 アイリーにそう挨拶すると藤井孝明ふじいたかあきは学校へ向かい、講義を受ける。

 講義を受け終えた孝明はバイト先へと向かう。

 バイト先は百貨店で孝明はいつものように食品売り場で品出しをしたりレジをやったりしている。

 孝明がレジをしていると放送がかかる。


『もうすぐ母の日。お母さんに日頃の感謝を込めてカーネーションをプレゼントしてはいかがせしょうか。』


(そういえばもうすぐ母の日か。)


 孝明は去年もちゃんと母にプレゼントを贈ったので今年も何か贈らなければと思い、帰りに何か買って行こうと思った。それと同時にふと思うことがあった。


(そういえばあの子に何かあげたこともないし、あげる機会がないよなあ)


 孝明が思う『あの子』とは今同居中のアイリーのことであった。

 彼女といられるのはわずか2カ月間である。

 その間に何か彼女にプレゼントを渡す記念日がある訳ではない。

 彼女の誕生日でもあれば渡せれるが、それがいつなのかも分からないしそもそもそのような概念があるかどうかも怪しい。

 あるとしたら彼女が造られた日だろうか。


(でもあの子がいる間に何かしらあげたいよなあ)


 そう思うと彼は自分が何か作ってプレゼントしようと考えた。


 彼は昔から工作が得意でプライベートでも趣味で何かしら作っていた。

 彼の作るアクセサリー等は割と本格的で店頭に並べられていてもおかしくないデキの物が多かった。


(バイト終わったら材料買いに行こうかな)








 孝明はバイトが終わるとバイト先の店内にある手芸店へ行き必要な材料を購入する。

 買い物が終わると孝明は帰宅しアイリーに出向かてもらう。


「ただいま、アイリー。」


「おかえり孝明。今日は肉じゃが作ってみたの。」


「そうなんだ。料理のレパートリーがどんどん増えてくね。」


 アイリーが来てまだ日は浅いが彼女は毎回新しい料理を作っているようだ。

 おそらく自分のために色々調べてくれているのだろうと嬉しく思う孝明であった。


 食事と入浴が終えさっそくアイリーへのプレゼントを作ろうとする。

 孝明は彼女に見られては渡すときの楽しみが半減するので知られずに作りたいと思った。

 しかし元々は一人暮らしののための狭いアパート。

 一人になれるスペースなどほとんどない。

 孝明は仕方なくアイリーに提案する。


「アイリー、僕ちょっとやることあるから先に寝ててよ。今日はもう疲れただろ?」


「私、別に疲れてない。でも、孝明がそう言うなら先に休んでる。おやすみなさい。」


「うん、おやすみ。」


 アイリーはそう言うとスリープモードに入り活動を停止する。

 悪いことをしている訳ではないのだが、何か彼女を騙しているような気がして少し良心が痛む孝明であった。


(さて、いつまで隠し通せるか分からないしできるだけ早く完成させないとなあ)


 孝明はビーズで猫のブローチを作ろうと考えていた。

 普段なら3時間ほどで作れそうであるが明日も早いので早めに寝ないといけない上、プレゼントするものなので時間をかけてじっくり作りたいと思っていたので今日中には無理だろうと思っていた。


 孝明は作業中に同じくビーズで作った猫のブローチを花泉茉莉花はないずみまりかにプレゼントしたことを思い出していた。

 しかし彼女は物の値段やレッテルにしか興味がないのだろう。

 ブランド物はよくねだってくるのだが、その手作りのブローチをプレゼントした時・・・


『いらない。こんな貧乏くさい物。』


 と孝明に投げ返してきたのだ。


 果たしてアイリーは喜んでくれるのだろうか。

 彼女の性格からして『ありがとう』と言い受け取ってはくれるだろう。

 だがプレゼントをもらい喜んだりするだろうか。


 孝明は色々考えたがもう何も考えないようにした。

 たとえ喜んでもらえなかったとしても、プレゼントすることに意義があるのだと。

 自己満足のためにするだけだと割り切った。








 プレゼント作りを始めた初日には完成せず、翌日の夜も学校とバイトが終わった後作業を続けていた。

 そしてどうにか完成する。


「やっとできた。出来は悪くない・・・と思う。」


 アイリーは今日も孝明に言われ先に休んでおり起こすのも悪いので明日の土曜日に渡すことにした。

 明日は朝からバイトがあったので、それが終わってから渡そうと思っていた。








 バイトが終わり帰宅する。今日は朝からだったので帰りが遅くなることはなかった。


「孝明、おかえり。」


「アイリー、ただいま。」


 いつものようにたわいもない挨拶をする。

 孝明は例のプレゼントを渡そうとしていた。

 しかし急に心臓の鼓動が早くなりなかなか渡せずにいる。

 それが女の子にプレゼントを渡すドキドキ感なのか、それとも渡した時の反応が素っ気ないもので終わるんじゃないかという不安から来ているのか自分でもよく分からなかった。

 

(どうしよう。早く渡さないと・・・)


 孝明がずっと躊躇する。

 しかしその時・・・


「プレゼント。」


「・・・え?」


「私に渡すプレゼントがあるんでしょ?」


 アイリーの言葉からいきなり自分が渡そうとしている物の言葉が飛んできて孝明はためらう。

 なぜ彼女はそのことを知っているのだろうと。


「私、スリープモード中でも完全に意識シャットアウトしてる訳じゃなくて、外敵がいつ襲ってきても大丈夫なように少しだけセンサーが働いてるの。だから、孝明が私が休んでる間に何かしてたの知ってたの。ごめんね。せっかく秘密にしようとしてたのに。でも孝明、私が言い出さないとなかなか渡せそうにないって思って。」


 孝明は思わず赤面する。内緒で作っていたはずなのにまさかバレていたとは。


「じゃ・・・じゃあ渡すね。はい。」


 孝明がプレゼントを渡すとアイリーは受け取り袋を開ける。

 すると中からビーズで作られた黒猫のブローチが出てきた。

 アイリーはしげしげとそのブローチを眺めている。


「どう・・・かな・・・?」


 孝明は緊張していた。果たして彼女がどんな反応を見せるのか。


「これビーズってもので作られたブローチってやつ?しかも猫の形をした。」


「う・・・うん。アイリーはこういうの好き・・・かな・・・?」


 孝明は緊張しつつアイリーに問う。


「好きとか嫌いとか私にはよく分からない。検索して分析して、これがかわいい物っていうのが分かるくらい。」


『そうだよなあ』と孝明は肩を落とす。


「でも・・・これ孝明が私のために一生懸命作ってくれたっていうのは間違いない。私今不思議な感じがする。これ多分嬉しいって気持ちだと思う。」


 そう言うとアイリーは孝明の方を見て言う。


「孝明、ありがとう。」


 それは彼女からは想像もつかないような満面の笑みであった。

 天使が存在したらこんな風に笑うのではないかと思った。


 その笑顔は果たして元々彼女の中にプログラムされていたものなのか、それとも後天的に作られたものなのか。

 だがアンドロイドが自然と感情を覚えたりするものなのだろうか。


 孝明は色々疑問に思うことがあったが、今はとにかく嬉しさに浸ることにした。

 自分が作ったプレゼントをここまで喜んでもらえるとは思っていなかったからである。

 孝明は少し涙ぐみ顔を手で覆う。



 

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