第53話 白の女王と黒の女王 2

 疲れ果てたあずきが黒曜宮の庭で放心して座り込んだそのとき。


 ドォォォォォォォォォォォオォォォォン!!


 耳が一瞬聞こえなくなるほどの轟音と共に、白と黒の光が一際激しく光った。


 びっくりしたあずきが立ち上がって空を見ると、そこにパールのように白く光る鱗を持つ龍と、漆黒のキラキラ光る鱗を持つ二匹の龍がいた。

 西洋の羽根の生えたタイプでは無く、東洋の体の長いタイプだ。 

 全長五百メートルはありそうな巨大な二匹の龍が空を舞い、口から強力な稲光を放って攻撃し合っている。


 あまりにも衝撃的な光景に、あずきは口をあんぐり開けた。 


「なんと! こいつはまずい、まずいぞ!」


 胸のペンダントから賢者の焦った声が響く。

 その声に我に返ったあずきがペンダントを見る。


「あれは女王たちじゃ。龍体に変じた姿を見たのは久方ぶりじゃな。だがさすがにアレはまずい。あの状態で長いこと暴れられると、月に施された認識阻害魔法が解けて地球側に感知されかねない。早いとこ元の姿に戻さんと!」

「どうすればいい?」

「気絶でもされられれば変身が解けるだろうが……」

「あれを? ウソでしょ? ムリムリムリムリ! 近寄ることだってできないよ!」

「だが他に方法が無いぞ? もう二人とも意識も飛んでおるじゃろうからな」


 ――箒に乗ってあの暴風雷雨の中を飛んだとして。上手いこと龍体の女王さまたちに近づけたとしてよ? わたし程度の魔法で龍を気絶させるとか、どんな無理ゲーよ。


「ボク、無理だと思うな。あっという間に吹っ飛ばされてゲームオーバーだよ、そんなの」

「あんたもそう思うよね? おはぎ」


 ものすごく嫌そうな顔をして空を見上げたあずきに、おはぎが同調する。


「よし、あずき。秘策を使おう。わしが導くからペンダントに同期せい!」

「分かった」


 あずきは胸のペンダント、ブルームーンストーンを握りしめ、意識を中にダイブさせた。


 暗闇の中、あずきの前に灰色のローブを着た賢者が立っている。


「こっちじゃ。着いてきなさい」


 杖の中の意識空間と似ている。 

 おそらくこの中でどれだけ時間を費やしても、外に出ると一瞬の時間しか経っていないのだろう。

 だが、龍に変じた女王たちの姿を見た以上、心がいて仕方が無い。


 程なく、あずきと賢者は妙な物体の前に着いた。

 差し渡し一メートルはありそうな石のタマゴだ。


「なにこれ?」

「手を当てて、魔力を注ぎ込むのじゃ」

「分かった!」

 

 あずきは丹田たんでんにある魔法核コアをゆっくり回した。

 身体の中を魔力が循環し始める。

 あずきはそっと身体の中から火、水、風、土、光の五属性の精霊を解放した。

 あずきの傍に精霊がふよふよと浮かぶ。


 あずきはタマゴに手を当てると、五属性の魔力を一種類ずつ注入した。

 一つ属性を注入する度に、一つカギが開くような感覚がある。

 まるで、差し込んだカギによって、シリンダー錠の中身のピンが一個ずつ動いて、解錠されていくようだ。


 だが、最後の光の属性の魔力を注入し終わったところで、タマゴはうんともすんとも言わなくなった。

 何が足りないのか、開くまでいかない。

 精霊も諦めたようで、タマゴから出てあずきの身体にスーっと戻っていく。

 

「ぬぅ。ダメか……」

「ねぇ、これ何なの?」

「見ての通りタマゴなのじゃが、わしも目覚めさせることは出来なかった。ずーっと隣に居ながらな。あずきならもしやと思ったが、やはりダメか」

「中に何が入っているの?」

「さぁ」

「さぁって……」

「だって、わしも開けられなかったもん。セレスティアから聞いた話では、この中にはとてつもないモノが入っているそうじゃ。それこそがホワイトファングの正体なのじゃが」

「あ、ただの中二病的ネーミングじゃなかったのね」

「怒るぞ!」

「でも、どうするのよ」

「と言われても何が足りないのか……。そうか! 足りないのは属性か! わしも持っておらんかった。だからじゃ。あずき、黒曜宮へ行くぞ。わしの読みが正しければ、そこにカギがある。出るぞ」


 あずきの精神が身体に戻る。

 上空では暗雲が立ち込め、その中で稲光が激しく光っている。

 周囲の兵隊たちも、戦闘を止め、皆、空を見上げている。


 あずきは走って、門に行った。

 使用人も全て中庭の様子を見に行っているのか、邪魔する者は誰もいない。

 と、宮殿の中に入ったあずきを妙な既視感デジャビュが襲った。


 ――そっか。調度品は違うけど、白虹宮と黒曜宮で作りが同じなんだ。


「んで? どこに行けばいい?」


 あずきは走りながらペンダントに向かって話しかけた。

 ペンダントが発光し、中から賢者の声が聞こえてくる。


「よし、あずきよ。この城のどこかにある黒の女王の像を探すんじゃ!」

「黒の女王の像? そんなこと言われたって、わたしここ、今初めて入ったのよ? 分っかんないわよ、そんなの!」


 程なくあずきは大階段のある大広間に辿り着いた。

 白虹宮同様、壁に沿って隙間なくズラリと彫像が並んでいる。

 騎士の像。魔法使いの像。何やら良く分からない老人の像。

 この中から女王の像を探し出すのは骨が折れそうだ。


「片っ端からチェックするしかあるまい!」

「そんなこと言ったって、何体彫像があると思ってんのよ! こんなところに女王さまの像が紛れて……待って!」

「どうした? あずき」


 あずきの動きが止まる。


 ――白虹宮と黒曜宮で作りが同じ。白虹宮で白の女王さまの像があったのは……。 


 あずきは走って階段の裏に行った。


「あった!」

「さすがじゃ、あずき!」


 あずきの思った通り、黒の女王の像が階段の裏にあった。

 まさに、あずきが最終試練に旅立ったあの場所だ。

 あずきは像の前にひざまずくと、その膝の辺りに手を置いた。 


 ――ダイブ!


 あずきは意識を女神の像の中に送り込んだ。

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