第52話 白の女王と黒の女王 1

【登場人物】

野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本とイギリスのハーフ。

おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。

ルーナ=リーア……白の月の女王。地球人名:月乃美琴つきのみこと 

セレスティア=リーア……黒の月の女王。ルーナの双子の姉。

エディオン=バロウズ……九百年前に亡くなっている賢者の霊。あずきの先祖。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。


「何? 何の音?」


 あずきは空を見た。

 さっきまで晴れていたのに、いつの間にか空は赤黒く分厚い雲に覆われ、雲の中ではさかんに稲光いなびかりが走っているのが見える。

 雨が降り出しそうなくらい生暖かい風が頬を撫でる。 

 

「これは時空振じゃ。誰かが大規模魔法を使っておる。まさか……」


 ドカァァァァァァァァァァァァァーーン!!!! 


 あずきの視界が一瞬、真っ白になった。

 遥か前方に見える黒曜宮に、極大の雷が落ちたようだ。

 あずきの周囲にいた人たちも、立ち止まって黒曜宮の方を指さしている。


「ディミティス(解放)!」


 あずきは即座に宙に魔法陣を描き、そこから箒を取り出しまたがった。

 次の瞬間、あずきの影から黒い物体が飛び出し、箒の柄に飛び乗る。


「おはぎ!」

「お待たせ!」

「あんた、どうやってここまで来たの?」

「今、時空震があったろ? 白の女王さまとその軍勢が黒の女王さまの結界を破って強硬転移したんだよ。それに同行させて貰ったんだ。ここまで距離が縮まれば、使い魔のスキルとしてご主人の影に移動出来るからね」

「そっか、なるほど。ってちょっと待って。軍勢? どういうこと?」

「黒の女王にとらえられたあずきちゃんを取り戻しに来たんだけど……囚えられていないね」


 あずきの顔が見る間に蒼白になる。


 ――まずい! 自分のせいで戦争が始まっちゃう!


「フォルティス ベントゥス(強風)!」


 あずきは一気に空を飛んだ。


 ◇◆◇◆◇ 


 黒曜宮の庭は混乱を極めていた。

 視界を遮るほど土煙つちけむりがもうもうと立ち上る中、白い雷と黒い雷が激しく入り交じる。 

 白いドレスを着た白の女王と黒いドレスを着た黒の女王が、互いに強力な魔法を放ちながら中庭を滑空しているのだ。

 双方とも周囲で戦っている一般兵のことなどまるで眼中に入っていない様子で、二人の放った雷が兵士ごとそこかしこを吹っ飛ばす。


「お姉さまはいつだってそう! わたしのやることなすこと全部否定する! どうして認めてくれないのよ!」

「あんたが考えなしだからでしょうが! わたしがどれだけ懇切丁寧に諭してあげても耳一つ貸さないじゃない! そのお陰でどれだけわたしが迷惑を被ったか! いつもいつもいつもいつも! いつだってわたしが火消ししてきたんじゃないの! あーもぅ、うんざりだわ! あんたが妹じゃなかったらとっくに縁を切ってたわよ!!」

「お姉さん風、吹かさないで!」

「この分からず屋ぁぁぁぁ!!」


 一度戦闘が始まってしまうとなかなか止めることはできない。

 女王たちのみならず兵士たちも、城のあちこちで戦闘を行っていた。

 庭のそこかしこで、白い鎧の兵士と黒い鎧の兵士が入り乱れている。


「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 箒に乗ったあずきが猛スピードで黒曜宮で戦闘中の両軍の中に突っ込んだ。

 あずきが箒を降りた瞬間、目の前で戦っていた白い鎧の兵士と黒い鎧の兵士の剣が、互いの腹部に突き刺さる。

 それを見たあずきの顔が絶望で歪む。


「ダメ! ダメ! サニターテム(治癒)! 効かない? 何でよ!」


 あずきが両方の兵隊に向かって必死になって杖を振るも全く治癒しない。

 確かに癒やしの波動が出ているにも関わらず、兵士たちの血が止まらない。 

 思わず涙が出てくる。


「死んじゃダメぇぇぇぇぇぇえ!」


 ところが。


「しーーーー」


 お互いを支え合うようにしゃがみ込んでいた白黒の兵隊が同時にあずきを見て、右手の人差し指を立て、口に当てた。

 意味は『静かに』だ。

 涙で顔をグシャグシャにしていたあずきの動きが止まる。


 二人の兵隊が周囲に見られぬよう、お互いの剣をスっと引いてあずきに見せる。

 口に当てていた人差し指で剣先を押す。

 

 カション、カション。


 押すと剣先が引っ込む。

 外見は本物だが、中身はオモチャ屋に置いてあるウソの剣だ。


 あずきの口があんぐり開く。

 そんなあずきの顔を見て、汗と埃にまみれた二人の兵隊が苦笑する。

 白の兵隊が口を開く。


「あずきさん、これは『対人戦闘用C装備』というダミー武器なんです。両軍ともこれを携帯していて、命令があると即座に切り替えるんです。ルナリア王国兵、セレスティアリア王国兵ともに、互いの国に乗り込むときは必ずこれを携帯する決まりになっているんです」

「なんだってそんなものを……」

「千年を生きる能力を持ってはいても、どうしたって中身は外見に引っ張られるんです。要は若いんですよ、我々の女王さまがたは。だから、離れて暮らしているとはいえ、ある程度の周期でこうして姉妹喧嘩が起きるんです。その時の為の装備なんですよ。だからお嬢さん、きっかけはあなたかもしれないが起こるべくして起こったことだ。あなたが責任を感じる必要は無い」


 黒の兵隊が苦笑いして答える。

 あずきはそれを聞いて、その場でへたり込んだ。


「そっか、慣れてるんだ、兵隊さんたちは。はぁぁぁぁ。良かったぁ……。でも、女王さまたちはどうするの? このまま放置?」

「あぁ、あれは放っておいていいよ。そのうち気が晴れて宮殿に引っ込むから」

「割って入ったらかえって命が危ない。やり過ごすのが一番だよ」


 白黒の兵隊が揃って笑う。

 あずきはそこを離れ、庭をフラフラと歩きながら周囲を見回した。

 倒れている兵隊が多数いるが、よく見ると皆、嘘寝している。

 まるで、サバイバルゲームで撃たれた人が、地面に横たわってゲームが終わるのを待っているみたいだ。

 

 ――何よ、馬鹿馬鹿しい。心配して損しちゃった。


 あずきはしばらくそうして歩いた後、さっきからの感情の乱高下に疲れ果てて、その場にペタンと座り込んだ。

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