第48話 野咲あずきと月の女王 1

【登場人物】

野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本とイギリスのハーフ。

おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。

姉小路あねこうじ……魔法庁の役人。三十路みそじのダンディ。



 楽団が生演奏をするのを横目で見ながら、あずきは王宮の大広間の赤絨毯に突っ立っていた。


 両脇には、西洋風甲冑を着た王宮の衛士や、魔法庁の役人らしきスーツ姿の人が大勢いる。

 当然、姉小路あねこうじもいるのだが、どことなく表情がうつろだ。

 精魂込めて作ったゴーレムが呆気なく壊されたショックからまだ立ち直れていないのだろう。


「あずきちゃんがいじめるから」

 

 あずきの肩に乗ったおはぎがボソっと言う。


「思った以上にもろかったのは、あの人の腕の問題でしょ?  わたしのせいじゃ無いもん」


 あずきは視線を前方に向けたまま、小声で返答した。


 あずきのほんの五メートルほど前方。三段程度の階段を登った先にある玉座に、略式王冠を被った女性が座っていた。

 

 宝石を散りばめた純白のロングドレスに、緋色ひいろのマントを羽織った姿は、いかにも女王さま然としている。


 ストレートロングで、つやつや光る漆黒しっこくの髪。

 頭のてっぺんから伸びた、うさぎのような耳。

 下々の者に直接顔を見せてはならないという決まりでもあるのか、豪奢な意匠の入った銀色のヴェネチアンマスクを付けているせいで顔は分からないが、マスクから覗く目や口元を見る限り、相当な美人だと想定出来る。

 

 そしてメリハリの効いた、ダイナマイトボディ。

 ヴェンティーマ・ゲート記念広場で見た女王の像そのままだ。

 生演奏が一通り終わるのを待って、女王が口を開いた。


「試練を乗り越え、よくぞこの月宮殿まで辿り着きました。わたくしが月の女王ルーナリーアです。さぁ、杖を出しなさい」

 

 涼やかな声だ。

 一声聞いただけで、女王がかなり若いと分かる。

 

 あずきは懐から短杖ウォンドを出し、女王に向けた。


 女王は玉座に座ったまま、右手の人差指を軽く立てた。

 指の先端に、まばゆい光が宿る。

 光の精霊『ウィル・オ・ウィスプ』だ。

 

 光は女王の指から離れ、ゆっくり漂い、あずきの杖に吸い込まれた。

 短杖に付いた青い宝石、ゴーレムのコアが、脈動する。


「無事あなたの杖に、光の精霊が宿りました。これであなたの試練は終了です。ご苦労さまでした」

 

 女王がニッコリ笑う。

 楽団が再び演奏を始め、周囲の立席者が一斉に拍手をする。

 と、あずきは拍手を遮るように口を開いた。


美琴みこと姉ちゃん、太った?」

「ななななな、何てこと言うの? あずきちゃん!!」 

 

 女王が慌てて席を立って、あずきの前に駆け寄ってくる。

 まるでマンガのような動きだ。


「聞きたいこと、山程あるんだからね、美琴姉ちゃん!」

 

 あずきが腕を組み、ジト目で女王をにらむ。


「と、とにかく、ここじゃなんだから別室行って話しましょ。あなたたち、もういいわよ。はい、解散、解散ーーーー!!」


 女王があずきの背中をぐいぐい押して、奥の部屋に入った。

 続けて、魔法庁の役人も数人、一緒に部屋に入る。

 プライベートな話と判断したか、衛士たちは外で待機だ。


 入ってみると、そこは女王専用の控室ひかえしつだった。

 女王はため息をつきながらあずきに向き直ると、ゆっくりと顔に着けていたヴェネチアンマスクを取った。

 続いて、頭のてっぺんに生えていたはずの真っ白なウサギの耳――ならぬ魔力感覚器官を取る。

 月兎族ルナリアンには頭から天然に生えている感覚器官だが、よりによって月兎族の象徴たる女王さまの兎耳は、ニセモノのカチューシャだったらしい。


 そうして現れたのは、山梨の祖父母の家近くに店を構える鮨屋すしや月乃つきの』の一人娘、月乃美琴つきのみことだった。

 

「いつから気付いていたの?」

「公園の像を見たときからかな。賢者の像がうちのおじいちゃんにそっくりだった。女王の像も良く出来てたよ。美琴姉ちゃんそっくり。なんか恋人同士みたいに寄り添っちゃってさ。でも美琴姉ちゃんは普通に日本人だよね? なんで月の女王なんてやってるの?」

「そっか、あずきちゃんはヴェンティーマに寄ったんだったわよね。納得。でもあれ、実はわたしじゃないんだけどなぁ……」

「はぁ? あれだけそっくりだったのに、まだしらばっくれる気?」

「それに関しては、ボクから説明させていただこう」

 

 横から姉小路あねこうじが口をはさむ。

 あずきがジロっと睨む。


「おいおい、戦闘は終わったんだ。ボクもデク十二号のことは忘れる。ここからはお仕事の話だからね。だからあんまり嫌わないでくれ。ともかく座ってくれないか」

 

 姉小路が周囲のメイドに目配せする。

 王宮直属のメイドなのだろう。

 無駄の無い動きで、美琴とあずきの前にお茶を出し、そっと後ろに下がる。

 

「念の為に言っておくけど、月兎族の寿命は地球人とそう大差ない。せいぜい百年かそこらだ。当然、賢者と盟約を結んだ月の女王はとっくに亡くなっている。だが、月の女王には特殊能力があって、亡くなるとすぐ転生するんだ」

「転生? チベットのダライ・ラマみたいな?」

「そうそう。要はそんな感じだ」


 姉小路が大げさに頷く。

 

「生まれ変わり先は月兎族の血脈のどこか。でも、生まれた段階ではどこにいるのか誰も分からない。一般人と変わらず、普通に生きて普通に生活している。ところがあるとき不意に、月の女王しか知りえない知識や能力を思い出す。こうして月の女王は復活を遂げるというわけだ。……ここまでは理解出来たかな?」

「ふむ。でも、月の女王の生まれ変わりってそれ、どうやって証明するの? 記憶力テストとか受けるの?」


 美琴は黙って紅茶を飲んでいる。

 姉小路がそれをチラリと見て、代わりに答える。


「一応、確認の手順はいくつかあって、それらを全部クリアする必要がある。まぁでも、女王は亡くなる直前に必ず、誰も触れられぬよう私物に封を掛けて行くんだけど、そのことごとくを解いちゃったらそりゃ本人認定するしかないよね」

「なーるほど」


 これにはあずきも素直に納得した。

 ということは、目の前の美琴が月の女王であることは間違いないということだ。

 

「でも、美琴姉ちゃんは地球人でしょ? 違うの?」

「純粋な地球人か、というと実はちょっと違う。おそらくキミも含めてだが」

「どういうこと?」


 あずきが首を傾げる。


「キミも知っての通り、賢者がゲートを開いたお陰で地球人が月に大量に移民したんだが、余程相性が良かったのか、この間に急速に異種族婚が進んだんだ。結果、今では純粋な月兎族というのはかなり少なくなってしまった。特に、地球側で固定ゲート近くに住んでいる人は、ゲートが再度開いたときに戻ってきた魔法使いの末裔が多いんだ」

「それで……」

「そう。美琴クンの場合、おそらく先祖の誰かが月兎族と異種族婚をしていたんだろうな。ちなみにあずきクン。魔法使いの一族であるなら、キミだってさかのぼっていったら、どこかで月兎族の血が混じっているかもしれない。ということは、条件さえ合えばキミが次代の月の女王になっていた可能性だってあったってことなんだ」


 あずきは姉小路の語る衝撃の事実に、思わず口をあんぐり開けた。

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