第47話 魔法庁と土の試練 2

 姉小路が素早く飛び退くと、ゴーレムがゆっくり右手を振りかぶった。

 この後、あずきに向かって全身のバネを使った渾身のストレートを放ってくるのだろう。

 救護スタッフが控えているとはいえ、当たれば大怪我をしかねない。

 姉小路も何だかんだ言いつつも、魔法庁の役人として大人げないくらい威信を掛けた攻撃をしてくるはずだ。


 だがあずきは、怒りに口を真一文字に結んだまま、その場から動かなかった。

 一瞬で杖との対話に入る。


 あずきは、暗闇の中、フヨフヨ浮いている土の精霊の前に立った。


 ――祥子先輩には悪いけど、わたし、あぁいう大人ぶった人って大嫌いなの。そうね。ご先祖さまやお祖父ちゃんみたいに、こちらを子ども扱いせず、同じ目線で真摯に話してくれる人が好き。『大人でござい。胸を貸してあげるからかかっておいで』なーんて偉そうにふんぞり返る人の鼻っ柱を、ベッキベキにへし折ってあげたいのよ。力を貸してくれる?


 あずきは暗闇の中、両手を開いた。

 土の精霊が一際大きな光を発し、胸元に飛び込んでくる。

 

 ――そうね。一緒にやっつけちゃおう!

 

 精霊との一瞬の対話を終え現実に戻ったあずきは、右手に持った短杖ウォンドで目の前に素早く魔法陣を描いた。

 そのまま杖を頭上に向ける。

 ゴーレムの真上。

 あずきの描いた魔法陣が、岩盤でできた天井にそっくりそのまま投影される。


 ゴォォォォォ!!


 ゴーレムのパンチが迫るも、あずきは慌てず呪文を唱えた。


「テッラ アウディボーチェム(大地よ、我が声を聞け)!」


 天井の魔法陣が光る。

 あずきは天井の魔法陣の発動を確認すると、再び短杖ウォンドをゴーレムに向けた。


「ジガス マヌス(巨人の手)!」


 ドッカァァァァァァァァァァン!!!!


 土煙が、もうもうと立ち上がる。

 隠れていた姉小路が成果を確認しようと身を乗り出すのが見える。

 観客たちも、何が起こったか見ようと身を乗り出す。


 監視官の誰かが風の魔法を使ったのか、横から流れてきた風で、あっという間に土煙が消え失せる。

 土煙が消え去ったあと、そこにあったのは……。


 右腕を前に、腹ばいで倒れている身長五メートルのゴーレムと、天井から生えた岩で作られたと思しき巨大な拳だった。


 拳は、差し渡し五メートルはありそうだ。


 メガトンパンチの途中で、上空から攻撃を受けた為だろう。

 ゴーレムの右腕は、無残にも押し潰されていた。

   

 シーーーーン。


 観客も監視人も、姉小路さえも、口をあんぐり開けている。

 だが、あずきはこんな程度で止めるつもりは無い。


「ジガンテス ペデス(巨人の足)!」

 

 巨大な拳があっという間に天井に吸い込まれると、代わって猛スピードで降りてきたのは、こちらも岩で出来た巨大な右足だった。

 つま先からかかとまで、パッと見、拳の三倍。十五メートルはありそうだ。

 

 ドッカァァァァァァァァァァン!!!!


 腹ばいに突っ伏したゴーレムの体が、天井からの圧倒的な質量によって、地面にめり込む。


 土煙を上げつつ巨人の足がゆっくりと上がり、天井へと吸い込まれていく。

 見ると、衝撃でゴーレムの胴体が真っ二つになっている。

 姉小路の顔が見る見る真っ青になっていくのが見える。


「ジガンテス ペデス エレペティティオ(巨人の足、連打)!!」


 静寂を破って唱えられたあずきの詠唱により、巨人の足が再び猛スピードで降りてきた。

 しかも一撃で終わらない。連打だ。


 ガンガンガンガン、ガンガンガンガン!!!!


 踏み潰し攻撃が止まらない。

 天井から生えた巨人の足は、目にも止まらぬ速さで足踏みをした。

 

 横たわったゴーレムの体を、圧倒的質量を持った巨大な足が容赦なく踏み潰す。 

 そして一分後。

 ようやく足踏みが終わった。


 監視人の行使した風魔法が吹いているせいで視界が良好な為、闘技場にいる全員が、何が起こったかはっきり見ることが出来たようだ。 

 

 姉小路の作ったゴーレム『デク十二号』は、粉々のバラバラになっていた。

 そこにあったのは、原型を全く留めていないただの土塊つちくれだった。


 闘技場にいる誰も彼もが、口をあんぐり開けたまま、棒立ちしている。

 誰が想像したろうか。

 数日前に魔法に覚醒したばかりの初心者魔法使いビギナーが、魔法庁のベテラン魔法使いを完膚なきまでに叩き潰すなどと。 


 信じられないレベルのジャイアントキリングを見た観客が、ザワザワし始める中、姉小路だけは違う反応を見せていた。 

 

 さめざめと、静かに泣いていた。

 時間を見つけ、十年掛けてコツコツと作り上げた自信作が、たった五分で粉々にされたのだ。

 名前まで付けて可愛がっていたのに、原形を留めることなく木っ端みじんに破壊されたのだ。

 泣きたくもなるだろう。

 

「……やりすぎじゃない? あずきちゃん。泣いちゃったよ? 姉小路さん」


 おはぎがあずきの隣で羽ばたきながら言う。


 と、近くにいたタブレットを持った女性監視人の一人が、ツカツカとあずきに歩み寄り、その手を取って頭上に挙げた。


「ウィナー! 野咲あずき!!」


 その声でみな正気に戻ったか、大歓声が湧いた。

 あずきは手を挙げられたまま、そっと安堵のため息をついた。 

 これでようやく、初心者の試練が終わった。

 旅が終わったのだ。

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