第37話 過去からの呼び声 1

【登場人物】

野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本とイギリスのハーフ。

おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。



 ふと誰かに呼ばれた気がして、あずきは身を起こした。

 ベッドサイドに置いてある時計を見ると、深夜一時を指している。

 

 あずきはベッドから起き上がって窓際に行った。

 遠くの街明かりが見える。 

 どこの街でも宵っ張りは居るようで、繁華街の方はこの時間でもまだ煌々こうこうと灯りがついている。


 おはぎがあずきにそっと近寄った。

 あずきは外をじっと見つめたまま、おはぎに向かって話しかける。


「……あんたも気付いてた?」

「そりゃあね。だってボクはあずきちゃんの使い魔だもの。そういった感覚は繋がってるよ」

「そっか。じゃ、行こっか」

「うん」


 あずきはベッドサイドに畳んであった魔法学校の制服に袖を通した。

 制服は西園寺家の使用人によってすっかりクリーニングされているので、新品同様に気持ち良く着れる。


 あずきは窓ガラスを開けてベランダに出た。

 あずきの部屋は三階だ。

 高台にあるからか、意外と風が吹いているようで、あずきの制服がはためく。 

 

 地上からはだいぶ高さがあるが、あずきは意にも介さず箒を片手に飛び降りた。

 地上に着く前にヒラリと箒に跨り、一気に上昇する。

 

 十分ほど飛んで、あずきは目的地に着いた。

 さすがにこの時間だと、人っ子一人いない。

 だが、ありがたいことに、等間隔に設置された街灯がある程度の明るさを提供してくれているので、わざわざ魔法で灯りを灯さずに済む。 

 

 あずきは目的の場所に歩み寄ると、そこにあるものを見上げた。

 美しい女性と男性の像を。

 そう。ここはヴェンティーマ・ゲート記念広場。

 月の女王ルーナリーアと賢者エディオンの像が設置された噴水前だ。


 あずきは黙って、噴水の周りを一周した。

 ……反応無し。 

 あずきは少し考え、意を決すると、足元が濡れるのも構わずズカズカと噴水に足を踏み入れた。


 水の深さは三十センチ程しかないが、当然靴はビショビショだ。

 おはぎもあずきの肩から飛び降り、噴水の縁で精神を集中させ、何かを探っている。

 

 あずきの足元。噴水の底面には何も変わったところは見受けられない。

 様々な色や形をしたルーン硬貨がたくさん底に沈んではいるが、底面自体は何の変哲もない普通のコンクリート施工だ。

 それっぽい切れ目も見受けられない。 

 

 だが、そこまでは織り込み済みだ。

 見て分かるようなものなら、今までに誰かが見つけている。

 それっぽい魔法の気配も感じない。

 だからこれは、あずきにだけ伝わった波長のようなものだ。


「来たよ。呼んだでしょ? 呼んどいて無視って無くない? 入れてよ」


 あずきは虚空こくうに向かって呼びかけた。

 夜、誰もいない広場で独り言を呟く少女の図。

 シュールなこと、この上ない。

 

 と、次の瞬間。

 あずきの足元、噴水の底面がボゥっと光り輝いた。

 何の変哲もないはずのコンクリートの底面に緑色の光が走り、見る見るうちに何か複雑な模様が出来上がっていく。


 噴水の縁を歩いていたおはぎが、すかさずあずきの肩に飛び乗った。

 そして模様が完成した瞬間、あずきの足元が消えた。

 

 ゆっくりとした落下感がある。

 が、あずきは心配していなかった。

 あずきを呼んだ主がどのような意図を持っているか知らないが、わざわざ呼んだのだ。自分との会話を望んでいるはずだ。

 であるならば、危害を加えるようなことはしないはずだ。


 三十秒程して、あずきの足はゆっくり床面に着いた。

 そのまましばらく周りの反応を待ったが、それ以上何の反応も無いので、あずきはとりあえず目的地に着いたと判断し、懐から杖を取り出した。


「ルクス(光よ)!」


 短杖ウォンドの先端から飛び出した光が、ゆっくりあずきの頭上に上り、辺りを照らし出した。


 そこは、教室三個分くらいの広さの部屋だった。

 床は石畳が綺麗に敷き詰められ、部屋の周囲は、紫紺しこんのゴシック調カーテンに覆われている。

 あずきの後ろの大きな扉がこの部屋の本来の入り口なのだろう。


 あずきは軽く部屋の周囲をサーチした。

 扉の外に、圧倒的な土の質量を感じる。

 壁の外側も同様。

 存在しているのはこの部屋だけのようだ。


 あずきの前方、突き当たりに三段だけの階段があり、そこにアンティーク調の背もたれの高い椅子が一脚置いてある。

 どう見ても玉座だ。 

 そして、あずきの足元から玉座に向かって、一直線に臙脂色えんじいろのカーペットが伸びている。


 目を細めて感覚を集中するあずきの視線の先に、玉座に座った何者かの姿が見える。

 問題の人物は灰色のローブをまとっているが、フードを目深まぶかに被っているせいもあって、あずきの位置からでは年齢も性別も判別不能だ。

 

 あずきは肩に乗ったおはぎと目を合わせる。

 二人してうなずき、それから、ゆっくり歩き出した。

 程なく、ローブを纏った人物の前に着く。

 

 ローブの人物を透かして、玉座とカーペットが見えている。

 

 ――これは亡霊だ。生きている人間じゃない。でも敵意は感じない。幽霊ファントムのような、こちらを攻撃する意思は感じられない。


「来たよ。わたしに何の用?」


 思い切ってあずきは声を掛けた。


 ローブの人物が玉座から立ち上がり、手でゆっくりフードを払った。

 現れたのは、三十代くらいの立派な体格をした男性だ。 

 背が高く、西洋風の顔立ちをしている。

 幽霊のくせに、威風堂々いふうどうどうとしている。


「我が求めに応じし者よ、我こそは……」

「賢者エディオン。エディオン……バロウズ」

「あれ? なんで分かった?」


 男性が意外そうな顔をする。


「噴水の像の製作者を褒めてあげて。あなたそっくりよ。そしてその賢者の顔がうちのおじいちゃん、『リチャード=バロウズ』にもそっくりだった。あれを見ちゃうとね」

「驚かんのか?」

「まぁ、ここに呼ばれたときから何となくそんな気がしてたし」

「ずいぶん冷めているな。つまらんのう。『えーー? うっそーー! わたしがあの大賢者の子孫ですってーー??』というくらいの反応が欲しかったんじゃが……」

「自分で言うかな」


 あずきが思わず苦笑する。


「それにこの地下への転移魔法。通常の魔法による仕掛けなら今までに誰かに見つけられてたし、そうじゃない仕掛けでわたしが呼ばれるとしたら『バロウズ』の血に反応するタイプのものとしか思えない。それが決定打かな」

「なるほど、頭は悪くないようじゃな」


 賢者エディオンがあずきの推理に、ニヤリと笑った。

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