第36話 思いがけない再会 2

 西園寺家さいおんじけの別荘は、港街ヴェンティーマの山側に位置していた。

 周囲には別荘やホテルが立ち並び、夜ともなると、遠くの街の灯りが海にも写り、絶景を生み出している。


 さすが名家の別荘だけあって、ちょっとしたホテル並みの大きさの建物だ。 

 あずきが案内された部屋は一人用とは思えないほど広く、ベランダに設置された西欧風のバスタブに浸かりながら遠くできらめく夜景を眺めることができるという、とても高級感に溢れた空間だった。 

 

 観光地でこれだけの物件だ。

 日本でなら、ただ泊まるだけでも結構な金額が掛かるだろう。 

 あずきも両親に連れられて、泊まりで旅行に行ったことがあるが、ここまで豪勢な部屋はお目にかかったことがない。

 

 お風呂に入ってサッパリしたところで、晩ごはんを一緒にと祥子が迎えに来た。

 夜六時だ。

 お腹もペコペコなわけだ。


 この別荘に来たときから、メイドさんやら執事さんやらの姿をちょくちょく見かけていた。

 この分なら、専属のシェフもいるはずだ。 

 

 ――料理、期待しちゃって良さそう。


 あずきは内心期待しながら祥子について食堂に行った。

 ところが、そこにいたのは……。


「あずきさん、よく来てくれたわね。どうぞ座ってちょうだい」

「おぉ、あずきちゃん、待っとったぞ!」

「あらまぁ、あずきちゃん、ほんの数日で随分見違えちゃって」


 食堂で待っていたのは、あずきも見知った顔の三人の老人だった。

 それは、東京タウンで出会った西園寺婦人と、あずきの祖父『リチャード=バロウズ』、それに祖母『オリヴィア=バロウズ』の三人だった。

 しかも、既にかなりお酒が入っているようで、三人ともかなりご機嫌だ。

 揃って顔を赤くしている。

 どれだけ飲んだのか。


「おじいちゃん! おばあちゃん! 何でここにいるのよ!」

「いや、なんでって、なぁ」

「ねぇ」


 顔を赤くした老人三人がワイングラスを片手に仲良く笑っている。


 ウェイターが椅子を引いてくれ、あずきも祥子の隣に座った。

 おはぎもあずきの足元でキョロキョロしている。


「ごめんなさいね、あずきさん、黙っていて。オリヴィアとリチャードは今日のお昼頃こっちに着いたのよ。もう十年も会ってなかったから嬉しくてついお昼っから乾杯しちゃってね。……何杯飲んだかしら」


 酔っぱらって顔を真っ赤にした祖父がボトル片手に会話を引き取る。


「いやいや、あずきちゃん、響子を責めてはいかんぞ。わしらもあずきちゃんの様子を見にこっちに来たんじゃが、ふと響子のことを思い出しての? ダメ元で訪ねてみたら居るんだもん。もう十年も会ってなかったから嬉しくてついお昼っから乾杯しちゃってな。……はて、何杯飲んだかのぅ」

「おじいちゃん、飲み過ぎだよ。大丈夫?」


 酔っぱらって顔を真っ赤にした祖母がニコニコしながら会話を引き取る。


「あずきちゃん、二人を責めないでやって。響子のところには、居たら挨拶ぐらいしておこうかって程度の感じだったんだけどね? もう十年も会ってなかったから嬉しくてついお昼っから乾杯しちゃって。……えっと、何杯飲んだかしらね」

「おばあちゃんまで!」


 そこへ料理が続々と運ばれてくるも、あずきは祖父たちが心配で料理どころでは無くなってしまった。

 だが。


「旧交を温めている泥酔老人たちは放っておいていいわ。そのうち眠くなって寝室に引っ込むわよ。さ、食べましょ、あずきさん」


 酔っぱらって顔を真っ赤にした三人の老人をあきれ顔で眺めていた祥子が、バッサリ切って捨てた。


 ◇◆◇◆◇ 


「で、なんでおじいちゃんたちがいるの?」


 お腹がいっぱいになって余裕が出来たあずきが、食後の紅茶片手に問いかける。


「あずきちゃん、勘違いしているようだから教えてあげるが、別に見学が禁止されてるわけではないんじゃよ」

「そうなの?」

「そうなのよ。介入は厳禁だけど、見学は構わないのよ」

「そうなんだ……。でも、どうやってここまで来たの?」

「どうやってって、わしら、個人用ゲートをひらけるからのう」

「個人用ゲート?」

「これじゃよ」


 リチャードがふところからカードを出す。

 トランプ程度の大きさのカードで、表面は金地に六芒星が。

 裏面は何やら複雑な文字がたくさん書かれている。


「月の官庁発行のカードでの。こいつがあると、都市限定じゃがゲートを開くことが出来るんじゃ」


 あずきはパッとカードを引ったくり、まじまじと眺める。

 リチャードが慌てて奪い返した。


「ダメじゃよ、貴重なものなんじゃから。なかなか手に入らないんじゃよ? これ」

「おじいちゃん、持ってるじゃん」

「そりゃ、わし偉いもん。こう見えて、結構な実力者なのよ? わし」


 酒で顔を真っ赤にした酔っぱらい老人がエヘンと胸を張る。


「はいはい」


 あずきは祖父を軽くいなした。

 

 正直、その可能性も考えないでは無かった。

 というよりむしろ、その可能性を一番に考えていた。

 つまり、肉親の誰かが密かにサポートしているのだと。

 けど、おじいちゃんたちがこちらに来たのは、今日の昼間だという。

 

 ――その発言を信じていいならだけど、この酔っぱらいっぷりを見る限り嘘はついて無さそう。なら、道中わたしを助けてくれたのは誰? やっぱり月の女王の関係者なのかしら?

 

 あずきは窓越しに、空に浮かぶ地球を見た。

 ちょうど地球から空を見上げると月が見えるように、ここ月では地球が空に浮かんで見える。


 明日はいよいよ、ルナリアタウンに到着だ。

 ルナリアタウンでは最終試練が待っている。

 ブラウニーのミーアママの予想が正しければ、最終試練は厳しいものになるはず。


 ――今日のところはゆっくり休んで、明日に備えよう。


「わたし、先に部屋に戻る。言ってももう遅いかもしれないけど、あんまり飲みすぎないでね」

「はーい!」


 泥酔老人たちが揃って声を挙げる。

 祥子が肩をすくめる。


 あずきは泥酔老人たちをそのままに、自室に戻った。

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