第31話 隠れ里を抜けて 1

【登場人物】

野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本と英国のハーフ。

おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。

リーロイ……ブラウニーの男の子。ルーミィの兄。

ルーミィ……ブラウニーの女の子。リーロイの妹。 

ミーア……リーロイ、ルーミィの母。ブラウニーの隠れ里の魔法教師。

エメロン……リーロイ、ルーミィの父。工房の職人。



 翌朝。


「朝だぞ! 起っきろーー!!」

「起っきなさーーい!」

「きゃあ! やったなー!」


 ベッドでぐっすり眠っていたあずきが、リーロイとリーミィ兄妹のフライングボディアタック的モーニングコールで起こされ、しばらくドタバタ遊んでからリビングに行くと、そこには一家が揃っていた。


 他の子どもたちは既に食事に入っており、母親のミーアが甲斐甲斐しく食事の用意をしている。

 父親のエメロンはといえば、食事が済んでいるのか、部屋の片隅に置いてあるロッキングチェアに座って、分厚い本を読みながらコーヒーを飲んでいる。


 ――気付かなかったけど、二人共いつの間に戻ったんだろ。


「おはよう、あずきさん。とりあえずそこに座ってくれる? 今、朝御飯の支度をするから」


 勧められた椅子に座ると、お皿を二枚持ったリーロイがあずきの右隣に座り、一枚を自分の前。もう一枚をあずきの前に置く。

 続いて、お皿を持ってきたルーミィが、あずきの左隣に座る。


「ごちそうさま! いってきまーーす!!」


 リーロイ、ルーミィの兄妹たちがそれぞれに食事を終え、どんどん外に出ていく。

 フライパンを持ったミーアが、フライ返しで焼けたばかりのパンケーキをそれぞれの皿に乗せた。

 兄弟たちに、いってらっしゃいと手を振りながら、リーロイとルーミィが目の前の料理に舌なめずりをする。


「ママのパンケーキ、いんだぜ? 俺も半年ぶりに食うけどさ」

「今朝はわたしも手伝ったの! 食べて。冷めないうちに、ね」


 兄妹に勧められて、目の前のパンケーキを見たあずきはビックリした。

 とにかく分厚い。

 そして皿をちょっと揺らすと、パンケーキがぷるんぷるん揺れる。


「うわぁ……」


 パンケーキは厚みが四センチもあろうかという分厚いもので、丁寧にホイップされたふわふわの生クリームがたっぷり乗っており、その上からメープルシロップがふんだんに掛かっている。

 こんなの、TVでしか見たことない。


「いただきまーーす!」


 あずきはフォークで、ひと欠片取って口に入れた。


「美味しい!」


 甘くてふわっふわで、フォークが止まらなかった。


「だろ? ママのパンケーキは絶品なんだから!」

「なんでお兄ちゃんがイバってるのよ! ねね、ホイップクリームはわたしが担当したのよ? どう?」

「むがむがむが」


 ミーアママがフライパンを持ってやってくる。


「みんな落ち着きなさい! おかわりはまだちゃんとあるから。食べるの?」

「食べる!!」


 三人揃って口の周りを真っ白に染めながら、競うように皿を突き出した。


 ◇◆◇◆◇ 


「さて。これがお嬢ちゃんの新しい杖だ」


 食事を終え、お腹いっぱいのあずきの前に、エメロンが杖を置いた。 

 あずきはテーブルの上の杖を、上から下から横からと、様々な角度から見た。 

 

 長さは折れる前とほぼ同じ変わらないが、持ち手の部分が銀色の、何かの金属となっている。

 要は、折れた部分を整え、持ち手を新たに付け足した感じだ。

 そして、銀色の持ち手に、吸い込まれそうなほどあおい宝石がハマっている。

 これがゴーレムのコアだったのは間違いないだろう。


 試しに持ってみる。

 一瞬だけ宝石がほのかに光って消える。

 金属と宝石の分、重くなると想定していたのだが、持っている気がしないくらい、驚くほど軽くなっている気がする。


「銀色の部分はオプタニウムというんだが、この里で採れる魔法伝導率がとても高い金属だ。瞬発力と威力が格段に増しているはずだ」

「へぇ……」


 あずきはブンブン杖を振ってみた。

 手に馴染んで、実にしっくりくる。


「それと、さっき光ったろ? あれでマスター登録が成されたから、今後その杖はお嬢ちゃんにしか使えない。体の延長になってるから重さも感じないはずだ」


 あずきの疑問を察したようで、エメロンが解説してくれた。

 そこに、コーヒーカップを持ったミーアが合流する。

 あずきはお礼を言って、コーヒーカップを受け取った。 


「杖に色々仕掛けを施したから今までより精霊との対話もしやすくなっているし、引き出せる力も段違いに大きくなっているわ。慣れるまでが大変かもしれないけど、慣れると色々楽になるはずよ」

「ありがとうございます。何から何まで。わたし、なんてお礼を言ったらいいか」


 エメロンとミーアが目を交わす。


「あずきさん、あなたはわたしの可愛い子どもたちを連れ戻してくれたわ。それだけで親としては充分、お礼をするに足りるの。ありがとう」


 ミーアが深々と頭を下げる。


「そんな! 頭を上げてください!」

「それと」


 ミーアがあずきの目を見る。


「これは魔法教師としてのカンなんだけど、あなたからとても強い運命力を感じるの。普通、初心者魔法使いビギナーがこのタイミングでここまで強力な杖を手にすることはそう無いんだけど、多分あなた自身の運命力が、この先の危険を察知して強力な杖を求めたんでしょう」

「運命力……ですか」


 あずきは充分甘くして貰ったコーヒーを口に含む。


「月の女王は各々おのおののレベルに合った試練を課すわ。だからあなたを待ち受ける最終関門は相当強力なものになるはず。最後まで油断せずに進むのよ」

「は、はい」

 

 あずきは杖を握った。

 強い力が流れ込んでくる気がする。

 前の杖は持っているだけ感が強かったが、今度の杖は言われた通り、手の延長のような感覚がある。

 とてもよく馴染む。


 キライリ渓谷は東京タウンとルナリアタウンの、ほぼ中央に位置している。

 であるならば、ルナリアタウンはもう、目と鼻の先だ。 

 ゴールは近い。 


 月宮殿地下のダンジョンという最後の試練が待っているとしても、旅の終わりが間近に迫っていることは間違いない。

 

 ――最後まで気を抜かず、完走しなくっちゃ!


 キライリ渓谷前駅まで見送りに来てくれたリーロイとルーミィと別れてから、あずきはあえて鉄道に乗らない選択をした。

 距離を考えれば、箒で移動しても明日には目的のルナリアタウンに着けるだろう。

 この日までに着かないと失格、なんて話はされなかったので、ここからは慌てずに行こうと思ったのだ。

 

 東京タウンからキライリ渓谷まで駅は幾つもあった。

 駅毎にそれなりの大きさの街が併設されていたので、この先も同じように街があるに違いない。


「線路に沿って飛べば迷うこともないだろうし、面白そうな街があったら寄ってくのもありかもしれない。楽しんで行こ!」

「油断だけはしないようにね」


 やれやれと顔をしかめるおはぎに、あずきはウィンクをしてみせた。

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