第28話 ブラウニーの隠れ里 2
「ただいま!」
兄妹は、樹上に幾つもある小屋の一つの前に行くと、扉を勢いよく開けた。
小屋の中に居た十匹以上のぬいぐるみ、もとい、ブラウニーが一斉に振り返る。
「リーロイ! ルーミィ!」
一際大きく、白エプロンを付けたぬいぐるみが信じられないといった表情で叫ぶ。
「リー兄ちゃん!」
「リーロイ!」
「ルー!」
「ルー姉!」
「ルーミィ!」
「兄ちゃん!」
「リー!」
「姉ちゃん!」
室内にいたぬいぐるみたちが、一斉に宙に舞ったかと思うと、各自思い思いに叫びながら、次々と兄妹に抱きついた。
リーロイとルーミィが、そっくりなぬいぐるみたちによって、あっという間にもみくちゃにされる。
その様子は、まるで動くぬいぐるみの山だ。
――この中に入ったら、ふかふかのもふもふで、暖かそう……。
あずきが幸せな妄想をした瞬間、外から大きな爆発音が聞こえた。
あずきが慌てて小屋から出ると、他の小屋からも一斉にブラウニーが飛び出ていた。
皆の視線が森の奥の集中する。
あずきも目を凝らした。
百メートルほど離れた洞窟の入り口から、真っ黒な煙がもうもうと出ている。
「あそこは何です?」
「あれは工房だわ。魔法の暴走かしら」
あずきの隣に立った白エプロンのブラウニーが教えてくれる。
次の瞬間、洞窟の入り口から火の玉が一つ飛び出し、空を縦横無尽に舞った。
いや、違う。生き物だ。
長い首。かぎ爪の付いた羽。息をする度に口から出る炎。
全長一メートル程度と小さいが、それはあきらかにドラゴンだった。
「あれは、工房の
「火竜?」
あずきは隣にいたブラウニーを見る。
エプロンを付けたぬいぐるみが頷く。
「工房の火起こしに飼っている火吹き竜で、成体になると金属をも溶かす
火竜は空を飛びながら火炎弾を吐いているようで、森のあちこちで火災が起こっている。
あずきは上空に目を凝らした。
と、百メートルの距離を挟んで火竜と目が合う。
そりゃそうだ。
ぬいぐるみだらけの森で一人だけ異質な生き物がいたら、そこに視線が行くに決まっている。
あずきの遥か上空で、火竜が思いっきり息を吸い込んだ。
一瞬であずきの背筋が凍った。
あずきは
「アクア パリエース(水の壁)!」
隣にいた白エプロンのブラウニーと呪文がハモる。
身体の大きさに対してあまりにも巨大な炎の玉があずきに迫って来る。
気付いた付近のブラウニーたちがあずきから離れようと、悲鳴をあげて一斉に逃げ出した。
ドーーーーーォォォォォォン!!!!
想像以上に激しい衝撃が来た。
立って防御壁を張ったはずが、あまりの威力にあずきは片膝をついた。
その衝撃の強さに、白エプロンのブラウニーとで二重に張った水の防御壁が一瞬で霧散した。
パキーーン!!
あずきが持っていた杖の先端があっけなく弾け飛んだ。
祖母に貰った自分専用の杖だ。
起こった事象を理解出来ず、あずきはその場に棒立ちになった。
「逃げるわよ!」
白エプロンのブラウニーがあずきの手を強引に引っ張り、その場を離脱した。
◇◆◇◆◇
いつの間にか雨が降っていた。
森があちこちで燃えているが、雨のおかげでいずれは鎮火するだろう。
火竜がブレスを吐くのをやめれば、だが。
あずきは他の大勢のブラウニーと一緒に、湖のほとりに避難していた。
「大丈夫? お嬢さん」
「あ、はい。何とか……」
白エプロンを着けたブラウニーが、湖で濡らしてきたハンカチであずきの顔を拭いてくれた。
ハンカチが黒く汚れる。
ススが顔に付いていたのだろう。
あずきは呆然としながら先端が無残に割れ飛んだ杖を見た。
欠けたのは先端からわずか十センチ程度だが、魔法の射出口が無い状態で上手く魔法が発動してくれるか自信が無い。
あずきは思わずため息を漏らした。
「改めて、息子たちを連れ帰ってくれてありがとう、お嬢さん。わたしはミーア。あずきさん、でいいのよね?」
「はい。こちらも、助けて頂いてありがとうございます。ミーアさん」
ミーアの周囲に子どもたちが集まる。
皆、不安そうな顔をしている。
「魔術師たちが降らせた雨だ。これ以上の延焼はしないはずだよ」
様子を見て来たリーロイが、森の方を指差した。
森の入口に、白マントを来たブラウニーの集団がいる。
彼らが雨を降らせているのだろう。
――だけど、
「ねぇあずきさん。さっき見たけど、あなたの魔法、身体の中の魔力を使っていたわね」
「そう……ですけど、何か変でした?」
「変じゃないわよ。初心者特有のやり方だってだけ。でもそのやり方だといずれ息切れするわ。人が体内に持てる魔力容量なんてたかが知れているもの。その恰好をしてるってことは、あなた、月宮殿を目指している
「ミーアさん、あなた一体……」
「実はわたし、ここ、ヴェルビアの森で魔法教師をやっているのよ?」
ミーアママがニッコリ微笑んだ。
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