第19話 ゲームバランス崩れてない? 3
「さぁて、どうしたものかなぁ……」
あずきとおはぎの眼前に、広大な森が広がっていた。
あずきのいる場所からの眺めで想像する限り、木々の一本一本が百メートルを優に越えている。
箒でここを越えるのは難しそうだ。
万が一そんな高さから落ちたら即死だし、といってこれだけ大きな森を迂回するとなると、どれだけ余計な時間を費やすことになるか分からない。
試しに中に入ってみたら、木々が密集し、飛ぶどころか
――じゃあ、どうやってこの森を踏破する?
「ディプレーンショ(探知)!」
探知の波を出来る限り遠くへ伸ばしてみると、微かに何かが引っ掛かった。
意を決したあずきは、反応のあった方角に飛んでみた。
程なくあずきたちは、家畜小屋が付属した、山小屋風の小さく古びた家の前に着いた。
家は、森の入り口に一軒だけポツンと建っている。
箒を降りたあずきが近寄ってみると、家の前の地面に、汚れた木製の看板がちょっと斜めに突き刺さっていた。
看板には『森の案内人・一回一万ルーン』と書かれている。
実に分かりやすいヒントで、おそらくここを利用するのが正解なのだろうが、問題が一つ……。
「おはぎ、あんたお金持ってる?」
「ロボットじゃあるまいし、猫の体には普通、お財布を入れるポケットなんか付いてないよ」
「だよねぇ。とはいえパジャマ一枚でこの世界に来たからお財布なんて持っていないし。うーん。ダメ元で頼んでみるか。……ごめんください!」
あずきは扉をノックした。
探知の魔法で、中に人が居ることは分かっている。
――物分かりのいい人であればいいけど……。
「はーい」
ギィっと音を立てて小屋のドアが開く。
出て来たのは、あずきのママやサマンサと同年代の、
胡散臭そうなものを見るような目であずきを見る。
「わたし、
「そうだね。ここからなら森を抜けるしかないね」
女性がぶっきらぼうに答える。
「やっぱり。あの、表の看板に『森の案内人』と書いてありますよね?」
「なんだ、お客さんかい。一回一万ルーンで案内するよ」
女性の顔が満面の笑みに変わる。
――そうだ、一万ルーンだ。看板にもそう書いてあった。でもあれ、月の貨幣単位だろうか。
だが、円さえ持ってないあずきが月のお金を持っているはずもない。
「それが、わたしこの世界に来たばかりで、ここのお金を持っていないんです」
途端に女性の顔が仏頂面になる。
「冷やかしなら帰んな」
ドアがバタンと音を立てて閉められた。
――さーて困ったぞ。お金が無いのなら、何かそれに代わるものを用意しなくちゃ。
あずきはリュックを開けた。
サマンサからもらったものの中に何か高価なものがあるかもしれない。
転移時に着てきたパジャマ、道中に使用するちょっとした食材や食器類、寝袋。
バッグを逆さまにしてみたが、他には何も出てこなかった。
――こりゃダメだ。あと、何かあったっけかなぁ。
あずきが制服のポケットを探ってみると、何か丸いものが手に当たる感触を感じた。
そっと握って出してみる。
手を開くと、ほのかな碧い光を放っている。
それは、ゴーレムの爆散地で拾った碧い宝石だった。
あずきとおはぎは目を輝かせ、同時に頷いた。
「ごめんください!」
あずきは再度小屋のドアを叩いた。
ガチャっとドアが開き、案内人が顔を覗かせる。
「何だい。お金が無くちゃ、案内は出来ないよ」
「あの、お金では無いんですが、これは案内料の代わりにはなりませんか?」
あずきが宝石を差し出す。
途端に案内人の目の色が変わる。
「あんた、これ、どこで手に入れたんだい」
案内人が慌てて問う。
「ここに来る前の川でゴーレムと遭遇して……」
「あんたみたいな初心者に倒せるはずがないんだが……。まぁいい。それはゴーレムの
あずきとおはぎは思わず顔を見合わせた。
「その石と交換で案内をお願い出来ますか?」
「そりゃ構わないけど……お釣り、ないよ?」
案内人が値踏みするような細目であずきを見る。
「構いません。ここを抜けられればそれでいいんです」
案内人が途端に破顔する。
「そうかい。じゃ商談成立だ。あたしはリリィだ。リリィさんでいい。ちょっと待ってな。今準備するから」
三十分後、リリィは家畜小屋から獣を二頭、引っ張り出してきた。
それは、全長四メートルはありそうな、ツノの生えた巨大なオオカミだった。
もちろん、あずきに見たことがあるはずも無い。
目を丸くして驚くあずきとおはぎを見てリリィが笑う。
「何だ、あんたらラク見たの初めてかい」
「ラク……ですか」
あずきはおっかなびっくり、ラクに近寄った。
見た目は巨大なオオカミだが、そのつぶらな瞳を見る限り、草食動物に見える。
ラクの背中には、鞍の代わりなのか、厚めの絨毯が重ねて敷いてあった。
そして腰回りには何か荷物を入れた袋が左右に垂れ下がっている。
更に、首の辺りには
「乗りな」
リリィに言われて、ラクに乗ってみる。
地上二メートルの高さに腰掛けている感じだ。
眺めはいいが、ちょっと怖い。
あずきは手綱を握ってみた。
リリィはその様子を見ると、ラクに乗ったまま森の前に立った。
杖をふところから出すと、無造作に森に向ける。
「アルボル プラチェットミィビアム(木々よ、道を示せ)!」
宙に描かれた魔法陣は、あずきが見たこともない複雑なものだった。
一見して高度な魔法だと分かる。
呪文と同時にまるで生き物のように木々が動き出し、みるみるうちに幅十メートルはありそうな
あずきはあっけにとられた。
――凄い! これが本物の魔法なんだ。どれだけ頑張れば、こんな魔法が使えるようになるんだろう。……あれ? わたし、この先も魔法を学びたいと思ってる?
「さぁ行くよ。あんたの乗ってるほうのラク『ドゥエ』は、あたしの乗ってるラク『ウーノ』に勝手に付いてくるようになってる。手綱を握って振り落とされないようにしてりゃ、問題なく目的地に着けるさ」
あずきは手綱を握り締めた。
おはぎがあずきの前で、振り落とされないよう鞍にしっかり爪を立てる。
「それ!」
リリィが手綱をムチ代わりにラクに発進の合図を送ると、一気にラクが走り出す。
続いてあずきの乗ってるラクも走り出す。
思った以上にスピードが出ているようで、景色がどんどん後ろに飛んでいく。
まるでジェットコースターのように、二頭のラクは、森の中を疾走した。
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