第2話 序章・奈々とあずき 2
ここは魔法世界シャンバラ。
地球人には単純に月と呼ばれている場所だ。
十二世紀初頭。
地球で吹き荒れた魔女狩りの嵐から同胞を逃がす為、地球出身のある賢者が、月と地球とを繋いだ。
賢者は月の女王と盟約を結び、月における同胞の保護に成功したが、残念ながらゲートは数ヶ月の
その結果、移住した人々は月の種族、
そして時は流れ、十八世紀。
魔女狩りなんて言葉がすっかり忘れ去られた頃、地球、月、双方の魔法使いの末裔たちが協力して、再びゲートを開くことに成功した。
こうして六世紀ぶりに地球と月の魔法使いたちの交流が再開したのであった。
さて。
魔法はマナと呼ばれる魔素を消費することによって発現するのだが、地球には、月面にならふんだんにあるマナが乏しい為、月に比べ魔法の制御が極端に難しい。
ベテランならまだしも、
その為、目覚めたばかりの初心者魔法使いは、月の女王に謁見し、魔法使いなら誰しもが体内に持つ
これも、かの賢者と月の女王との間に結ばれた盟約の一つだ。
今回の保護対象、野咲あずきも、いずれ初心者魔法使いとして正式な手順を踏んで
魔法使いの名門、バロウズ家の血を引いているならなおさら、血の覚醒は避けられないだろう。
――なら、魔法使いの先輩として、今回はちゃんとお家に帰してあげなくっちゃね。
奈々はクスっと笑って、箒を急がせた。
◇◆◇◆◇
陽も沈み、地球明かりと星明りしか無い真っ暗な世界をひたすら飛んできた奈々は、前方にようやく家の明かりを見つけると、ホっとしたからか、箒の上で腰が砕けそうになった。
奈々は、荒れ地に一軒だけ立つ二階建てログハウスの前に着くと、つんのめるようにして箒から飛び降り、玄関ドアを激しく叩いた。
程なく、ログハウスから大人の女性と小さな女の子が出てきた。
焦げ茶色のアーミッシュ風シンプルワンピースの上に白のエプロンを付けた三十代くらいの女性と、チェック柄のブルーのワンピースを着た少女だ。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
奈々が聞いた野咲あずきの第一声が、これだった。
返事をする余裕すらなく、二人の間をヨロヨロとすり抜け暖炉の前まで行くと、奈々はそこでバタリと床に倒れ込んだ。
心臓がバクバク激しく脈を打ち、視界が定まらない。
奈々は床に四つん這いになりながら、必死に息を整えた。
視線を動かし、朦朧とする頭で腕時計を確認する。
既に夜の十時だ。
朝十時に出発して、今は夜十時。
魔法警察署のあった東京タウンからここ二番ゲートのある初心者の館まで、休憩を何度か挟みつつも、通常なら一日掛かる距離を十二時間で踏破した計算になる。
――上出来。
東京タウンを出てすぐ、奈々はブーストカードを全開にして使った。
何せこういう事情でも無ければ見ることさえ叶わない激レア品だ。
そりゃもうワクワクして使った。
箒は途端に急加速し、奈々はとんでもない速度でかっ飛んだ。
だが、喜びは一瞬で絶望に変わった。
魔力の消費量が半端無かったのだ。
速度を出せば出すほど、奈々の身体から加速度的に魔力が吸い取られていくのが分かった。
お陰で奈々はあっという間に魔力切れを起こし、箒のコントロールさえ
だがこれでブーストカードの特徴が分かった。
ブーストカードは、無条件に倍の能力が使えるようになるわけじゃない。
その分、ごっそり魔力を持っていかれる。
ただ便利なアイテムなんて無い。
何事も、都合のいい話など無いということだ。
それでも、時間制限のあるミッションである以上、奈々にブーストカードを使わないという選択肢は無かった。
奈々は、速度と魔力残量を調整し、ギリギリのラインを維持しつつブーストカードを使って急いだ。
その結果がこれだ。
無茶の代償とでも言うべきか、髪はグシャグシャ、メイクもパッサパサ、目の下には、くっきりクマが浮き出るほど消耗した。
足腰も立たないくらいヘトヘトだ。
でも仕方がない。
あずきを乗せた状態でブーストカードを使ったら、あずきがもたない。
どうあっても、自分一人でいるときに使うしかないのだ。
――使いどころを考えないと、この任務、遂行出来ないぞ。
「久しぶりね、奈々。疲れたでしょ。これでも飲んで落ち着きなさい」
二番ゲートの管理人、
奈々は荒い息をしつつ、床に這ったまま視線を上に向けた。
女性の頭の上にウサギの耳そっくりな物体が二本立っている。
これが月兎族だ。
ちなみに月兎族には、ちゃんと地球人と同じ位置に耳がある。
頭の上に立っている耳風の物体は、月に生きる彼ら特有の、魔力の受信機関なのだ。
奈々はサマンサに渡されたコップの水を、無我夢中になって飲んだ。
おかわりまで飲んで少し落ち着いた奈々は、ゆっくりと起き上がると、サマンサの隣に立つ少女を見た。
確か八歳。小学二年生と言っていた。
背中辺りまで伸びた黒いストレートロングの髪がとても綺麗だ。
奈々のくせっ毛と違って、天使の輪が浮かんでいる。
くるっくるの大きな目が興味津々といった感じで奈々を見つめていた。
「初めまして、あずきちゃん。お姉ちゃんがあずきちゃんをママのところまで連れてってあげるからね」
そう言ってニッコリ微笑んだ直後、奈々は再びその場に倒れ込み、気を失ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます