第57話 降参したけど俺の勝ち

 「『特級海獣かいじゅう海王』解放リベレーション!」


 海王は夏ガチャで手に入れたシークレットモンスターだ。

 メイが大量召喚で軍を指揮する存在。

 海王は正に海その物のような存在。


 一言で表すなら、『燃料貯蔵庫エネルギータンク』だ。

 とてもでかい、青いクジラである。

 体をぐにゃりと曲げて、フィールドに収まる。


 「な、なんだ?」


 水中に居ないと、本来の力は大きく失われる。

 だけど、今回は別に海王の本来の力は必要ない。

 エネルギータンクと表せる理由は単純、様々なエネルギーを膨大に保有しているからだ。


 「海王、接続リンク


 海王から青白い光が伸びて、俺を包み込む。

 海王と接続した俺は体力を共有する。

 この場合の体力はゲームで表すとHPだ。


 これでとにかくごり押す。

 それが元々考えていた作戦だ。

 他にも『ドッペルゲンガー』を使った撹乱作戦や肉壁作戦、様々な作戦を用意していた。


 「ん? はは。最高だね」


 虐滅刀の光はあまり失われていなかった。

 本来の力を発揮出来ない海王は弱いのか、あまり虐滅刀の性能は落ちなかった。


 怪獣対戦は俺のモンスターが敗北して、こちらに向かって来る。

 未だに二体存在するのか。


 「だけど、関係ないね」


 俺はそのまま突き進む。

 本来なら、魔力なども共有されるから、魔法を得意とする人と相性の良い海王。

 俺は魔法を持ってないので、純粋な体力しか効果がない。


 「しゃっらあ!」


 モンスターの攻撃を防ぎながらモコモコに接近していく。

 俺は止まらない。


 「来るんじゃないよ!」


 武器に魔法を纏わせて、振るって来る。

 鞭は動きを拘束して来る可能性があるので、刀で的確に弾く。

 すると、背中に強い衝撃が走る。


 そのまま壁側まで吹き飛ばされた。

 これで生きている事がとても不思議である。


 「虐滅刀のおかけで、耐久が増しているから、少しは問題ないな」


 パラメータが分からないから、HPがどれくらい減っているかは分からない。

 だけど、かなりの衝撃を受けたのに、骨には一切の問題がない。


 「まずはゴリラと虎をなんとかしないとな」


 既に一体召喚しているので、数を増やすと性能が下がる。

 俺自身がモコモコに近づけなくなってしまう。

 海王は盾役じゃないから、ヘイトを向ける事は出来ない。


 一体のモンスターを召喚するとして、誰を召喚する?

 下手なモンスターじゃ意味が無い。


 「〈敏捷強化〉〈攻撃力強化〉〈打撃強化〉〈アタックフォーメーション〉!」


 「マジかいな」


 複数のバフを与えられたゴリラと虎が一列となって、俺に向かって来る。

 流石に迫力満点だ。


 「一列なら行けるか」


 俺は集中する。


 「霧外流、蜃気楼」


 「お、おい! どうした!」


 俺はゴリラの体を駆け上がる。


 「背中だ!」


 モコモコの命令と共にゴリラの手がこちらに迫る。

 命令によって俺を認識したか。


 ⋯⋯だけど、狙いは良い。

 一列にしたのが仇となったな。


 「そらっ!」


 俺は高く跳んだ。

 同時に、ゴリラの手は俺を襲おうとしていた虎の顔をぶっ叩く。


 虎は俺をゴリラよりも早く認識して、襲いに来ていた。

 一列だったから、二人同時に騙す事が出来たけど、メインはゴリラにしていた。

 故に、少しズレていた虎は命令されずとも、俺を認識していたのだ。


 「図体が大きいと、攻撃範囲が広くて辛いよね」


 着地と同時に俺は突っ走る。

 もうモンスターとか関係ない。

 相手には使わせない。


 「ちぃ。仕方ない」


 懐からカードを取り出す。

 トラップも仕掛けられているようなので、跳躍で躱す。


 「召喚サモン!」


 「スライム! ひゃ!」


 触手のようなモノで俺は拘束された。


 同人誌を思い出してしまった⋯⋯。


 いかん。どうする?


 「流石に二級モンスターの拘束は抜けられないだろ」


 「ネバネバ嫌い⋯⋯」


 「一級モンスターの攻撃を受けて耐えられているのは、虐滅刀のおかげ? それとも、あのモンスター?」


 八つ当たりのように、海王に二体のモンスターが攻撃していた。

 苦しそうな呻き声を出しながら、攻撃を受けていた。


 「こっからはリンチだよ!」


 「ぐっ」


 鞭で打たれる。


 大丈夫。

 あと数十発は耐えられる。

 刀からは絶対に手を離すな。


 「なんでそんなに硬い? そこまでの性能なのか⋯⋯」


 「良いのかい? あのまま海王を攻撃してて」


 「確かに、特に攻撃して来ないから倒す必要は無いかもしれない。だけど、攻撃して来るかもしれないし、何よりも、今の耐久力はあのモンスターも原因だろ? 効率だよ」


 「そうかい」


 それは後悔する選択肢だぞ。

 その後、五発ほど俺は鞭で打たれた。


 強く腕を引っ張る。

 うっし、行けるな。


 「らっ!」


 「なにっ!」


 虐滅刀は弱者を守る力もあるんだよ。

 海王が攻撃される度に、性能が向上し、それは俺の身体能力にも影響する。


 「まずはお前からだ!」


 スライムは核を破壊すれば簡単に倒せるので、邪魔に成らないうちに倒させてもらう。

 今度こそ、倒す。


 後ろから迫って来るモンスターも遅い。

 魔法も今なら弾けれる。


 「来るなっ!」


 「やっと、間合いに入った」


 鞭を弾き、相手の右腕を切断する。


 「くっ」


 苦悶の声を聴きながら、俺は腰に備えていたアイテムを取り出した。

 片腕を切断させた程のダメージを与えていれば、使える筈だ。


 「発動!」


 俺とモコモコは真っ黒な空間に居る。

 同じ『感覚』を共有している。

 三枚のモンスターカードを密かに使っておく。


 「ここは⋯⋯」


 「この場所ではモンスターカードは使えない。存分にタイマンと行こうか」


 「⋯⋯⋯⋯なるほど。だけど、そうなると有利なのはこっちじゃないか?」


 「どうしてそう思う?」


 「虐滅刀の光が、落ちてるよ」


 光が先程よりも弱いから、性能が下がっている。

 正解だ。

 今の俺では、モコモコに近づけるか怪しい。


 ひたすらに自分にバフを与えて魔法を使ってくるかもしれない。

 だけど、この場は別にタイマンする為の場所じゃない。


 「ここは外と断絶されている。だからはっきりと答えてもらおう。モヤモヤを抱えたままは嫌だからさ。仕組んだんだよね? 今回の炎上」


 モコモコは少し考えた後、笑った。

 悪人顔だよ。全く。


 「ああ、そうだよ。クラメンを使って、君を炎上させようとした。中々に神経が図太いようだから、結構こちらがピンチになってるけどさ」


 「詰めが甘いんだよ。なんでこんな事、するの?」


 理由を明確にしておきたい。

 撮影権利が使えないから、この場の発言は証拠に残らない。


 「そうだね。謝罪としての誠意で、モンスターカードが欲しかったかな? 後は配信者として上って来そうだったから」


 「なんで私だけに?」


 「君みたいな、才能の無い奴が上に来るのが気に食わないんだよ。チヤホヤされて勘違いしてさ。条件を満たしてないけど、誘ってやったのに断ってさ⋯⋯」


 なんか、最後のが一番本音っぽいな。

 モンカドとか、日陰を陥れたいとか、そんなのはきっと建前だろう。

 結局こいつがやりたいのは、自分の誘いを断った腹いせだ。


 「ばっかみたい」


 私怨でクラメン使って、大勢の人を巻き込んだのかよ。

 流石に擁護出来ない程に最低だ。

 なんでこんなのが人気な配信者で、神楽のような人が上に上がれないんだよ。


 これが事務所所属の配信者って事?

 今のモコモコは独立しているらしいけどさ。

 ほんと、良く分かんない世界。


 「そんな事して、自分の名前を下げる結果になっても? 少し考えたら、こんな事しても意味ないって分かるでしょ」


 「そうかな〜? 確かに、世界は段々と日陰を擁護する流れになっている。でもね、こっちを悪にしてもさ、簡単には消えないんだよ。人を襲ったって言う事実は変わらない訳だしさ」


 頭がおかしくなりそうだ。

 なんでこんな、思いついたら即行動って奴がクラマスなんてやってんだよ。

 流石に、クラメンが可哀想だ。


 「まぁ良いけどさ。今後、貴女は配信者を続けるつもりなの?」


 「そうだね。早とちりとでも言って、長期間活動休止してからかな? さすがに炎上は避けられなさそうだしさ。でも残念、君がさっさと折れてくれたら、楽だったのにさ」


 「本当に意味が分からない。私怨で、ここまでするのかよ」


 「するさ。ムカつくんだよ。お前みたいなイキってる奴がさ! 昔から、ちょっと運が良いだけで周りからチヤホヤされるような奴がさ!」


 昔絡みか。

 と、そろそろ時間切れだ。


 俺達の視界が元に戻る。

 観客はザワザワしている。


 モコモコも違和感に気づきたいようだ。

 モコモコの召喚していたモンスターを俺が召喚したモンスターが倒している。

 さらに耳を傾けて聞こえてくる言葉。


 「まじかよ。あれ全部モコモコが裏で糸引いてたのか?」「クラメンの人使うかよ」「まじで信者だな。誰だよ」


 モコモコが青ざめる。

 さっきの会話をまるで聞いていたかのような周りの反応。


 「け、権利は使えない筈」


 「確かに、私は使えない。だけど、観客は違う。答えになってないか」


 「一体⋯⋯何を?」


 さて、ネタばらしだ。


 「さっき使ったアイテムは二人を『別の空間』に移動するモノじゃない。『感覚』を完全に断絶し、少し催眠作用を与える物だ」


 「⋯⋯まさか!」


 「そう。互いに認識出来るのは対象の存在のみ、その他は見る事も聞く事も出来ない。催眠作用により、正常な判断を鈍らせる混乱効果もあったりする」


 「まさか、まさかまさか!」


 「私の狙いは最初から、真相を黒幕から自白させる事だった。倒す事にこだわってはいない」


 ある程度のダメージを与える、と言う曖昧な条件が非常に厄介だった。


 俺はモコモコを、モコモコは俺を、互いにそれしか認識出来なくなる。

 まるで別空間にでもいるように錯覚するのだ。

 しかも、催眠のような効果もあり、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 それには気づかない。


 だから、しっかりとアイテムの内容を理解して、話したい事をきちんと心の中で復唱しておこないとダメだ。

 だいぶ高くて、ジャックと取引をした。


 別空間では無いので、喋った内容などは当然観客に聞こえる。

 観客の中には動画を撮影している人などが居るだろうから、今頃世界にモコモコの自白は晒されている頃だろう。

 混乱作用があるので、事実かは分かりにくいけどね。


 でも、事実なのだろう。

 モンスターカード、日陰の妨害を建前に、自分のプライドを傷つけ、嫌いなタイプだからこのような事をした。

 とても理解し難い理由で、今回の騒動が始まった。


 今後、モコモコが配信者や探索者を続けるかは分からない。

 神楽にも昔にやった事があるなら、化けの皮が剥がれたようなモノだ。

 もしかしたら、行き過ぎた被害者も居たかもしれない。


 何はともあれ、もう勝負を続ける必要は無いな。


 俺は降参して、自分の家に帰った。

 後の展開は、誰もが想定出来る様なモノだ。

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