第56話 有利不利とかの話じゃねぇ

 「どう!」


 モコモコの叫び声が薄らと聞こえる。


 「なんっ!」


 次には驚愕の声だ。


 「こっちはモンスターを使わないとは、一言も言ってない」


 俺が召喚したモンスターは三級の『スイカスライム』であり、夏ガチャで手に入れたモンスターだ。

 図体が大きく、中に何かを入れて守る事が出来る。

 今回は俺だ。


 柔らかいボディで打撃系の攻撃を受け流しながら受け止める事が可能。

 しかし、スイカ割りをイメージされているだろう、このスライムは強い衝撃を受けると⋯⋯破裂する。


 パンっと言う爽快な音と共に、俺を囲んでいたスライムの体が爆ぜる。

 当時に攻撃した大きな熊は失明する。


 再使用時間に6時間必要なモンスターだが、数はかなりある。

 そもそも、これが正しい使い方で、扱いの難しいモンスターだ。


 「先に倒させて貰うよ! 逆鱗!」


 虐滅刀が神々しい蒼色の光を強く放つ。

 高速の連撃を熊の背中に回り込んで、叩き込む。


 殆ど虐滅刀で相手のライフを削り取り、撃破した。


 着地したらすぐにモコモコに接近する。

 立ち止まっていても、モンスターに囲まれるだけだ。

 鷹のモンスターはあと少しで倒せる。


 残りの二体はまだ、ピンピンしているだろう。


 「く、来るな!」


 「鞭だけじゃ、届かない!」


 相手の攻撃を受け流しながら接近する。


 モコモコの戦闘スタイルは色々な動画を見て研究している。

 大人気な配信者のおかげで、情報はたくさんネットに転がっていた。


 対して俺はどうだろうか?

 ほとんどがモンスターの実況なために、俺自身の強さはあまり広まってない。

 結局はレベルの差でボコボコに負ける可能性はあったけどね。


 モコモコやこの場にいる人達にとっても、俺が虐滅刀を使う事は想定外イレギュラーだろう。

 俺だってそうだ。


 何が言いたいかと言うと、対策の差が違うんだよ。


 「モンスターカードが欲しかったのか、配信者日陰が自分を抜かすのが嫌だったのか、大人気の自分の誘いを断った腹いせか」


 俺がなぜ、狙われたかは少ししか分からない。

 でも、確定的な部分は本人しか分からない。


 「私怨で私を襲うのは、百歩譲って許せるよ。だけどな、私怨でクラメンや関係ない人達を巻き込むのは、違うだろ!」


 虐滅刀を振り上げ、モコモコを攻撃した。

 彼女は土魔法で壁を形成し防ぎ、同時に風魔法で竜巻を俺の下から放った。


 「らっ!」


 竜巻のベクトルの真逆の回転で消滅させる。


 「大人気の貴女だから、予想出来た筈だ。なんで、他者を巻き込む」


 「前提がおかしいな? 探索中のメンバーを襲ったと言う前提がね!」


 「まだ、突き通すか」


 追いかけたいけど、モコモコがまだモンスターカードを使ってない。

 一級が四枚しか、クランでは持ってないのは分かる。

 もしかしたら五枚以上持っているかもしれない。


 一級じゃなくても、二級や三級はあるだろう。

 なのになぜ使わない?


 と、考えている暇は無いか。

 身体能力が上がっても、耐久力はそこまで上がってない。

 下手に攻撃を受ける訳にはいかない。


 「まずは、お前から!」


 瀕死の鷹にトドメを刺す。

 残りのモンスターは巨大なゴリラと、虎だ。


 「怪獣対戦と行こうか」


 俺は二枚のカードを取り出す。

 ノーマルガチャで手に入った一級モンスターカードだ。


 「召喚サモン


 一体は巨大なダチョウ、もう一体は大きな蜘蛛だ。

 迫力満点の怪獣対戦は俺達の方が不利だ。

 なぜなら、相手にはバフがあるから。


 「早期決着と行こうか」


 俺はモコモコに詰め寄る。

 間合いに入れないと、攻撃が当たらない。

 モンスターに警戒しつつ、接近する。


 「ふん。甘いんだよ」


 「え?」


 相手の薄笑いと共に、俺の足元が光る。


 「これは⋯⋯まさかっ!」


 「そのまさかさ! 〈罠魔法トラップマジック〉金縛り」


 地面から鎖が伸びて俺の体を拘束する。

 う、動かない。


 「トラップの警戒はPvPの基本だよ。アイテムでもなんでも、トラップはバトル中に仕掛けられる。それを突破する方法もある。本当に良く、引っかかるね」


 ちくしょう。

 トラップの仕掛けられた場所は少しだけ地面の色が変わっている。

 足元が見にくくて、気づけなかった。


 地面に意識を向けていなかった。

 ちくしょう、サラシくらい巻かせてくれよ!

 この強調的な部分を凹まさせてくれ!


 「手が動かせなかったら、モンスターを呼び出す時間もないね。さぁ、終わりだよ!」


 「どんなプレイだよ」


 鞭が無慈悲にも振るわれる。


 つーか、何か勘違いしてないか?

 確かに俺は動けないよ。

 だけどな、それは足や腕だ。


 手は全然動く。

 スマホは操作出来ないけどな。


 だけど、刀を持っている手が動かせるなら、問題は無い。

 数が同等に成ったから、虐滅刀の効果は下がっていた。

 しかし、身動き出来ないところに攻撃するモコモコ。

 それが再び、虐滅刀の効果を跳ね上げる。


 「舐めるなああああああ!」


 俺は手先だけで虐滅刀を操り、相手の鞭を弾き返した。

 舐めプでスキルを使わなかったから、モコモコが悪い。


 「なんっ!」


 「手だけでも動けば、武器は振るえるんだよ!」


 右手の鎖をそのまま切り裂き、体を縛っている鎖も斬り離す。

 少し焦ったが、冷静になれば対処は可能だ。

 手が使える事に気づかけてくれてありがとうよ。


 「だ、だけど! 張り巡らせたトラップにどう対応する! トラップハンター!」


 「その名前で言うな!」


 本当に止めて!


 後ろから強い衝撃波が飛んで来る。

 あっちもそろそろ負けそうだな。


 「私対策に急いで手に入れたスキルでしょ? レベルが低くて、簡単に見破れる!」


 もう、踏まない。

 見えているなら、俺は踏まないぞ。


 モコモコにトラップを避けながら接近する。


 「すげぇ! あの日陰が回避している!」「メイド使わずに回避するのって、初めてじゃね?」「成長してるなぁ」


 観客に腹が立つ。


 「地面だけにトラップがあると思わない事ね」


 「⋯⋯っ!」


 あと少しでモコモコを間合いに入れられる⋯⋯その時に俺は極限に集中力が高まった。

 無意識に集中した。

 目の前にある、細くも丈夫そうな鋼色の糸に。


 ワイヤートラップ。


 俺は瞬時に屈んだ。


 「何っ!」


 「生存本能って奴かね」


 この一撃で決める。

 最大限、集中力を上げろ。

 見える。『道』が。


 モコモコ以外を認識出来なく成程に集中力を高めて、一点に集中する。

 それによって、相手の小さな動作や鼓動一つ一つから情報を分析し、脳内で処理される。

 導き出された結果の中で、一番の最適解が『道』となって見える。


 高度な技術に聞こえるが、慣れたらこれは感覚で出来る。

 むしろ、あれこれ考えながらでは出来ない。


 「陰式二刀流、影爪!」


 「アイスストーム!」


 「くっ!」


 道が途絶え、俺は吹き飛ばされた。


 「〈複合魔法〉これが上級探索者の戦い方だよ」


 体が冷えて少しだけ動きが鈍っているのか。

 手がかじかむ。


 「土魔法、風魔法、氷魔法、支援魔法、鞭での攻撃⋯⋯そしてモンスター。色々出来すぎだろ」


 こちとら、刀かモンスターしかないってのに。

 リイアは超火力の刀のみ、神楽も同様で精霊魔法の超高火力。

 極端な二人しか近くで見ていなかったが、これが上級者か。


 一人で色々な事が出来る。

 だけど、決して器用貧乏には成らない。


 ジャックは複数の武術を我流として混在させている。

 彼の場合は探索者としても武者としても優秀だ。


 モコモコは純粋に探索者、そしてリーダーとして優秀だ。

 支援や魔法、中距離から近距離も賄える鞭。

 一人で全てを行えているようで、サポート向き。


 「単騎だけでも、ここまで苦戦するか」


 純粋なPvPの経験が相手の方が上。

 リアルでの技術なら勝てるかもしれないが、ここはデータだ。

 スキルやレベル次第でそれは大きく覆る。


 自分有利じゃないフィールドだと、俺はここまで無力か。


 「なぜ笑う?」


 「いや。自分有利じゃないとか、思ってバカバカしくてね」


 俺が不利な環境じゃない。

 俺が活かしきれてないだけだ。


 自分の身体能力が落ちると、すぐに殺られてしまうと怖気付いて、虐滅刀の性能に頼っていた。

 だから、モンスターも全然使わずにいた。


 「違うよな。そうじゃないよな」


 愛梨が俺に虐滅刀を預けてくれたのは、勝たせるためじゃない。

 あくまで保険だ。


 俺は言った。

 「信じて」と。

 アイツなら、俺が勝つ事を信じている。

 その上で虐滅刀を預けてくれたんだ。


 「履き違えるなよ。日陰。ここは不利な場所じゃない」


 メイを使った全力ポイント集めの成果、ここで見せる時!

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