第38話 ギルマスとの同盟

 さーて、今日は何をしようかな。


 「日向くん。暇なら一緒に遊びに行かない?」


 「なぁ、せめて部屋に入るならノックはしようぜ?」


 幼馴染でも常識は守ろうぜ。

 親しい仲にも礼儀ありって言うだろ。

 まぁ、良いけどさ。


 今はただ、リイアが歌っている曲を流そうとしていただけだし。


 「遊ぶって言っても、ダンジョンくらいしか頭に浮かばないな。レベルも30超えたし⋯⋯そろそろリベンジに行くかな」


 「ダンジョンは遊び場じゃないでしょ。でも、確かにデータ世界で遊ぶのは良いかもね」


 「いやじゃ」


 俺は姿を隠さないといけない。わざわざ装備でだぞ?

 そんなの嫌に決まっている。


 何より、遊ぶのになぜ、性別やらなんやらを変わった状態でしないといけない。


 そんな事を考えていると、スマホが鳴る。


 「そういや、少しスキル増えてたな」


 全く関係ない事を思い出しながら呟き、内容を確認する。

 あの、俺を仮説で叩きのめしてくれたギルマスじゃないか。


 「呼び出しか」


 「え、日向くん。クランとか入ってた?」


 「いーや。独りソロだぞ。またはボッチ」


 「私が居るよ?」


 「要らん」


 とりま暇なのでギルドに向かうか。

 来ました。


 中に入ると、西野さんが近くに立っていたので、そのまま案内される。

 前回と同じ場所か。


 「隣を歩いていた女性は彼女さんですか?」


 「違いますよ?」


 「そうですか。⋯⋯とてもお似合いだと思いますけどね」


 「どこかですか。茶化すならもっと他の事を言ってください」


 「事実ですよ。彼女の前では、霧外さん、結構気が緩んでます」


 何の冗談だ?

 俺は別にいつもと変わらんぞ?


 「自覚なしですか。最低ですね」


 「よく言われる」


 部屋に入り、ソファーに座る。


 「久しぶりだね」


 「そうですね」


 なんかこの人とはあまり会いたくないんだよな。

 具体的に何かとか言えないけど、いやな感じって言うか気配がする。


 「これは確信して言う事だ」


 「はい」


 「霧外少年。君は日陰だね」


 「最近配信スタイルが変わったって、クラスで賑わってましたよ。どうしてそう思ったかは前回の仮説とやらで良いと思います。ですが、全くの検討ハズレとは言っておきましょう」


 ギルマスがソファーに深く腰を下げる。


 「ま、認めるとは思ってなかったよ」


 不思議だな。なんでこの人からは⋯⋯全く冗談さが感じないんだろう。

 本気で俺の事を『日陰』と言う配信者と思っているんだ?

 自分の建てた仮説がそんなに自信あるのかね?


 だが、俺がイエスと口にしない限り、確定では無い。

 だから無駄な時間だ。


 「そうだね。言うよりもこれを見た方が良いかもしれない」


 出されたスマホには一つだけスキルがあった。

 鑑定スキルだ。

 このレベルは、相手のステータスを覗けるレベル。


 改造で偽れるのは自分よりも下のレベルだけ⋯⋯つまり、このスキルは事実だ。

 或いはこれ以上。

 どっちにしろ、相手のステータスを覗ける。


 「⋯⋯ッ! もしかして、これは前から」


 「ああ。見させて貰ったよ。しっかりと、日陰と言うユーザーネームをね」


 「アンタ、俺を騙したのか?」


 「素直に信じるとは思ってなかったよ」


 くっそ。

 いやまだだ。


 「俺はただ、日陰さんの名前を使ってるだけだ。似てるからな、名前が」


 「⋯⋯君は、推しが親しくしている相手の名前をそんな軽率な理由で使うのかね?」


 「⋯⋯ッ! お、⋯⋯それはずるいだろ」


 リイアたんを盾に使うとか最低な野郎だ。


 「前回、君はリイアを使って自分の無実を証明しようとしたよね?」


 俺はクズの最低だったわ。死んでも仕方ない。

 そうだな。

 グッズに囲まれて、嬉しそうに気持ち悪い笑みを浮かべている俺。

 リイアオタクと言う盾を使っているんだ。

 リイアたんを利用してしまったのは間違いない。


 「⋯⋯逃げ道はないのか」


 「呟いた時点で無いね。どうする、認める?」


 「何が目的だ?」


 金か? それともモンカドか?

 どっちもやれるぞ。あーでも、金は待って欲しい。

 愛梨に推し活で豪遊したら、ぶちギレられた。

 もうすぐで晩御飯が抜きになるところだったんだ。


 当分は慎ましやかに生きないといけない約束をした。

 だから、なるべく使いたくはないぞ。


 「君の名前が欲しい」


 「は?」


 訳が分からないよ。


 「俺はね、探索者としての才能がなかったんだ。モンスターに倒せれた時の感覚、恐怖、それらを全て今でも思い出す。安定した職に就きたくて、今はこうなっているんだ。嫁や子供を守らないといけない。金が必要なんだ」


 「なら、金を要求するのが当たり前じゃないか?」


 分かって来たぞ。

 ネットで出ているオークションの一級は日陰出したと言われている理由。

 ただ、日陰が複数枚のカードを持っていからと言う世間の認識だけじゃなかったんだ。

 この人が、そう操作しているんだ。


 俺を利用したいから、そうしているんだ。

 なんとなく分かった気がする。


 「確かにそうかもしれない。だけど、そんな金で養っても、気持ちは晴れないんだ。自分の力で守りたいんだよ」


 西野さんの顔が歪んだ気がした。

 今は別に気にする事ではないか。


 「それで、どうして名前を?」


 「俺がギルマスで居られるのは、西野の力が大きい。西野が俺の部下でいてくれるから、この立場が継続出来ている」


 「そうなんですか?」


 「ああ。彼女は強いからね」


 盾⋯⋯理解したわ。

 あれだろ?

 西野さんだけだと不安だから、『日陰』と言うモンスターカード製造機の盾が欲しいんだろ?

 強靭な盾ならいくらでも欲しいわな。


 「日陰がこのギルドに入って、名前を貸して欲しい。俺はこの立場から降ろされたくない。その代わり、全力で君の存在を隠して、日陰と言う存在が現実に居るとさせる」


 ⋯⋯はは。

 それは魅力的な提案で。


 この人なら、確かにそれが可能かもしれない。

 実際、自力で俺の存在に気づいたんだから。

 でもさ、鑑定で騙されたからね。信用は出来ん。


 「何よりも⋯⋯どうしてそこまで警戒している?」


 「ギルドは支部ごとの成績が存在する。その競争があるんだ。クランはクラン同士で争うように、ギルドもギルド同士で争っているんだ」


 「国営ですよね?」


 「ああ。実は俺の支部はあまり人が所属していない」


 「それまたなんで?」


 「リイアの存在だ。彼女がすぐに登録解除したおかげで、無能とか言われてる。だから人が増えないんだ。いずれ、他の支部の部下にこの座を奪われる可能性はある。本部からも、成績などで降ろされる可能性だってある」


 「リイアを、恨んでますか?」


 「いーや。実力の高い探索者が居る事は良い事だ。俺自身、探索者には憧れている。トラウマは克服出来る自信はないけどね」


 嘘では無さそうだ。


 ギルド同士の争い⋯⋯支部長と言う椅子も容易には座れないのか。

 俺には分からない。つーか、関わりたくない。


 「俺を守ってくれる替わりに、俺も貴方を守る。⋯⋯それをどう信じろと?」


 「これです」


 出されたのは『悪魔の契約書』と言う変な名前の紙である。


 「アイテム⋯⋯ですか?」


 「そうです。これは契約に代償を用意します。契約を破った場合、その代償を受ける。それに制限は存在しない」


 「ほう」


 へ〜。


 「この場での事は他言無用、君が今後ともオークションを利用するなら、日陰が出した事にして、日陰と言う存在をアピールし、霧外と言う少年をひた隠す。本部にも、日本にも、外国にも、この場に居る人を除いた全ての人間を対象にだ」


 「逆に俺は日陰と言うモンスターカード製造機、世界から狙われる分不相応な名前を貴方の盾にする。このギルドに登録し、それが貴方の実力となれば、簡単には降ろされない」


 世界から狙われる、か。

 ただのデブスの俺が⋯⋯いや、日陰が。

 そんな大層な存在じゃないってのに。


 ギルマスの語る言葉が全部、嘘じゃない。

 目を見れば分かる。


 「契約内容と代償は?」


 「内容は互いに秘密を秘匿し護る事。代償は俺の命。秘密を知っているのはこの場の三名。それは事実だ」


 「その内容は、貴方が故意にバラした時に、代償は与えられるの?」


 「ああ」


 「そっか」


 俺も代償が必要なんだろう。

 だけど、その前に少し条件を変えよう。


 「貴方の命を賭けるのは不安です。だから、貴方の奥さんとお子さん、その命にしましょう」


 「⋯⋯ッ!」


 家族を大切にしている事は十分伝わった。

 だからこそ、本人の命ではなく、大切な人の命の方が重みがある。


 「それは⋯⋯」


 「俺は貴方を信用していない。信用出来るかも分からない。だから、契約するんですよね?」


 西野さんが机を叩く。手の下には契約書がある。


 「私の命も捧げます。どうですか?」


 「その必要は⋯⋯」


 ほほん。

 西野さん⋯⋯貴女の気持ちは十分に分かったけど、既婚者相手だからな〜。

 ギルマス、罪な男。


 つーか、これで分かった。

 西野さんの覚悟ってのがね。


 二人ともちゃんと約束を守ってくれそうだ。

 なら、後は俺だな。


 「代償はこうしましょう。破った場合、その人は翌日、六回、どこかの角に足の小指をぶつける」


 「「え?」」


 「そもそも。命とか賭けたくないです。死なれたら目覚め悪いですし、妥当でしょ?」


 俺がそう言うと、二人とも笑いだした。

 安心したかのような、清々しい顔だ。


 もう秘密バレてるし、隠しても無駄だと思う。

 だから、仲間となって、守って貰おう。


 現実さえ守れば、俺に危害を与える存在はしない。

 注意するべきは日陰だ。


 「今後ともよろしくお願いしますね。ギルマスさん、西野さん」


 「ああ、こちらこそ」


 「ええ」


 ここに、日陰盾秘匿同盟が結ばれた。

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