第37話 埼玉茜と言う人

 「やっ!」


 「ふっ!」


 互いに剣術をぶつけて腕を伸ばす。

 そのようなやり方をここでは行っている。


 「日向、お前段々とその体に慣れ始めたな」


 「結構やってるからな」


 「日向くんに勝つのが難しくなってるよ⋯⋯」


 「さっきのはかなり惜しかった」


 愛梨は昔の俺と戦っている様な動きをするので、対応しきれてない様子だ。

 対応されたら、俺があっさり負ける日々になるのかもしれない。


 新たに教わった技もあるし、今後に生かしたいところだ。


 「⋯⋯どうしたん?」


 「あ、いや」


 愛梨が自分の体を嗅いで、何かをプッシュし始めた。


 お、この鼻を強烈に攻撃して来る臭い。

 俺はあまり好きじゃない。汗の臭いの方がマシとも思える程に苦手だ。


 汗の臭いを気にしているのか。

 昔はそんな事なかったのに、愛梨もJKって事か。

 女の子だもんね。


 俺には分からないや。

 とりま、何も気づいてないフリでもしておこう。


 「にしても、二人でこの道場や流派を継いでくれるなら、安心だな」


 「そうね。愛梨ちゃんなら安心だもの。既に家族のような関係だし」


 父と母がそう言う。


 「俺は分かるけど、なんで愛梨? 確かに結構一緒にいるけど、実際の家族って訳でもないし⋯⋯」


 確かに同じ流派の剣術だけど、継ぐのは俺だけだと思う。

 俺に嫁さんが出来るかも不明だしな。はは。


 「えっと、何?」


 愛梨から砂漠でも凍らせるのかと思われるほどの冷徹な目を向けられた。

 父と母からは、愛梨よりかは少し柔らかいだけの目線を向けられる。


 なんだろう。すごく心が竦む。

 俺なにか悪い事言ったかな? 間違った事言った?

 きまづいな。


 「たのもー!」


 そんな空気から助けてくれた天使は、ツインテールの中学生くらいの女子だった。

 気配的に俺達はすぐに分かる。


 「「ストーカーだ」」


 俺と愛梨は見事にハモった。


 「誰がストーカーじゃい! 調査と言いなさいな!」


 人に指を向けるな! あと、なんで俺だけを睨む。


 次に愛梨を睨む。なんだこの子。


 「お前が日陰だな! ウチと勝負しろ!」


 「いや、違うよ? 全然違う。なんでそう思ったの?」


 愛梨が全力否定して、次に質問を返す。


 「剣術が同じ、そして女!」


 そんなクソ曖昧な理由で愛梨を日陰と決めつけたようだ。

 つーか、この子誰よ。

 隠し子?


 「茜、急に来てどうした?」


 父がそう言う。

 隠し子、なのか。


 「剣道の生徒よ」


 母が俺の間違いすぎた勘違いを正してくれた。


 「うーん。確かに、日陰の方がキレが良かった気がする」


 「あ、そう」


 愛梨がちょっと拗ねてキレた。


 「と、自己紹介が遅れた。ウチは埼玉茜さいたまあかねよ。よろしく」


 「よろしく。私は白金愛梨」


 「俺は⋯⋯」


 「アンタに興味は無い!」


 なんでだよ!

 一応、ここの一番弟子だよ?

 酷くね?


 「貴方の剣術は下手くそだ。才能が無いと思う。今すぐ辞めたら?」


 うぜー。


 つーか、なんで愛梨と父の方が俺よりも静かに怒ってるのよ。

 彼女の言っている事結構正しいぞ?

 だって俺、まだ完璧にこの体で霧外流が出来る訳じゃないもん。


 「⋯⋯日陰は居ないの先生?」


 「そんな生徒は居ないな」


 「あれは剣術⋯⋯この二人以外に誰に教えている。特に女!」


 口悪いな。


 「この二人だけだ。愛梨ちゃんと、息子の二人」


 「こので⋯⋯ふくよかな男の人が先生の息子?」


 めっちゃ疑いの目を向けて来ますやん。

 でも言い直したのは偉いぞ!

 デブって言ってくれても平気だから、俺はね。


 「ふ、冗談ね」


 冗談じゃない!


 「全然似てないわ」


 痩せたらめっちゃ似てるから! 良く、母似って言われるから!


 「そう。日陰はここだと思ったんだけど⋯⋯それより先生!」


 「どうした?」


 「ウチにも剣術をご指導ください!」


 「断る」


 「そこをどうにか!」


 頭を下げる埼玉、母の方にも目を向けている。

 二人でここはやってるからね。


 だけど、二人とも断っている。


 「どうしてそこまで剣術を教わりたいの?」


 気になるので質問する。

 キッ、と「お前は邪魔だ」と物語る目線を向けてから語り出す。


 「ウチは強くなりたい。誰にも負けない程に。剣道じゃダメなんだ」


 「⋯⋯剣は暴力のために身につけるモノじゃない」


 愛梨が否定した。俺に否定する資格は無い。

 後継者として情けない限りだ。


 「別に攻めたい訳じゃない。守りたいんです」


 「守りたい?」


 「はい。ウチの学校で最近、ダンジョンがブームなんですよ」


 今時、どこの中学も同じだと思うぞ?

 俺の時も結構話題になっていた。

 誰がどこを攻略したとか、レベルとかスキルとか、色々な自慢話。


 小学の時はまだ、その兆しだけだった。


 「それで、レベルが高いから自分の方が格上だから、敬えと。そんな人達が居るんです。そんな人たちがいつ、リアルで危害を加えてくるか分からない。その時、友達を守れる力が欲しいんです!」


 埼玉の考えを理解した父は頷いている。

 嘘とは俺も思わない。


 技術があれば、平等条件に持ち込めば、大抵は勝てるだろう。

 俺が芹沢達にしたように、自分の方が有利な立場となるようにする。


 「お願いします。他者に危害を加える事は無いと誓います。ですので、頼みます、ウチに、ウチに霧外流を教えてください」


 「ふむ。本来家系にしか伝えない技術だ」


 「そこの白金さんは家系じゃないですよね? 血縁に思えないです。その人も」


 俺はその人なんか。

 ま、確かに名前は教えてないけどさ。つーか、遮られたけどさ!


 「⋯⋯良し、ならばこうしよう」


 愛梨を持ち出されたら反論出来ない。

 事実だし。


 「教える条件として我が息子、日向と模擬戦で闘うんだ」


 「え、俺?」


 「頑張って日向くん!」


 「愛梨?」


 「模擬戦でも相手は真剣、その気持ちをきちんと考えた上で行動しなさい、日向」


 「母さん!」


 貴女は止めないとダメでしょ。

 なにこれ、俺がやる流れなの?

 なんでさ!


 あぁ一番俺が舐められているからか。理解理解。

 ちくしょうめ。

 良いだろ、全力出さないで勝ってやる。


 「日向は木刀のみ、茜は殴りや蹴り、自由だ」


 「不平等!」


 「平等だ!」


 どこかだ!


 「ふん。貴方のようなノロマに負けるウチではない!」


 はぁ。まぁ良いか。

 少しだけコイツの態度に腹が立つし。


 「いっちょ揉んでやるよ」


 「変態!」

 「日向くん⋯⋯」

 「「日向⋯⋯」」


 「ちゃうわい!」


 あらぬ誤解を招きそうだったわ。

 ただのイキリ構文なり。


 俺と埼玉が対面に立つ。

 剣術のど素人相手か。

 剣道で来るのかな?


 「それでは、始め!」


 「行きます!」


 いきなり頭を狙って来るか。だけど、剣道の癖が出てるな。

 それだったら普通に横移動すれば避けれる。


 「ちぃ」


 「つーか、なんで前はストーキングして来たの?」


 「違う! あれは調査だ! 日陰の正体を探る!」


 「どうして愛梨だと思った?」


 「同じ剣術だったからだ! 動きは先生に一度見せてもらったから覚えている!」


 なるほどね。

 『一度』見たから覚えているんだ。

 しかも、日陰と重ねて見れる程、鮮明に。


 「さっきから、攻撃を、避けて、ばっかりだな!」


 「別に逐一反撃する必要は無いからね。疲れきった所をたったの一撃、決めるだけで良い。そう考えると、無駄な動きは最小限に抑えて、その一撃のために体力は温存しておくべきだ」


 「その慢心、打ち砕いてやるぅ!」


 「諦めろ」


 剣だけでは勝てないと思ったのか、剣で攻撃して動きを誘導し、蹴りを放って来る。

 その一連の流れが分かりやすい。


 この時点で埼玉の負けだ。

 彼女はその事に気づかない。

 同等の条件で戦わずに勝っても意味は無い。


 『勝利』と言う二文字に固執してしまった時点で、埼玉は負けだ。

 最終判断は当主である父なんだけどさ。


 「やああああ!」


 「喉を狙ってくるか」


 それでも俺は避ける。


 「ノロマに追いつけないお前はなんだ? 亀か?」


 「うるさい!」


 「守りたいんだろ? 強くなりたいんだろ? 散々に下に見てた発言をした相手に、一撃も与えられないのか?」


 少し言い過ぎたかな?

 ガムシャラに特攻しても意味ないってのは、わかってくれたかな?


 埼玉が構えを取り、全く動かなくなる。


 「そう」


 埼玉がいくら攻撃しても俺には当たらない。そして、体力的な差で俺は確実に勝てる。

 その場合どうするか?


 カウンターだ。

 肉を斬らせ骨を断つ。

 攻撃と言う最大のチャンスで反撃するしか、埼玉に勝ち目は無い。


 「行くぞ!」


 俺は片手で木刀を振り下ろした。


 「⋯⋯ッ!」


 埼玉はカウンターをしようと考えただろう。

 だが、俺がそれを許さない程の速度で振り下ろす。

 受け流しもさせない。出来るかも不明だけど。


 チャンスを与えた上で、その唯一の攻撃すら封じる。

 完璧な勝利を俺は手にする。


 「くっ。お、重い」


 「これが重量級の戦い方だ」


 父が手を叩いた。


 「そこまでだ。日向の勝ちだな」


 「埼玉さん、中々に良かったぞ」


 「カウンターをほのめかして、誘っておいて、それすら潰す。自らの立場を見せつけたつもりですか?」


 「どうだろうね?」


 「⋯⋯もしかして、貴方が日陰さん?」


 「頭大丈夫か? 俺、そんなに強く打ったかな?」


 大正解、とは言わないぜ。

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