第4話 会社にて英断する

 お昼が終わると顎田あごた主任に小言を言われます。


「おいおい。いい加減にしろよぉ? 仕事ができない人間ってのはな。キッチリ時間どおりに休んでる場合じゃねぇんだよ。5分でも早くデスクについて作業してくれないとなぁ。そりゃあ、単なる穀潰しになっちまうよなぁ!」


 いつもは気になる嫌味でも、今日はユラちゃんがいるから気になりません。


「ああ、そうだ 治織じおりよ。この前のプログラムは、またバグが見つかったからな。今日はお前の残業が確定だぞ。グハハ」


 ああ、またこのパターンだ。

 メインプログラムは主任だからな。

 この人のせいでバグになるんだ。

 いつもそう。私の仕事はこの人の尻拭いなんだよな。やれやれだ。


「あーーあ。バグ修正がもっと早かったらな。こっちは残業なんてないからな。残業なんてものはな。会社の電気代を使うんだ。だから、サッと済ましてもらわないと会社にとっては不利益なんだよなぁあ!」


 今日は珍しく、会話をしてみようと思う。きっと、ユラちゃんがいるから心が元気なんだと思います。


「しかし主任。バグが無ければ修正なんて必要ないですよ?」


「おいおい。俺に口答えするのか!? 無能の癖に。なんなら今すぐクビにしてやってもいいんだぞぉ? んん? クビにされたいのか?」


「そんな権限は主任のあなたにないでしょう?」


「なにぃ!? 貴様ぁ、誰に向かってそんな口を叩くんだ! カスの癖にぃ!」


「そんな話ではありません。私を解雇にする権限は主任に無いと言ったまでです」


「クソがぁ! 無能の癖にぃ!」


「無能は関係ありません。あなたが私を解雇にできるかどうかのお話です」


「ふ、ふざけるなよ! なら、貴様の希望を叶えてやろうじゃないか! もう謝っても遅いからな!!」


 そう言って出て行きます。

 やれやれ、そんなことより仕事をやらないといけないのに困った人です。主任が作ったシステムエラーの修正が山のようにあるのですから。


「グハハ!  治織じおり! 終わったな! お前を解雇にできるお方を連れてきたぞ!!」


 横のいるのは阿久津社長。

 ヒョロヒョロの体で、魔女のようにとんがった鼻の持ち主です。

 自慢の髭をビヨーンと伸ばして言いました。


「どうしたんざんす? 私に相談したいこととはなんざんすか?」


「はい。こいつが会社を辞めたいと言い出しましてね」


 はいい?

 から、にすり替わってるし。


「私はそんなこと言ってませんが?」


「グハハ! おいおい、自分に都合が悪くなったからって話をすり替えるなよな!」


 いやいや、それはそっちじゃないですか。


「あーたは会社を辞めたいんざんすか?」


「あ、いや……」


 話をすり替えているは主任だけれども、辞めたいのは事実だな……。


「あーたみたいな無能を雇ってくれる会社がどこにあるんざんすか? 辞めるなら勝手に辞めてもらっても結構ざんすけどね。フフフ」

「ギャハハ!  治織じおり、完全に終わったな! おい、土下座して謝んねぇと本当に終わるぞ?」


 随分な言われようだなぁ……。

 やれやれ。そこまで言うなら、


「わかりました」


「「 へ!? 」」


「どうやら私は随分とご迷惑をかけていたみたいですね。なので、今すぐにでも辞めようと思います」


「は!? ちょっと待つざんす!」

「そ、そうだぞ 治織じおり! バカな行動はよせ!」


「いえいえ。本気です」


 ここで謝って会社にくっつくのもな。

 あんまり迷惑かけるのは悪いし。


「お待ちなさい! 今なら減給だけで許してあげるざんす」

「おおお! 流石は阿久津社長だ! なんと寛大な! おいクソカス 治織じおり! 阿久津社長の広い心に飛び込んでしまえ。お前はどうしようないゴミクズなんだ、寄生虫のように会社の甘い汁を吸っていればいいんだよ」


 苦い汁しか飲まされてませんが?


「いえいえ。お気遣いなく。私のような人間は、一度会社を辞めて世間の辛い風に当たった方が良いと思うのです」


「小娘が生意気に。意見を言うんじゃありません! 私の所で馬車馬のように働けばいいんざんす! あーたのような情弱は世間に騙されて無一文にされますよ? 借金苦で自殺するかもしれないざんすよ!?」

「そうだぞ 治織じおり! 貴様のようなバカは、詐欺師に騙されて終わるだけだぞ! 阿久津社長の優しさに甘えろ。な? 悪いことは言わん。今なら土下座と減給だけで許してくれるさ。さぁ、頭を下げろ! それがお前の為なんだ!」


「いえいえ。本当にお気遣いなく。一度、世間に出て揉まれてみようと思います」


「なんて聞き分けのない! 子供ざんすか! 子供は大人の言うことを聞いていればいいんざんす!」

「そうだぞ 治織じおり。お前は見た目は子供だが、中身は大人だろう。今ならまだ間に合うさ。さぁ、土下座しろ」


 はぁ〜〜。

 なんだかため息しか出ませんね。


「私は子供ではありません。もう責任の取れる大人です」


「ふ、ふざけるんじゃないざます! 辞めるな、と言ってるのがわからないざんすか!? 察しろざんす!」

「そうだぞ 治織じおり! 子供か!!」


 ですから、


「もう大人ですって。自己責任で辞めますのでよろしくお願いします」


「ふ、ふざけるな! ざんす! 貴様の空いた仕事は誰がやるざんすか!?」

「そうだぞ 治織じおり! 貴様が辞めれば我々が定時で帰れんではないか!」


「そう言われましても。辞めろと言ったのは顎田主任ではありませんか」


「お、俺のせいにすんな! 貴様が勝手に辞めると言い出したんだろうがぁ!!」


 ああ、これは完全に会話にならない。


「わかりました。全責任は私にありますしね。私の責任で辞めますから」


「バ、バカざんす! 辞めるなんてバカがやることざんす!」

「そうだぞ! 無能の癖に! 辞めるなんてバカだ!!」


「ええ。もうなんとでも言ってください」


 阿久津社長はプルプルと震えた。

 そしてニヤリと笑う。


「こ、これは会社の大損害ざんす! 自己都合でいきなり辞めるなんて大損害ざんす! 責任を負うのなら損害の分は退職金で賄うざんすからして、あーたには一切のお金が残らないざんす!! 加えて今月分の給料も損害賠償金として会社がいただくざんす!」

「ギャハハーー!  治織じおり終わったなーー。もう完全に終了♪ 今さら土下座しても遅いぞ。ギャハハーー!」


 はぁ〜〜。

 退職金を払わないとかどの口が言ってんだろ? そんなの労働基準局が黙ってないのにさ。サービス残業の分だって、局を通じれば申請できるだろうし。いくらでもお金を貰う方法はあるんだけどな。

 でも、もう面倒くさい。こんな人たちと縁が切れるなら辞めた方がいいや。


「わかりました。それも私の責任ですね! 甘んじて受けましょう」


「強がり言ってるざんす! ギャハハーー!!」

「ヒィーー! ウケるぅ!! 金が無くて困っちゃうよぉ? ご飯が食べれなくなるよぉ? 自殺しちゃうよぉ? ギャハハーー!」


「では、総務課に退職手続きをしてきますね!」


「もう一度雇ってくださいと言われても絶対に雇わないざんすよ? ククク!」

「おい 治織じおり。引くに引けなくなってんじゃねぇのか? ギャハハハ! 終わったなーー! 人生終了だぁ!! ギャハハハ!!」



 私は手続きを済ました。


 やった!

 会社辞めた!

 すごくスッキリした!


 社長と主任には色々言われたけど、次にやる仕事はこの会社よりマシだろう。

 まずは配信者としてやってみようかな。フフフ。


「ユラちゃん! 乾燥ワカメと塩。たくさん買って行こうね!」


『ユラユラーー!』


 よぉし、スーパーマルキチに行こう!

 今日は晴天! 最高に気持ちいい!!

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