第3話 甘えたペット

 深夜0時。

 

 ユラちゃんは随分と元気になりました。もう浴槽から出て、私の部屋をフラフラと浮遊しています。


「なんだか風船みたいだね」


 でも、少し徘徊すると、すぐに私にくっつきます。


『ララ〜〜♡』


「もしかしてお母さんだと思ってる?」


『ララ、ユラ』


 ララってママって聞こえるな。


『ララァ♡』


 と、頭を擦り付けてくる。


 ああ、カワユス。


 それに、手触りが最高に気持ちいい。

 触り心地はフリース素材に似ているかな? 小さな毛があってサラッとしてる。ベトベトしないのは不思議な感じ。海のクラゲとは似ても似つかないね。生き物というよりぬいぐるみっぽいのかも。


 さぁ、明日も社畜です。

 もう寝なければいけません。


「ユラちゃんはお風呂で寝なさいね。電気消すよ? いい?」


『ユラ?』

 

 私はベッドに入ります。


 ああ、明日から再び社畜人生が始まるけどさ。ユラちゃんがいるから我慢できるよね。ふふふ。


「ん!?」


プニィイイイ……。


「ちょ、なに!?」


『ララァ♡』


「ユラちゃん! ベッドに入ってきたの?」


『ユラユラァ』


「んもう。一緒に寝たいの?」


『ユラ!』


「そかそか。仕方ないなぁ。んじゃ一緒に寝よか」


『ユラユラァ♪』


 ふふふ。

 カワユスカワユス。


 次の日。


「ちょっ! 離してユラちゃん! 会社に行くんだってば!」


『ユラァァアーー!』


 と首を振る。


「イヤイヤじゃありません。会社にあなたは連れていけないんだからぁ。離してぇ! ちゃんと帰ってくるからぁ!」


 私はコンコンとジェスチャーで説明する。


「外。危険。わかる? ユラちゃん、目立つの。誘拐。ありえる。迷子。怖い。危険一杯。アーユーOK?」


『ユラ!』


 あ、なんか理解してくれたかも。

 と、思うや否や。ユラちゃんはハンガーに掛かってる私のパーカーを差した。


『ユラァァア〜〜』


グニョニョニヨーーーーン!


「え!? ユラちゃんがパーカーになった!?」


『ユラ!』


 擬態能力……?


「ダンジョンクラゲにそんな能力はないけど……」


 新種だからかな?

 すごいなユラちゃん。

 フードの部分が顔なのか。


『ユラユラ。ユラ! ユラユラ』


「これを着て行けって!?」


『ユラ!』


 まぁ、パーカーならバレないだろうけどさ。スーツにパーカーはなぁ。


『ユラユラ♪』


 やれやれ。

 連れて行かないと泣きそうだからな。


「んじゃ行こか」


『ユラァァア♡』


「大人しくするんだよ? できる?」


『ユラ!』


 そんなわけでパーカーを着て出社。


「ふざけんなよこのカスがぁあ! 会社を舐めとんのかぁ!? 趣味の悪いパーカーなんか着おってえ、クビにされたいのかぁ!?」


 顎田主任の怒号が飛び交う。


「そ、その……。か、風邪気味でしてぇ。寒いので上着を着たかったのですが、適当な物が無くて、已む無くこれを着た次第です」


「ふん! ったく、碌にコートも持っとらんのか。この能無しめ。これは仕方ないな。罰として今季のボーナスは無しだ。いいな!?」


「え!? そ、そんなぁ!?」


「当然だろう。貴様の風体で会社に傷が付いたのだ。迷惑料だと思えば安いもんだ。それとも何か? 裁判沙汰にしたいのか? 損害賠償と慰謝料を一千万円は請求させてもらうがいいのかな? ん? どうなんだ? こっちは顧問弁護士がついているのだぞ? ん? どうだ? ん?」


 と、勝ち誇ったように大きなケツ顎をクイクイと突き出してきます。


 はぁ、やれやれ。

 そんな大袈裟にしたいわけじゃないからな。はぁ〜〜。


「わかりました。今季のボーナスは無しでいいです」


「グハハ! 同然だ! 迷惑をかけられているのはこちらなのだからな! ボーナス程度で済んだことに感謝してもらいたいくらいだよ。俺は優しいからな。グフフ」


 優しさとはなんだろう?


 パーカーがプルプルと震えています。


『ユラァァア……!!』


 ちょ! 怒ってる!?


「ダメだよ! ユラちゃん! 正体がバレるんだからぁ!」


『ユラァ!』


「いいから我慢しなさい! 私は平気だから」


『ユラ〜〜』


「おい、 治織じおりうるさいぞ! ブツブツと独り言を話している暇があったら馬車馬のように働け! 貴様を雇っている会社の身にもなれ!」


「すいません……」


 やれやれ。毎日これだもんなぁ。

 

 と、思うや否や。

 主任の絶叫。


「あがががががががっ!!」


「ど、どうしたんですか!?」


「か、か、体が……。し、し、痺れる……」


 主任の体にはユラちゃんの触手が触れていた。


 痺れ触手だ!

 ダンジョンクラゲの攻撃スキル。

 

 こんなスキルが使えたのか!?

 って分析してる場合じゃない。

  

 私は即座に触手を引っ張った。


 ユラちゃん。パーカーに擬態してて!


「か、感電したのかもしれん。どこかの配線がショートしているのかも? まったくついてないぜ。おい、電気屋を呼んでくれ!」


 良かったぁ。

 ユラちゃんのことは気づかれてないみたいだ。



 そうして昼になった。


 イヤッホーー!

 僅かながらの癒しの時間!  


 会社の屋上に行こうっと。

 今日はコンビニ弁当を1人で食べるんじゃないからな。ユラちゃんと一緒だから最高の時間だ。


 人気の無い屋上でユラちゃんと2人きり。ふふふ。最高の時間です。


「んもう。さっきはバレちゃうかと思ったわよ!」


『ユラ』


「でもよくやってくれました。あの主任の痺れた顔ったら滑稽だったな。フフフ。褒めてあげます。いーーこいーーこ」


『ユラァ♪』


「でも、もうやっちゃダメだよ? 正体がバレる方が怖いんだからね」


『ユラ!』


 水筒には塩水を入れてきました。

 ユラちゃんの体にゆっくりとかけてあげる。


チョロチョローー。


『ユラァ♪』


「ふふふ。ご機嫌だね。乾燥ワカメもたくさん持ってきたからね」


『ユラァ!』


 ふふふ。乾燥ワカメを水で戻してっと。

 あ、そうだ。ついでに食事配信しちゃおっと。


「みなさん。どもです。ダモ子です。昨日、見つけた新種のダンジョンモンスター、ダンジョンクラゲのユラちゃんを紹介します」


『ユラ!』


「ふふふ。可愛いでしょ? 今から乾燥ワカメをあげますからね」


『ユラ、モグモグ』


 んキャ、カワユス♡

 触手を器用に使って上手に口に運びます。


『続編待ってたーー!!』

『助かってたんだ!』

『良かった。可愛ええ』

『ちょ! 可愛い!!』

『ヤバい! 可愛ええ!』

『尊い』

『可愛い過ぎぃいいい!!』

『ダンジョンクラゲが餌を食べてるところなんて貴重すぎ!』

『どこのショップで買えますか?』

『裏山』

『ワカメ食べてるんかwww 俺と一緒やんwww』

『飼ってるの?』


 再生回数は瞬く間に1万を超えました。


 すごい勢いだな。

 チャンネル登録者数も1万人を超えてるし、これはもう収益化できるレベル。

 通常、1万人いれば、月額10万円は堅いと言われています。なら、登録者を2万人にすれば月20万円。そうなれば生活ができるレベルです。


 でもこのままいけば登録者2万人くらいはいけるのかも……。


 あれ?

 もしかして私。

 配信者で食べていけるのか?


 ははは。いかんいかん。そんな夢みたいなこと。人生は堅実じゃないと。


 あ、そだ!


「ヅイッターにもユラちゃんの写真をアップしておこっと」


カシャ!


 新種のダンジョンクラゲです、っと。

 フフフ。地上で暮らせるダンジョンモンスターなんて存在しないからな。

 バックは青い空。ダンジョンモンスターを外撮りだよ? 反応が楽しみだよね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る