三月に雪が降ったら

尾八原ジュージ

友人

 大学からの友人と、何だかんだで五年くらいふたりで住んでいた。

 そいつの実家は田舎で、今は山の近くで野菜を作って堅実に暮らしてるらしいけど、先祖は博打打ちだったのだという。そのせいか、そいつは何かと賭けをすることが多かった。といっても競馬場に通い詰めるとかサイコロ振って丁半とかそういうことではなく、たとえば「今日家を出て最初に出会ったのが女だったら、映画館じゃなくて楽器屋に行く」みたいなものの決め方をするのだった。

 ある年の三月、そいつが言った。

「今日雪が降ったら、妹を探しに山に行く」

 なんでも昔、妖怪みたいなものにとり憑かれたそいつの妹は、我を失って家の裏山に駆け込んで以来、行方知れずになっているのだという。現実離れしたエピソードだし、あまりに春めいた暖かい日だったから、変な冗談だと思った。こんな日に雪なんか降るわけがない。

 ところがその日の夕方頃、会社で仕事を片付けていると、昼過ぎから曇りだした空から、ちらほらと白いものが降ってきた。

「珍しいな、雪だよ」

 誰かが言った。

 嫌な予感がして、おれは席を立った。友人に連絡をとったが一向に返事がない。体調が悪くなったと言い、強引に早退して自宅に帰った。

 アパートのドアを開けると、今日休みのはずの友人の姿はなかった。元々少ない持ち物が、段ボール箱三つにまとめられていた。それからそいつは帰ってこない。行方不明になってしまった。段ボール箱はしばらく手元にあったが、やがてそいつの実家に送った。

 いつか三月に雪が降ったらおれも、なんて考えたこともあったけれど、月日が過ぎるうちに彼女ができて結婚して子供も産まれた。もう山になんか行けない。おれまで行方不明になるわけにはいかない。

 今は時々、そいつのことをうっすら思い出すだけだ。こんな春のはじめ、桜が咲き始めた夜なんかに。

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三月に雪が降ったら 尾八原ジュージ @zi-yon

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