第10話 曹操の懸念

 劉備が徐州を治めるようになってから税金は安くなり、悪人である役人を全て罷免させた。


 これにより、劉備の政治は誰もが理想と思えるものであった。


 劉備が徐州牧になって数日のこと、53万の民がいる中で皆がうつむきながら溜め息を付いていた。


「皆の者、どうなされたのか?」


 劉備が尋ねると民は謹んで訴えてくるのである。


「いえ、それが………この徐州6州は広いのですが、3つの川があり、道がありません。故に、今年の収穫を考えると、子供に腹いっぱい飯を食わせてやることができなくて悩んでおりました。」


 それを聞いた劉備は穀物倉庫を民のために一つ明渡し、3つの橋を設けたのである。


 民たちは腹一杯に食べることができ、中には喜んで橋の建設作業を手伝うものまで現れた。


 橋ができてからは劉備は不安が残り、更に500丈以上の堤防も設けた。


 堤防のお陰で、民は川の近くでも安心して野良仕事ができ、子どもたちも大地を駆け回るようになってからは民から笑顔が絶えなくなったという。


「劉備様は誠に『仁君』である。」


 その頃、曹操は呂布に奪われた自分の城を攻める羽目になっていた。


「徐州を得られず、自分の城を攻めるとは、皮肉なものだな………」


 曹操が心境を語るも解せぬことが一つある。


 この堅牢な城を呂布が落とせるのだろうか?


 その『懸念』が明らかにならなかったために曹操は『命』を落としかねることとなる。


「何!!? 密偵を捕まえたと!!?」


 密偵は曹操を城へ手引きするためにわざと捕まったという報告であった。


 曹操はこの報告を聞いて『懸念』のことをすっかりと忘れてしまった。


「呂布は自分勝手な奴で暴力ばかり、気分一つで何を仕出かすかもわからん男です。それはそうと、こちらをどうぞ………」


 そういうと、密偵は草履の中に隠された紙を差し出した。


 それを曹操が目を通すと曹操は大いに喜んだ。


「これは呂布に虐待を受ける住人たちの訴状だ!! 今は呂布が他の城を攻めているために留守らしい。」


 密偵は重ねてこう申すのである。


「城に戻って夕暮れ時に火矢で合図します。それを見たら正門から攻めてください。」


 その言葉に曹操は喜んで応えた。


「うむ。」


 夕暮れ時に合図の火矢が放たれる。


「突撃!!」


 曹操軍が雪崩込むと正門が開かれた。


 城の中には呂布が留守であるためか、誰も守っては居なかった。


「ふっはっはっはっは!! 呂布の奴め!! これから曹操が背後を叩いてくれる!!」


 しかし、曹操軍が全軍入る前に正門が閉ざされてしまった。


「背後を叩くのはこの俺様のようだな………曹操。」


 曹操が振り返ると呂布が居た。


「な、なぜだ!!? なぜ貴様がここにいる!!―――なッ!? き、貴様は!!?」


 曹操は呂布の隣にいる男を見て全てを要約して悟ることになる。


「あの時の『懸念』、その正体は貴様であったか!!」


 そう、呂布ごときの知謀では、この堅牢な城は半日で落とせるようなものではない。


 呂布の後ろには、軍師が居たのだ。


「如何にも、この城を落としたのは、この陳宮の策略だ!! 曹操!! 貴様の命、二度も助けんぞ!!」


 陳宮は曹操が董卓に追われる身となってから捕まえたが、曹操を釈放し、同行した男である。


 しかし、曹操の卑劣な行為に嫌気が差してしまい。


 曹操を殺そうとするも曹操は董卓を暗殺しようとした勇気ある者と考えて見逃すことにした。


 故に、二度目はないと言ったのである。


「詰まり、これも陳宮ーーー貴様の罠だったのか!!」


 曹操は孤立無援となってしまう。


「曹操、自分の城で死ねることを本望と思え!!」


 呂布がそう言うと火の着いた藁や矢が雨霰と飛んでくる。


 曹操軍は火炎地獄の中に閉じ込められてしまった。


 曹操は自分の馬が無くなり、髭も焼けてしまい。


 顔中煤だらけとなってしまった。


「ここまでか………」


 そんな時、曹操の目の前に呂布が現れた。


「曹操はどこだ!!」


 曹操はこの時、恐怖の余り声も出なかったという。


 曹操が南を指させば呂布が南の方を向いて言う。


「あっちだな………曹操覚悟しろ!!」


 曹操は運良く難を逃れる。


「しかし、このままでは見つかるのも時間の問題だな………」


 溜め息をついているところ、再び、背後からこんな声が聞こえてくる。


「曹操はいずこ!!」


 恐る恐る振り返ると典韋であった。


 豪勇典韋は曹操を助けるために城の中を探し回っていた。


 曹操は典韋の姿に喜んでこう答えた。


「曹操はあっちだ!!」


 曹操はそう言って南の方向と己を指さした。


 典韋は曹操がこの者だと解かれば曹操を馬に乗せて訪ねた。


「南の方向には何が?」


 曹操は答える。


「呂布が南に向かった。北の門から抜けようぞ。」


 それを聞いた典韋は短戟を両脇に挟み、手綱を両手で持ち馬を走らせる。


 典韋の馬術も呂布に劣らず優れており、燃え盛る北門を見事に突破して陳宮の計略から逃れることに成功する。


 それと同時に曹操が大声で叫ぶ。


「曹操が死んだぞ~~~~!!!」


 その声に呂布と陳宮は曹操がこの火炎地獄の中で死んだのだと思い込む。


「呂布と陳宮め………この仕打、倍にして返してくれるわ!!」


 曹操の死は呂布のみならず、徐州の劉備にも知らされることとなる。


 徐州の民は一先ず、曹操の魔の手から難を逃れ、皆が安堵した。


 曹操の葬儀は馬陵山で行われることとなったが、それを呂布と陳宮が嗅ぎ付け、曹操軍にトドメを指そうとしていた。


「曹操!! 貴様の亡骸諸共一族もあの世に送ってくれる!!」


 呂布が突撃すると曹操の棺を担いでいる男たちがなぜか剣を引き抜いてきた。


 呂布がそれを見るになにかおかしいと思えば棺桶から曹操が出てきたのである。


「ふっはっはっはっは!! この曹操、地獄から帰ってきたぞ!! 棺桶は貴様にくれてやる!! 掛かれ!!」


 呂布軍は曹操が生き返ったのだと思い動揺してしまう。


 その隙に隠れていた大軍が呂布軍目掛けて矢の雨を振らせた。


「クソッ!! 曹操め!! 謀ったな!!」


 呂布が矢を振り払いながら撤退するも呂布軍は大打撃を受けてしまい。


 大半が戦士してしまった。


「罠には罠だ!! このまま城を落としてくれる!! 覚悟しておけよ!!」


 呂布軍は城に引きこもり、援軍を待つ羽目になってしまう。


 しかし、曹操軍も兵糧は残りわずか、あの堅牢な城を三日以内に落とさねばならない。


「曹操様、最早猶予はありません!!」


 曹洪が慌てて言うと曹操も困り果ててしまっていた。


「しかし、あの堅牢な城を落とすことは不可能だろう………」


 曹操が知恵を絞っているところ、一人の男が軍議に入り込んできた。


「私には、あの『城』を落とす『策』がございます。」


 誰かと思い振り返るや劉曄(りゅうよう)であった。


 劉曄は孫策の覇業を妨げた一人になるはずの人物でありながら、劉勲が劉曄の計略に従わなかったために孫策に破られて流浪の身となっていた。


 曹操が人材募集していたために曹操に仕えている。


 劉曄は曹操に申し上げた。


「この劉曄、曹操様に仕えて以来、何ら手柄を立てていません。従って、あの城を撃ち落として曹操様に恩返しをしようと思っております。」


 この申し出に曹操は驚いた。


「あの堅牢な城を落とす計略があるというのか!!?」


 かつて、孫策の策略を逆手に取ろうとした劉曄がとうとう頭角を表すことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る