第7話 天啓の幻、若き虎

 打倒董卓のために曹操は力を蓄える一方、董卓は長安で贅沢三昧な暮らしに明け暮れていた。


 董卓に逆らう者は惨殺され、民たちの怨嗟の声が飛び交う中、董卓はそれを眺めて笑っていた。


 蔡邕が董卓に『惨殺だけはやめてあげては?』というものの、董卓は一向に聞かなかった。


 因みに、蔡邕は気に入られているので殺されはしなかった。


 董卓の悪逆非道は日に日に増して行き、長安の貨幣価値は乱れに乱れた。


「金品品々は取られ、女も取られた。民が買い物をすればどの店も高く売ってくる。もう長安はおしまいだ。」


 いつの世も上の人間が無能なら、民の暮らしは貧しくなり、上は贅沢三昧で稼ぎ無し、まさに日本の政治家其のものである。


 その頃、曹操が集めた董卓討伐軍は曹操が離脱したために解散となってしまう。


 袁術が帰る途中、シンだと噂されていた孫堅軍と出会ってしまう。


 身の置きどころのない孫堅は袁術のもとに身を寄せるしかなかった。


 く汁を飲まされるような気分で孫堅は袁術に下る。


 袁術は孫堅を吸収し、孫堅を使って劉表を攻めさせた。


「袁術の下で馬車馬のごとく働かされるとは、俺も落ちたものだ………」


 孫堅が3000ばかりしか与えられぬ兵士を使い劉表の城を落としてしまえば孫堅が落胆していた。


 そんな時、一人の兵士が駆けつけてきた。


「孫堅様!! 孫堅様!!」


 なにやら大慌てでやってくるから『なんだ?』と思うと兵士は落ち着くどころか更に慌てるばかりでただ事ではないということがわかった。


「劉表が攻めてきたのか?」


 孫堅は急いで城の守りを固めようとする。


 しかし、そうではないという。


「では、どうしたというのだ!!」


 孫堅が聞くと兵士が言った。


「井戸に何かを投げ込む女性がいましたので何かと思えば『玉璽(ぎょくじ)』でした!!」


 伝国・玉璽といえば、皇帝陛下が用いる印であり、天子の勅命などに使われる印である。


 なぜこんなところにあるのかは不明だが、討伐連合軍が密命を受けての檄文と書かれていたために、天子が密かに使いの者を送ったのかもしれない。


 董卓に悪用されるくらいなら、討伐連合軍に渡したほうが良いと考えたのだろう。


 しかし、総大将が形だけの男である袁紹であったがために、大事を成し遂げることは不可能と考えたのか、性が帝と同じである『劉』をもつ劉表を頼ったのだろう。


 そこへ運悪く、袁術の魔の手が延びてしまった。


 孫堅は『これはいけない』と思い、旅館にいた女の遺体を探し出し、丁重に弔わせた。


 それが終われば程普将軍が野心を露わにする。


「これは天啓です!! 我々は裏切りに合わなければ董卓を討つことができました。しかし、天が我々を求めるようにして、また玉璽も我らのもとにたどり着いたのでしょう。詰まり、天は我々に国を治めよ!! と言っているのです!!」


 これを聞いた孫堅は吃驚仰天してしまう。


「て、程普、何をだいそれたことを………正気は確かか?」


 孫堅にはそこまでの野心がなかった。


 しかし、程普は孫堅の野心を焚きつけようとする。


「では、なぜ、玉璽は袁紹、袁術の元には行かず、孫堅様に巡り合ったのでしょう? 華雄を切り、董卓を追い詰めたのは我らです。敵味方の区別もつかない袁家の人間に天は愛想が尽きたのです。天は我々を選んだのです!! 国を治めて民を救うのは孫堅様だと、天が言っているのです!!」


 程普の言葉に孫堅も袁紹、袁術では役不足だと思った。


「少し考えさせてくれ………」


 孫堅は程普が余りにも大きなことを言うので一人夜風にあたって考えたいと思ってしまった。


 普段の孫堅なら戦場では、そのようなことはしないだろう。


 しかし、あの大軍師の末裔である孫堅もこのときばかりは油断していた。


「くそう………孫堅軍め………ん? あ、あれはまさか!!!?」


 孫権軍に敗れた黄祖が偵察をしていると偶然孫堅を見つけてしまう。


「ま、まさか、たった一人!!?」


 流石に何処かに護衛がいるのではと疑うが、護衛はどこにも見当たらなかった。


「お、落ち着け、黄祖よ。この矢は外せない。皆の仇はこの黄祖が討つ!!」


 黄祖はこの時、弓を構えたが流石に動揺していたという。


 しかし、孫堅は国のことを考えていた。


 国を見据える孫堅に黄祖という税金だけ食ってる小役人など見えるはずもなかった。


「もし、あの玉璽が劉表の元へ行ったとして、劉表も玉璽を持つに相応しく無いと引き返していたとするのなら………天啓は誠に我にあるだろう………」


 孫堅の独り言がよく聞こえない中で黄祖は孫堅に矢を放った。


 矢は見事に命中してしまう。


「ぐッ!!? こ、この俺が………油断していたか………天啓はやはり、幻と化す………」


 その頃、孫堅の帰りが遅いと思い、桓階が孫堅を迎えに行くと、なんということか、孫堅の遺体を運んでいる黄祖偵察隊と出くわしてしまった。


 桓階は孫堅の遺体に驚くも遺体を取り返すために孤軍奮闘する。


 しかし、桓階は捕虜にされてしまうも桓階は劉表に嘆願して孫堅の遺体を返すよう頼むと劉表は桓階の忠義に打たれて孫堅の遺体を返した。


 桓階が孫堅の遺体を持って帰ってくると程普らも大いに驚いてしまい。


 孫権軍はたちまち退却、孫堅の葬儀が盛大に行われた。


「私の所為だ!! 私が孫堅様に野心を焚き付けたのが悪かったのだ!!」


 そう言うと、孫策が言った。


「いや、俺も袁紹や袁術には失望していた。父上に天下泰平を望んでいる。程普よ。父上はお主のことを責めたりはしていない。俺が父上の意志を継ぐ!!」


 その言葉に程普は心打たれて孫策様に玉璽を預けてこういうのだ。


「これはお父上の形見です!!」


 それを手にすると孫策は涙が溢れてきた。


 そして、心に誓うのだ。


「父が成し得なかった大業、この俺が必ず成し遂げる!!」


 こうして、孫堅の魂は孫策が受け継ぐのであった。


 孫堅、享年37で死去してしまう。


 孫策が袁術に面会を求めた。


「袁術、俺は父親の仇を取るために出兵したい!! 軍を貸してください!!」


 袁術は孫堅のガキと舐めてかかると悪態を付いた。


「ガキが戦争に出るのは危ないだろ? 下がっていなさい。」


 しかし、袁術の言葉に孫策は怯まず続けて言った。


「ここに『玉璽』があるのですが………」


 其れを聞いた袁術は目を見開いた。


「なに!!? 玉璽だと!!?」


 袁術の態度が変われば孫策は続けた。


「父上の敵を打ちたいこの気持、わかってくれましたか?」


 孫策が笑って言うと袁術は首を犬のようにして振る。


「全くだ!! 孫堅の仇はこのワシも取りたいと思っていたのだ!!」


 この言葉に孫策は内心こう思った。


(フン、この無能が、こいつのせいで父親が死んだんだ。今に見ていろよ。国を作った後で貴様の首を真っ先に取り、切り捨てて玉璽も返してもらうからな!!)


 そう思いながら孫策は言った。


「この孫策、必ずや孫堅の仇を討ってまいります!!」


 そう言って孫策は玉璽を袁術に差し出すと袁術は1000の兵士を孫堅に与えた。


 孫策が出発すると袁術は大喜びして皇帝を名乗った。


 これには天下も大いに怒り、どの国からも袁術に嫉妬した。


 それはまた別の話、孫策は仇を取るよりも呉の地を目指した。


 このことに対して元孫堅の中核武将たちが疑問に思った。


「僭越ながら申し上げます。若、父上の仇を討つのでは?」


 この頃、孫堅の仇は同じ性の孫を持つ者が向かっていた。


 従って、孫策は正史でも敵を任されては居ない。


 なので、孫策が劉表を狙うことはなかった。


 故に、孫策はこう説明する。


「父親は闊達(かったつ)な性格と申していたのはお主らではないか? 俺はまず国を作り上げる!!」


 その大器に中核武将らは驚かされた。


 父親の仇という感情に囚われず対局を見ている。


 まだ17なのに、立派なものだ。


「孫策様の言う通りでした。我々は孫策様のお言葉で目が覚めました!!」


 中でも孫策に感動したのが朱治であった。


 朱治は孫策に進言した。


「若、いえ、孫策様、劉繇(りゅうよう)と対峙している私の叔父、呉景(ごけい)に加勢ください。」


 孫策はその言葉に従った。


「よし、みんな!! 今から江東を制覇する!! 劉繇を倒して覇道の礎にする!!」


 程普は孫策が朱治の言うことを聞き、聞くべき話は聞く男だと思い感心した。


 一方、呉景は度々劉繇へ進撃するもあと一歩のところで呂布に匹敵する男に破れて退却していた。


 そこで孫策軍がたまたま合流し朱治が呉景に話をつけると呉景は劉繇攻略を諦めていた。


「劉繇の部下には太史慈(たいしじ)という名将が居る。若くして学問に励み、矢を放てば百発百中、とても敵う相手ではない。」


 それを聞いた孫策は呉景にこういうのだ。


「その太史慈という男を倒せば良いんだな………呉景よ。この俺が倒してやる!!」


 呉景は孫策の言葉に驚いたわけではない。


 孫策の若々しい気力が凄まじかった。


 まだ、成人前だというのに異常な気力である。


 呉景は思わず訪ねた。


「あ、あなた様は一体!!?」


 そんな時、呉景のもとに落ち延びていたある男が走ってきた。


 そう、あの周瑜(しゅうゆ)である。


 周瑜は命からがらも落ち延び、呉景の下に身を寄せていた。


「孫策じゃないか!! 父親の孫堅はどうしたんだ?」


 孫策は孫堅の死を伝えると周瑜がお悔やみを申し上げる。


 そして、敵の情報を掴んでいたのか、事細かに教えてくれた。


「孫策、俺たちには秤量が無い。魯粛という富豪の者がいる。彼は富を持っているが人助けのために己の財産を迷わず投げ捨てる男だそうだ。私が彼に頼んでみよう。それまで無茶はするなよ?」


 そう言うと周瑜は魯粛のもとへと向かっていった。


 しかし、腹が満たされないために孫策が一人狩りに出かけてしまう。


 孫堅が護衛を付けなかったことを思い出した元孫堅の中核武将らは大慌て、血眼になって孫策を捜索した。


 中核武将らの不安は的中、見事に孫策は太史慈に見つかってしまう。


 太史慈はもともと劉繇の部下ではなく、援軍として参っただけで孫策と同じくらいの年齢である。


 孫策はこの男が話に聞く太史慈だとすぐにわかった。


「お前が太史慈だな? この孫策が相手をしてやる。槍を構えな!!」


 孫策は不意打ちをせず、正々堂々と戦いを挑んだ。


 太史慈はよく理解していないが槍を構える。


 適当に打ち合ってみたが、孫策の槍術は孫堅譲りで隙がなかった。


 おまけに気迫が尋常ではなく。


 対峙しているだけで太史慈は体が押されたような感覚を味合わされた。


 太史慈は一か八か槍を投げ捨てて孫策に飛びかかった。


 孫策は槍を払い除けるも太史慈に捕まりゴロゴロと山を転げ降りた。


 二人は槍が無くなると素手で殴り合った。


 しかし、どれだけ殴っても孫策は全く勢いが衰えず、形勢悪しと見れば太史慈が孫策の兜を奪い取った。


 太史慈が武器を持つならと転がっていた槍を手にする。


 そこで、孫策捜索隊が駆けつけると同時に太史慈の方も劉繇の援軍が参ってきた。


 両雄一度は撤退するも互いに挑発し合った。


「あのまま続けていれば孫策様が勝っていたぞ!!」


 朱治が大声でいうと相手も負けずにこう言った。


「孫策の頭は頭はあるぞ~!!」


 この挑発に孫策は乗ってしまうと程普がそれを止めた。


「孫策様!! 大将が軽々しく出ていってはなりませぬ。 ここは一つ私めにお任せください。」


 そういうと相手が重ねて挑発してきた。


「そんな雑魚兵が太史慈様の敵になるわけ無いだろ!! 孫策、貴様が来い!!」


 そう言われると程普はカンカンに怒って出ていった。


 これには孫策も驚いたが流石は孫堅の右腕であった程普将軍、太史慈と互角の戦いをする。


 太史慈は孫策によって負傷していたため、撤退することを決意、勢いに乗って孫策軍が攻めようとした。


「若!! いえ、孫策様!! 我軍には秤量がございません!!」


 そんな時、周瑜が現れる。


「遅れてしまったな。なんせ魯粛殿が天下万民のためならばと2つあるうちの一つの倉をすべて差し出してくださった。秤量は有り余るほどあるぞ。」


 その秤量を見た者たちは余りの量に驚いた。


「どうやらこれも父の意向なのだろう!! 全軍!! このまま突撃だ!!」


 孫策軍は破竹の勢いで劉繇の城へと突撃していった。


 孫策軍の猛攻に城は一日もしない内に陥落、これには劉繇も降伏するしかなかったのである。


 孫策は太史慈の縄を解けば太史慈にこういう。


「俺はお前のことが気に入った!! 俺の仲間になってくれ!!」


 孫策の言葉に太史慈は参ってしまうと笑ってこういう。


「西に俺の捕まえた山賊がいる。そいつらは俺の部下になりたがっていた。よかったら連れてきてもいいか?」


 孫策の配下は反対した。


「なりません!! 孫策様、我軍は少数、太史慈が大群を連れてくれば壊滅です!!」


 それに対して孫策はこう答えた。


「その時はその時だ!! 俺は少数でも逃げはしない!! 俺の親父は闊達だったんだろ? 小さな事は気にしない。」


 皆は孫策の言葉に恐れ慄いた。


 孫策は父親の勇ましい部分を持っている。


 故に、孫策の言葉は孫堅の言葉と思い、皆は反対ができなかった。


「そんな深刻になるな。太史慈はそんな卑怯なことをする男ではない。」


 そういうと太史慈が3000の兵士を連れて帰ってきた。


「孫策、遅れたな!!」


 孫策は大胆不敵に構えている。


 盗賊3000の方が数は多いが、皆が孫策の気迫に只者ではないと思わせた。


「太史慈、その兵士は俺の首を取りに来たのか?」


 孫策の言葉に太史慈が笑って応える。


「皆の者、武器を捨て平伏せよ!! この方が我らの新しい主だ!!」


 太史慈の兵士は皆武器を捨てて孫策に平伏した。


「我らの命、孫策様に預けます!!」


 孫策は天下に号令を発する。


「江東を制覇する!! 皆の者、俺について来い!!」


 孫策はそのまま進撃しては白を次々と落とした。


 気がつくと兵力は10000に膨れ上がっていた。


 孫堅の中核武将の程普、韓当、黄蓋、朱治だけでなく、周瑜、太史慈を得ることとなる。


 まるで、曹操軍に引けを取らぬ兵力となっていた。


「孫策、風の噂だが、曹操軍もお前と同じ豪の者を二人も従えたそうだぞ。この江東の地にはまだ豪の者が4人もいる。」


 周瑜から其れを聞いた孫策は目の前の城を後回しにして皆に号令を掛け直した。


「よっしゃ!! 城よりも天下の豪傑を落としに行くぞ!!」


 孫策からすれば城など小さなことであった。


 しかし、天下を治めるに必要なのは『人』である。


 皆は孫策の言葉に迷うこと無く従った。


 孫策の覇道が始まろうとしていた。

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