第3話 モテ作戦の実行
―五月下旬 体育館 授業中―
魔術戦闘訓練とは魔術師である我々の戦闘技術を磨くために行われる授業だ。今となっては月に一回ほどのペースであるが、魔術師に力が求められていた時代はもっと頻繁に行われていた。今は技術の発展により個人の力は軽視されつつある。シールド発生装置にスクロール、高性能の魔術補助の杖、これらの出現により魔術の扱いの技術は均一化した。そしてより一層の均一化と道具の発展を目指すために戦闘訓練の回数は減り、残念なことに座学の授業が増えたのだ。だが、一部の卓越した魔術師たちにその技術はまだまだ敵わない。
練習はした。今日は本番の日で最近の中では一番と言っていいほどに緊張している。それはクラスメイトの前で一発ギャグを披露するかのような気分であり、今になってこんなことをして何になるのかという気分になってきた。
「準備はできたか、天掛。」
「ああ。」
クラスメイトは疲れて床に座ったり、壁にもたれかかっている。ゆるみ切った雰囲気の中俺たちの番が回ってきた。
「それでは、両者構えて。」
俺は構えずに服の上に着た黒のコートをはためかした。これが戦闘開始の合図だ。
「『塵は舞い、雲は色ずく』」
手に持った短杖を使って魔術式を構成する。虹色のガスが体育館に充満する。夜に見ると綺麗なんだが昼だとその美しさも半減といったところだった。
「『結晶は我を中心として宙を舞う』」
人くらいの大きさの金平糖のような形をした結晶が三つ俺の周囲を回り始める。先に起動した虹色のガスに照らされて本来は透明な結晶が色づいている。それらは一層速く回った後に半径を広げて三十木に襲いかかる。
「やるな。」
三十木が映えがばっちりだとグッドサインを示した。
結晶にに対して三十木は大量の白い猫の手を背中の魔術式から出した。三十木は驚くことにもはや詠唱なしで猫の手を使えるようになった。得意な宴会芸のようだ。出した手を足のように使って宙に浮く。いや、猫の手はもともと足なのか。
「やっぱり見た目は改善してなくないか?」
俺はその光景を見て言った。マングローブのように猫の手が絡み合っている様はいくらデフォルメな感じでも少し気色が悪い。しかも結晶を避けるために跳んでいるのだ。浮いている三十木本体とそこから飛び出た大量の猫の手、宇宙人みたいだ。
「そうか?『霊魂、射出』」
三十木が魔術式から青白い炎を纏った猫の顔が複数射出され、回転する結晶に追尾して砕いた。本来は人の顔だったはずだ。
「なんか猫に恨みでもあるのか。『結晶剣』」
結晶が形を変えて短杖に纏わりついて剣のようになる。成形したとはいえ粗削りで見た目は打製石器感がある。
それを使って天掛は発射された猫の顔を切り裂く。近接魔術は基本的に遠隔魔術よりも魔術強度が高いが故に他の魔術に干渉して打ち消せる。
「ここからは全力でいこう。」
三十木がそう言った。そう、ここまでは台本通りの展開だ。短い期間ではそこまで綿密に展開を考えられなかった。三十木のこの言葉は、あとは魔術の形だけ整えてアドリブでやるという合図だった。
「いいぜ。」
身体能力を魔術で向上させて高速で相手に近づく。三十木は猫の顔を連射してくるが、そのすべてを結晶の剣で切り払う。
「天掛、金棒よりも剣の方が得意だな!だが、これはどうだ。」
三十木が地上に降りてきて展開した大量の猫の手をこちらに伸ばす。その量は避けることが不可能なほどに多い。
「いやーそれほどでも。」
それでも天掛は剣を振りながら前進し続ける。その伸ばされた手をまとめて叩き切るその姿は大胆で気迫に満ちており、剛剣と呼ぶにふさわしい。
そして、その剣が三十木に襲い掛かる。
「くっ危ねぇ。」
「避けたか。だが、次はない。」
「惜しいな、俺にはこれがあるんだよ!『幽体化』」
三十木の体が半透明になる。三十木の幽体化は魔術界隈では有名な千日手の可能性が高くなる魔術だ。自身の体に作用する魔術だから魔術強度が高く、生半可な魔術はすり抜ける。そして、魔術の維持に集中するため攻撃してこない。試合の時間が過ぎるまで使う気か。こんな試合ばっかだから変えようって話じゃなかったか?まあ、いざとなったらお構いなしだよな。
だが、俺はこの展開を予想していた。間違いなく三十木は使うと。俺は三十木が詠唱なしで猫シリーズの魔術を使えるようになったように俺もコソ練をした。
三十木の体に触れるには一定以上の魔術強度が必要だ。だから凝縮する。魔術式を右手で起動する。マナ形質の範囲外の魔術だが、剣を振っている間に起動までの準備はしておいた。
右手にマナが集まっていく。発動したのはただ物質の硬度を引き上げる魔術。だが消費されるマナの量が多すぎて天掛の右手は青黒い宇宙色に染まっている。三十木から見たら剣を避けて幽体化したらいつの間にか天掛の右手が染まっているといった様子だ。
「三十木、俺が何の対策もしていないと思ったか?」
「あ~痛くはしないでね。」
どうやらこの先の展開が三十木には読めているらしい。
「もちろんさ。」
剣を上に放り投げると同時に俺の魔術で強化された右手は三十木の腹に食い込んだ。三十木は悲鳴を上げてふき飛んで床に仰向きに転がる。最後に投げた剣を掴んでかっこつけるように背中に納刀するふりをして結晶剣の魔術を解く。結晶は跡形もなく消えて元の短杖になった。
パチパチと拍手する音が聞こえる。クラスのほとんどがしているのを見るにどうやら予想以上にうけたらしい。
「天掛くん、三十木くん。真面目に授業は行いましょうね。」
拍手が鳴り止んだ後で蟹沢先生が困ったように俺らを見て言った。
「いや、俺たちは至極真面目に授業に取り組んだんです。」
起き上がった三十木が主張した。俺としては途中でバカらしくなっていかに三十木を懲らしめてやるかを考えていたので真面目なのは三十木だけだ。仲間に加えないでほしい。
「そうですねぇ。魔術の見た目の変換は全く無駄とは言えませんから今回だけは許します。次はないですよ。」
お、なんか許された。ラッキー。
「よかった。天掛、お疲れ。」
三十木がハイタッチをするように手を上げたので、タッチしてやった。
「ああ、お疲れ。」
まあ、悪い気分ではないな。俺は自分の口角が上がっていることに気づいた。三十木を見ると森でカブトムシを見つけた少年のような笑みを浮かべていた。
―夕方 図書館―
俺が図書館のすみっこで漫画を読んでいたときのことだ。一応、図書委員だからどこにどんな本が置いてあるくらいは把握していて暇なときはこうして漫画を読むこともあった。そのとき読んでいる漫画では主人公は冒険家でファンタジーな世界を巡り、時には絶景を楽しみ、あるときは危険なモンスターとの戦闘、そして現地人たちとの協力など非常に夢のある世界を冒険していた。俺たちの世界はすでに現代化の道をたどった。インターネットがあれば未知を知れるし、冒険するなら飛行機に乗れば世界中に行ける。便利になった代わりにこの世界にはロマンが減った。
「だからこそ、モテるために魔術でロマンを求めることは正当だと言えないか?」
俺の横では三十木が納得と言わんばかりに首を上下した。
「いや、とはいっても実行に移すのはやばいでしょ。」
メデアナはそう返した。
「天掛の言うことは分かるが、仮にも戦闘訓練なんだよな。」
明石は呆れたように言い放った。
「ていうか写真撮っとけばよかったなぁ。来月分の記事はそれでいけると思うんだよね。」
「許可は出さないからな。」
「それは残念ね。」
「三十木、次やるなら俺も誘ってくれよな。」
「ん? 明石は別にやっても意味ないと思うな。つーか次やったらまじで怒られそうで怖いんだよね。天掛にやってもらえよ。」
「前やったばっかだからな。しばらくペアにはならんでしょ。」
明石の言葉にそういえば前回はこいつとだったなと思う。
「俺も先生は怖いから二度とやりたくない。」
そんなこんな図書館で話していると見覚えのあるちっこいのが見えた。
「今日は随分とにぎやかね。」
「あれ、なんで今日も木手がいるんだ? 受付の日じゃないだろ。」
「忌々しくも委員長だからね。ヒラの君とは違うんだよ。で、なんで天掛はいるの?」
「なんで上から目線なんだよ。実はな、」
俺は今日の授業でモテ作戦を実行したこと、すみやかに帰ろうと思ったら二人に絡まれたこと、ついでに三十木も巻き込んだこと、図書館の休憩室なら人がいないからと連れてきたことなどを話した。
「へー前から思ってたけど君たちが二人そろうと碌なことをしないね。ちなみに聞くけど成功したの?」
「うーん、クラスの男女問わずにや褒められはしたんだが、モテたかと言われるとそうではないな。三十木の目的には合わなかったみたいだけど、俺としてはなんかちやほやされてよかったぞ。」
俺は過去を振り返ることが嫌いじゃない。あの拍手とクラスメイトの「すごいね、かっこよかったよ」と言われたことに対する余韻に浸れるほどには。
「天掛! まだまだ俺たちのモテへの道は始まったばかりだぞ。満足するな!」
三十木はまだ目標には達していないようだ。
「そんなに満足しているように見えるか。」
「見えるよ。一年の時から図書委員で一緒だったけどそんなにうれしそうな表情は新作のゲームが出たって話している時くらいだね。ううん、それよりも穏やかな表情ね。不気味だわ。」
「なにかちっこいのがさえずっているが俺の寛大な心はその無礼を許してやろう。」
無言で手刀が飛んでくる。咄嗟に避ける。
「危ないな。キレないんじゃなかったか?」
「ちっ。」
「仲がいいのね。」
メデアナが言う。
「そうでもないけどね。」
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