第7話 桜への侵入

四月下旬休日


 紙に桜への侵入のための魔術式を書き込んだ。三時間かかった。休みの日を無駄にした気がした。疲れたので今すぐ部屋の椅子に座り、ゲームをしてもいい気分だったが、それはいつでもできると自分に言い聞かせた。


 侵入魔術とは近づいた異界に自身をずらすことにより侵入する魔術でその異界の主に関係しているものを指標に起動する卓越魔術である。なぜ俺が使えるのかというとあの時計の怪物に会いに行くためにダンジョンの侵入装置の設計図をループ期間中にパクってそのまま魔術式を写しているからだ。なので詳しい原理は不明である。企業秘密だからな。


 紙の上に持ち帰った桜の枝を置き、手をかざして魔力を注ぐ。白く輝き出した文字が宙に浮き俺の周りを螺旋状に取り巻く。一際強く光ったかと思えばそこに見慣れた自室の風景は無かった。





 目に入る景色の一面すべてが桜だ。無造作に生えている桜は公園などで見る桜とは違い、自然の力強さを感じさせる。足で地面をあさる。下は土だが花びらで埋め尽くされて見えない。てか、木の数と散っている花の量がおかしい。ここの桜もずっと咲いているのだろう。

 森の中に転送されたのだろうか。ひとまず少し探索をしよう。


 ダメだ。歩いても歩いても前後左右上下すべてがピンク色、気持ちはブルー。休日の昼間から森で遭難、景色が変わらないのが辛い。進歩がない気がしてくるが、すべてがピンクということが分かっているのではないか。そうさ、俺はまだ疲れていない。まだ正気でまともな魔術学徒、探索は順調なんだ。


 そんなこんなで探索を続けていると木の裏から音が聞こえた。枝を踏んだ音だ。

 何かいるのか。金棒を異能で取り出す。構えて待つ。


 「うわっなんだあれ。」


 木の裏から飛び出てきたのは。人の子どもサイズのさくらんぼからみどりの筋肉質な手足が生え、体には人間のような口だけがついている奇妙な生物。いや、あれを生物だと認めたくはないが。てかよく見たらなんかCMで見たことあるな。

 こちらに気づいたのかボクシング風のファイティングポーズをとって煽るように奇妙に口を歪ませている。


 「へいへーい。びびってんのか。おーん。」


 ピキッ


 「まあいい。何もなくて困っていたんだ。暇潰しになってもらうぜ。お前をジャムにしてやるぜぇーー。」


 大声で叫びながら飛び上がり、勢いよく金棒を振り下ろす。さくらんぼは無惨にもジャムにされてしまった。そしてジャムは桜の花びらとなり散っていった。


 ここではダンジョンのルールが適用されているのか?外に出てきた怪物は死体を残すはずだが。いや、灰になってはいないか。


 それからさくらんぼの来た方向に向かうと不自然に木が生えていない通りがあることに気づいた。空を見ると、これまで木で覆われていて見えなかったピンク色の空が見えた。


 「これは当たりだな。」


 「だ、誰かーー助けてくださいー。」


 突然、近くから若い男の声が聞こえた。道となっている所に行くと十数匹の大量のさくらんぼに追われている男が見えた。


 「こっち来てね?、あれ。」


 観察しようと思ったが、男がこちらに気づいたのか、こちらに走りよってくる。気付いたときにはもうそれは目前で冗談みたいな地獄の光景が走り寄ってきていた。


 「あ、あなたは廊下で聞き込みをした人ですね。僕です。夕霧 周です。何か分かりましたか。」


 「お、なんだ逃げんのか?」「かかってこいよ^^」「植物にさえ負けるってのかー」「なんかとりあえずでついてきてしまった」「え、これなんの集団?」「チェリィィィー」


 俺が逃げるために男と並走していると男が話しかけてくる。よくこんな状況で質問をするな。と感心してしまう。つーかガヤが異常にうるさいな。


 「夕霧? なぜここにいる。いや、まずはこれを片付けるか。」


 走りながら、両手を使い橙色の魔術式を三つ展開する。振り返りつつ立ち止まって構える。


 「凪ぎ払え。」


 爆発的な一筋の炎が魔術式から扇状に噴出する。さくらんぼたちは飛ばされて道の横にある桜に叩きつけられ、花びらとなって散った。

 

 花びらになると周囲の色に混じって倒したか分かりにくいな。




 「で、なんでここにいるんだ夕霧。」


 俺は近くの開けた広場のような場所で質問をした。


 「あーなんていうか複雑な事情がありまして。そうですね、先輩に質問した後も聞き込みを続けてたんすけど。一時間くらいやってもう人もいないし帰ろうかなというところでなんと協力してくれる人、二年生だったと思うのですが。とにかく見つかりまして。準備が終わったら明日にでも来てくれと言ってたので今日行ったんです。」


 休日に学校か。熱心だな。


 「敬語はなしでいい。」


 「そうっすか。その先輩に桜が咲き続けていることを話したら、随分と驚いた様子でよく気づいたなと言って褒められました。しかし、『私はすぐにそのことを忘れるだろう』と言い、僕に侵入魔術?だったと思います。そのスクロールを渡されました。僕はすぐにその部屋からスクロールを使ったんすけど、来たのは見知らぬ場所で謎の気味が悪いさくらんぼに追いかけられてまいってたんですよ。」


 「自分では追い払えなかったのか?」


 「僕の魔術はまだ未熟で、武器も腰のナイフだけではとても多数を相手には戦えない。仕方なく逃げたら徐々に数が増えて取り返しがつかなくなったというわけです。すいません。この礼はいつか必ず。」


 「ちなみにその先輩はどんな見た目だったんだ。」


 侵入魔術のスクロールを持っているような同級生は絶対にやばいので近づきたくなかった。今後関わると色々と探られそうだ。


 「たしかこの時代には珍しい黒のとんがり帽子に何かの実験をしていたのか白衣を着ていましたね。白髪のセミロングで青色の目をしてました。名前はシアンマ バッドヘルスでした。」


 「恐らくそいつは二年で『爆破の白雪』と呼ばれているマッドサイエンティストだな。無事か?カメラとか仕掛けられてないか。爆弾はどうだ。」


 「そんな人には見えなかったっすよ。むしろ美人な科学者っぽくてかっこよかったです。でも、カメラについては『もし、あちらに人がいてカメラに気づかれたら消されるかもしれない』て言って侵入魔術がいかに秘匿されているかを解説されましたね。多分、爆弾はもらいましたよ。困ったら投げろみたいなニュアンスでくれました。」


 夕霧がポケットから取り出したものは一見してもそれとは分からないように見た目はピンポン玉に偽装されていた。球に黒で書かれている文字はよく見ると衝撃に反応するタイプの魔術式だ。


 「絶対に投げるなよ。もし投げるとしても最終手段にしてくれ。実際に会ったことはないが、噂だけで狂暴性が伝わっているんだ。」


 体をこわばらせてそう言った。


 「まあ、分かったっす。」


 あんまり分かってなさそうだな。


 「ところで、先輩はどうやって来たんですか。後、名前を聞いてもいいっすか。」


 「まだ教えていなかったか。俺は天掛だ。ここにいたことは黙っていてくれ。俺はとある企業に依頼されてここに調査で来たんだが、違法に侵入魔術を使える人間がいるとなると本当に消さなければならなくなる可能性がある。俺は同級生と戦いたいわけじゃない。そうだろ、夕霧。」


 彼は少し怯えたようで、悪いことをした気分になった。


 「そ、そうします。」


 「じゃあ、そろそろ向かおうか。」


 「あそこですか?」


 夕霧が指さした場所はこの花びらまみれの広場の先にある道の終着点になっている所で、桜の巨樹が生えている。目算で100mはあるだろう。


 「そうだ。」


 「そっか~。」


 夕霧は少しだけ嫌そうな顔をした。俺ももう帰りたいんだけどな。

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