桜編
第5話 咲き続ける桜
─四月中旬 夕方 教室─
学校が終わって今日はさっさと帰ってゲームをしようと思っていた。
「ねえ、ちょっといい?。」
先週の黒エルフに話しかけられた。人に話しかけられることが少ないからちょっと緊張してしまう。
「メデアナさん。どうしましたか。」
「この前はありがとう。ダンジョン攻略を一緒にしてくれて助かったよ。ところであの軍服の先輩って藤堂先輩よね?」
「そうですよ。」
先輩はこの魔術学校で卓越魔術の使い手として有名だ。校内の掲示板にも新聞部が話題にしていたりする。
「あの人が藤堂先輩か。なるほどたしかに軍服を着ていたね。」
新聞部は軍服についても取り上げていたな。
「掲示板読んだんですか?」
掲示板はリアル掲示板である。廊下に貼ってあって自由に読める。学校のホームページにも生徒限定で記事が貼られてたはずだ。
「ええ、私新聞部なのよ。ていうか同級生だから敬語じゃなくていいよ。」
新聞部か。危険な魔術学徒の発見に協力しているのではないかと予想している。警戒対象だ。
俺は監視付きの学校生活を送りたくない。二年前のあの日にも思ったことだ。
「そうか、でも新聞部がなぜダンジョンに?」
「新聞部は関係ないわ。私が個人的に攻略していたのよ。」
それは良かった。
「危険じゃないか。武器も体術も得意なわけじゃないんでしょ。この前も先輩に助けられてたよな。」
「いえ、私にはこれがあるから。」
こぶしくらいの大きさの正六角形で白と青で縁取りされた機械を手にしている。これはまさか、
「イージス5500だと。学生が持っていいものではないだろ。値段的に。」
イージス5500とはシールド発生装置の最上位に位置する高級品だ。これがあれば昨日のダンジョンなら十数回は攻撃を受けられるだろう。ちなみに俺が持っているのは昨日だと三、四回が限界だ。
「貰い物よ。両親がね。」
美人で金持ち。羨ましい奴だな。
「なるほどね。それがあれば中級ダンジョンまでは余裕だろうな。」
「そうね。でも中級上位はちょっと厳しかったかな。これまでと同じ感覚でいっていたら怪我ではすまなかったかもしれないわ。初めてで助けてもらって本当に助かったよ。じゃあ、今日はお礼を言いにきただけだから。」
ふと、窓から何かが入ってきた。メデアナさんの紫の瞳にピンク色のなにかが映りこんだ。
「あら、桜じゃない。きれいね。」
桜が満開だったのは十日ほど前のはずだ。もう散っていると思ったが。案外に自然の力は侮れないからからな。まだ少しは残っているかもしれない。
窓の外を見る。
満開の桜が咲き誇っていた。おかしい、あの桜は先週も満開だった。雨も降ったはずだ。
「なあ、あの桜は先週も満開じゃなかったか?」
「そうね。言われて初めて気がついたけれど先週は満開だったわね。私は毎日のように教室から見ていたのに気づかないことがあるのかしら。不思議ね。気になってきたわ。新聞にしてみようかしら。」
ちょっとした違和感だが、まずいな。面倒事の気配がするんだよな。気になるしちょっと調べてみるか。
その後は自然に帰る流れになった。
さて、家に帰って椅子に座った。今回の事態を考えてみる。桜がずっと咲いているらしい。
軽くネットで調べてみたけどそんな話題はどこにも上がっていなかった。しかし、俺は学校の桜の木の根が周囲の整備された草花を絡めとるように破壊しているのを目撃してしまった。あれが自然界で起きていたらどうだろうか。環境問題というやつだろう。
俺も気味が悪くて仕方がないので学校の桜の枝を手折ってに家から侵入魔術でなにかが潜んでいないか確認しようと思った。
早速準備に取りかかろうと思ったが、もう夜だからやることをメモしてから明日から行動しようか。
─次の日─
登校して校内を歩きながら桜を眺めた。流石に朝に人の目がある中で枝を折る訳にはいかない。俺は朝から桜の枝を折っている不審者にはなりたくない。
あきらめて教室で授業を受けよう。
授業が終わった。少し教室に残って人が減るまで待った。直帰勢だから知らなかったんだが、みんな意外と長い間教室に居座るものなんだな。早く帰りたいとか思わないのだろうか。
人が減ってきたので鞄を持って桜のもとに向かう。
この学校の東側は人が少ないのでそこの桜を手折ってこよう、とメモに書いてあった。
この学校は広くて東側の端は物置小屋になっていて人が近づくことは少ない。いたとしても桜を折るくらい気にしないだろう。
桜の枝を手折ろうと手を伸ばす。
しかし、それは阻まれた。
「ねえ、何してるの。」
何か不機嫌な声音で桜に避けられる。
はは、なんで動いてんの。風か?。
「ああー、桜を観賞していたんだ。きれいだからな。」
再び手を伸ばす。
「そうかい、一応言っておくけど折ろうとはしてないよね。」
手を枝で鞭のようにぺしぺしと何回も叩かれる。結構痛い。
桜の様子を観察する。そして気付く。
花にピンク色の淡い光が差している。太陽の光ってわけじゃなさそうだ。
「誰だ。」
手をさすりながら、少し不機嫌に聞いた。痛い。手の甲が赤くなっている。
「誰って桜の妖精さんさ。」
「違うな。もう違うって言ってるみたいなものだろ。あれだろ、桜の怪物さんでしょ。あのな迷惑だから環境破壊やめてくれないか。」
俺はもう面倒だった。できることなら戦闘とかなく帰って欲しかった。というか帰りたかった。
「流石に気付いていたか。でも、ちょっといたずらが過ぎるね。感心しないねぇ、桜を折ろうとするなんて愚か者め。おろかだけにつってね」
声はどこからしてるんだ。気になってよく見ると口っぽいのが木にできている。
「愚かだけ「何が目的だ。」
「無視かい?目的か。察しはついているじゃないかな。我々のような超越個体は異世界への侵略それが主目的だろう。そうさ宣言してやろう。」
初めて聞いたよ。あれは最後にしか喋らなかったからな。
「「我々、桜次元が計画した異世界への概念侵略計画。それは、」」
『アナウンス! エリアチャットが届きました。』
「「『桜ってきれいすぎね、うちの次元みたいに一面桜模様だったら世界平和余裕綽々りんごしゃくしゃくわくわく異世界桜布教計画~~!!』」」
「は?。」
放心、俺の真面目に懸念したことがすべて吹き飛んだ。ベンチに座って落ち着いて考えてみる。
「どうした?座り込んで頭をおさえて。」
桜の怪物さんに心配される。
そして花壇が桜の根で荒れている光景を見て結論を出す。結局迷惑だな。帰らせよう。
俺は無言で桜の枝を折って持って帰った。抗議の声が聞こえた気がするが気のせいだろう。
桜が動いて喋る訳がない。その、はずだ。
学校を出ようと歩く。校門のそばで声をかけられた。
「よっ天掛、今から帰りか?。」
派手な赤髪が目に映る。
「明石か、何か用か。」
「いや、特にない。それよりも天掛の格好が気になってな。なんで桜の枝なんて持ってんだ。」
自分の持ち物を考察する。右手に鞄、左手に枝そうか、不審者だな。小学生と勇者しか木の棒は装備しないからな。
「気にしないでくれ。君は何も見てなかった。そうだよな。木の枝を持って歩く魔術学徒なんて存在しない。そうだ、きっと杖だったんだよ。」
「お、おう。」
機械音、カメラの音かな。横を見る。
あれーおかしいな。なんかこっち向いてね。
「メデアナさん。許してくれ。」
黒髪黒エルフがこちらにカメラを向けていた。
「大丈夫よ。悪用はしない。てかできないしする気もないよ。」
「じゃあ、なんで撮ったの。」
明石が聞いた。俺も同意見だった。
「校門の近くでクラスメイトが話してて、片方が木の枝を持っている。そんな面白い場面撮るしかないでしょ。」
ニッコニコの笑顔で言い切った。
写真を撮られるのは苦手だ。笑顔が上手くできないとかそういうんじゃなくて、自分が写真を撮られているという他人からの注目が気になって仕方がないのだ。いや、笑顔も下手だけどさ。
「消してくださいスクープになりかねません。」
「何の?」
「俺の。」
間を置いて、二人の笑い声。
「素直に消そうと思ったんだけど消したくなくなってきたかも。」
「あはは、大スクープになっちまうな。」
笑いやがって、まあいいけど。
それから三人で少し雑談をした。
「じゃあな。」
「さようなら。」
「ああ、お疲れ。」
少しトラブルもあったが無事に枝は回収できた。ちなみに写真は消してくれた。
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