第2話 放課後インスタントダンジョン
―四月某日午後―
今日も無事に授業が終わった。というわけで、今日は行きましょうか。どこにってそりゃダンジョンですよ。そう考えながら静かに鞄を持って教室から出る。
夕方になる少し前ほどにダンジョン組合に着く。組合は普通の街中にあり、内装は受付と待つための椅子が並んでいた。閑散としているが、探索中はここにはいないし待ち合わせと受付以外にここには来ないので混むことの方が珍しい。
窓口が複数ある。女性の受付は気が引けるが整理券次第では女性のもとに行くこともある。今日はおじさんだった。
おじさんにダンジョンに行くことを伝えると、免許証の提示を求められる。ポケットに入れておいたそれを見せる。
「確認しました。じゃあ、今日もがんばってな。」
どうやら一年間通ったことで顔を覚えられているらしい。なんともいえない感情を覚える。恥ずかしいのか、これは。
少し歩き、侵入装置の前に立つ。正方形で縦横5mくらいある金属の囲いだ。白で塗装されていて、最新設備という感じがする。やけにでかいのは巨人の血が入っている人のためなんだろうな。詳しくは公開されていないので知らないけど。
「今日もインスタントダンジョンですよね。」
インスタントダンジョンは一階層しかない。そもそもダンジョンとは怪物の巣だとか、異世界からの侵略拠点またはその両方など様々な推測がされているが、正体は不明。放置すると街の外に怪物が現れる。それまでに観測されたダンジョンに侵入して、管理者いわゆるボスを倒す。出現までの期間は大体三か月だったはずだ。
インスタントダンジョンとは小規模で三時間あれば攻略可能とされるものであり、大量に観測されるので軍が人員不足だったのか、政府は一般の人でも免許を取れば攻略許可を出した。その一般向けの侵入装置を置いたのがダンジョン組合である。
「準備できましたか。」
「はい。」
シールド発生装置であるお守りは持っている。武器はいつでも異能で取り出せる。マナは十分に満たされている。
「3、2、1 レバー引きました。」
慣れているのか気の抜ける合図だ。
囲いに黒い霧のような何かが薄く張る。
『レッツゴー、ダンジョンアタック』
囲いから音声がする。日替わりであり、今日は女性の声だった。完全に悪ふざけだよな。この声は。作った奴に文句を言いたくなる。
霧に向かって歩く。近くで見ると、霧ではなく空間の歪みであること分かる。そしてそれを通りぬけると、
「草原か。」
草原型だ。膝くらいの植物で満たされている。太陽のようなもので明るい。どこからか風も吹いている。草原は不意打ちの可能性がほぼないので楽だ。環境も人に適しているので、適応魔術を使う必要もない。
周囲を警戒しながら歩く。遠くからでも見える巨大な扉がボスにつながる道なのでそれを目指す。怪物を見かけるが、戦闘はしない。利益がないからだ。報酬は組合から攻略ボーナスとボスドロップだけだ。ゲームみたいにレベルアップってわけでもないからな。死体も塵になって消滅するし、売ることもできない。
見かけるのは羊と鶏人間とスライム。羊は攻撃してこない。スライムは動きが遅くて追いつかれない。どちらも無視していいだろう。機動力もあって攻撃してくるのは鶏人間だけだ。
観察すると羽毛に包まれた体で手足は鶏のものだが、翼は退化したのか腕に申し訳程度についている。そして人のような手には木の棒を持っていた。
一時間ほど歩くとボス部屋に繋がる扉に辿りついた。
ボス部屋に繋がるのは扉しかない。室内型でも室外型でもその他であっても扉だ。巨大な両開きの扉。門とも呼ばれることがあるらしいが聞いたことはない。
周囲には鶏人間が二匹いや、二人?いる。戦闘は避けられないだろう。異能を使い武器を取り出す。約2mある金棒だ。3:1くらいで本体と持ち手に分かれていて、四角柱の本体には面と先端に大きな棘がついている。右手で持つと重みを感じるが、ここ二年間の訓練により手に馴染む。
近づきながら魔術を構成する。左手が紺色に輝く。敵がこちらに気づいて棒をを振り上げ、奇声を発しながらこちらに走ってくる。気の弱い奴が見たら一緒に奇声を上げてしまうほどの光景だ。
無言で魔術を放つ。左手の紺色の魔術式から同じ輝きを持つ尖った結晶が飛んでいく。命中した結晶は一匹の胴体に風穴を開けた。
接近したもう一匹が棒を振り下ろす。それに合わせて斜め右前にステップして避ける。同時に両手持ちにし金棒を振り上げ、降ろす。鶏人間は咄嗟に棒を横にして防御するが、金棒の圧倒的質量により折れてそのままの勢いで金棒はそのまま頭を砕いた。
死体が灰色の塵になり霧散した。頭を砕いたときに飛び散ったピンク色の血液さえも消えてなくなり後には何も残らない。
「よし。」
武器をしまい、周囲をもう一度確認してから扉に近づく。
扉の前に着いた。ボスは階層の雑魚とはレベルが違う。武器を持って立ち回るのは一人では楽じゃない。よって、初撃にて勝負を決める。
扉を両手で押して、魔術を構成し始める。扉は一回押すと勝手に開いていく。橙色の魔術式が伸ばした両手の先に五つ現れる。
そして扉が開いた先には、
特大スライムだ。ボスの怪物はその階層で見かける怪物の巨大化であることが多いと言われているが、今回はスライムだったな。
緑色のスライムだが、別に毒はない。体はゼリーのようにプルプルしている。表面には草が張り付いていて、ちょっと触りたくはない。
彼方との距離は10mほどで、奴のサイズは2mくらい。ボスにしては小さいかな。まあ、この距離ならば十分に射程範囲内だな。
魔術を放つ。橙色の魔術式五つから爆発的に炎が溢れる。
スライムに着弾。その威力に全身が飛んでいく。草原の遠くで焦げて塵に変わっていくのが見えた。
ボス戦攻略完了である。来た時と同じ黒い霧が入ってきた扉に薄く張っていく。その前に宝箱がいつの間に出現している。
俺は喜んで宝箱の前にいく。箱は赤と金で装飾されていていかにも豪華そうだ。
「何かいいもの出ろ、出て、出てくれ。」
開けた。これが罠だったことは一度もない。罠だったという話も聞いたことはない。
「これは
箱に入った饅頭だった。まあ、いつもこんなものばかりだ。知っているものなだけましだろう。そういうことにした。霧でさっさと帰るか。
「おかえりなさい。ここはダンジョン組合の帰還室です。怪我はありませんか。」
帰還室の係の人が話しかけてきた。
「ないです。」
怪我をしていると医療術士を紹介してくれる。されたことないけど。たしか近くの別室に待機していたはずだ。
「よかったです。では、受付で報酬を受け取ってください。」
「中級インスタントダンジョンに向かっていた天掛です。攻略をしたので報酬を受け取りにきました。」
「収集品の提示をお願いします。」
「はい。」
箱に入った饅頭を提出する。機械の上に箱が置かれてスキャンされる。饅頭の箱がスキャンされているのはシュールだった。
何をスキャンしているのか聞いたことがあるが係員も詳しくは知らないらしく機械の製造元しか把握していないようだ。
「確認しました。報酬を受け取ってください。」
「ありがとうございます。」
報酬でお金と饅頭を受け取った。時計を見ると二時間ほどが経過していて、外は暗くなっている。帰るか。
―後日 学校の図書館―
「委員長はあなたで決まりね。」
放課後、今日は図書委員の集会があった。委員長は眼鏡の二年生の女子がなった。
「えー、委員長になりました
背が低く眼鏡に黒髪のショートカット。顔も悪くない。委員長向けだな。
集会が終わり、今日はそのまま当番だったので図書館に残った。人が少なかったので休憩スペースでもう一人の当番と雑談をしていた。
「委員長、饅頭ありますよ。食べますか。」
「はあ、もらう。」
俺は去年からの知り合いでダンジョン饅頭の安全性を確かめることにした。箱のパッケージの賞味期限は意外と長かった。大丈夫、きっと彼女は胃が強い。
「おいしい。どこに売ってたの。」
お気に召したらしく笑顔で質問をされた。しかし素直に答える訳にはいかないのだった。
「いや、非売品なんだ。うん。」
うまいのか、家で食べよ。
「えー残念。でも饅頭で非売品ってどういうこと?」
「どういうことなんだろうな。俺も貰い物でよく知らないんだ。」
「そう。」
まずいな。危うくばれるとこだった。こいつ見た目は子どもだが知能はしっかり同学年なんだよな。
「はあ、にしても委員長なんて面倒なことをやるなんて最悪だよ。天掛は何も言わずにこっち見て座ってるし、少しは助けてよ。」
確かに見ていたが、ばれてたのか。よいしょして機嫌をとることにする。
「まあ、いいんじゃないか。それだけ頼られてるってことだ。」
「思ってないくせに。」
「どうだろうな。適材適所だと思うけどね。」
実際、去年見てた感じでは真面目に仕事をするタイプに見えた。委員長に向いているかは分からないけど、何事も経験した方がいいとは思う。適性があればそれでいいと考えてみるが、所詮は結果論で他人事であった。
「しかし、俺がやるわけにはいかないだろ。」
「わかるよ。天掛って委員長ってキャラじゃないよね。」
俺の性格を読み切ったかのような断言であった。
「ひでぇな。普通はやりたがらないだろ。」
「だから嫌がってるんだよ。はぁ。」
結構、本気で嫌がっているようだ。
「ははは、がんばりたまえよ。木手くん。」
「私を煽る奴にはいつか天罰が下るんだよ。下ればいいの。」
目にハイライトが無くなりこちらを見ているようで視線の先は分からない。
はは、怖い怖い。人の苦しむ姿になんともいい感情を覚えると同時に少しばかりの罪悪感を感じる。だが、本当に少しだったのですぐにそんな気持ちは無くなった。
「委員長、当番の時間は過ぎているし俺は帰るよ。」
「さようなら。私は本を借りてから帰るから鍵は返しとくね。ああ、饅頭ありがとうね。おいしかったよ。」
その日、家に帰った俺はキッチンでお湯を沸かしてからお茶パックを使ってお茶を入れ、饅頭を食べた。おいしかった。
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