第十四話
秋花が首を狙った攻撃を躱すと、邪碑は彼女の刀を切り砕いた。
「チッ!」
「お死に!!!!」
万事休す……かと思われたその時。
「ウォ“ラ“アアァア!!!!」
切りかかる邪碑の刀を白刃止めしようと構えたその時、秋花の背後から野生味帯びた怒声を上げながら、素戔嗚が邪碑の顔面に飛び蹴りした。
蹴りを真正面からまともに受けた邪碑は、まるでスーパーボールの如くバウンドしながら遠く飛び跳ねて行った。
「いつまで独り占めするつもりだ!」
「あーあ。邪碑かわいそう。殴られすぎて原型留めてないですよ、きっと。同情はしませんが」
「百足でないなら貴様が始末を担う義務はない。それに、【あんな玩具】で武神に喧嘩をふっかけるその度胸、気に入った!!」
漸く自分でも遊べる相手が見つかった嬉しさのあまりか、ついに素戔嗚の我慢の限界値が超えたようだ。
「俺の暇潰し相手に指名してやろう!!」
指名が入った邪碑にはもう、チェンジはできまい。飛んだ邪碑の後を追い、素戔嗚も砂埃舞う中へと走って消え去って行った。
彼を真によく知る神は、彼の神使が代わる度に密かに伝えている注意事が一つある。
____『彼の神に、暇を与えてはならぬ』
暇な時間は素戔嗚にとっては、まさに鬼に金棒も同然であった。彼の究極の暇つぶしは、最強の武神の名にふさわしい『殺し合い』。
扱いの中で最も面倒なのは、好奇心の強さとその破天荒さから厄介事に巻き込ませない事に加え、暇な時間を与え過ぎてはいけないため、適度な仕事量を常に与えなければならない。
なぜなら、彼は暇つぶしに「手合わせ」と称し、自分の神使を付き合わせて殺してしまう。それ故、素戔嗚の神使は代替わりが激しいことで、神々の間では有名である。
(邪碑の手榴弾の意図に気づいていない。それどころか進んで面倒を担って下さるとはむしろありがたい)
「芽々」
合図に指で障子を軽く突くと、例の如くあの目がスッと現れた。
「終わったー? 瞬殺じゃん」
「素戔嗚尊が廃品回収してくれました。それより倉庫から替え刃を。刀を折られました」
「あーマジ? じゃあ七に取りに行かせて、どっかで待ち合わせすっか。ちょ~っと急ぐぞ。状況があまり芳しくない」
「神害が出始めているのですか?」
「天狗に避難誘導の指示出してるから今んとこ犠牲者はいないが、時間の問題だな。このままじゃ上の神議場に一挙に集められて、奴等の食い放題バイキングになりかねない」
するとその時、話を止めるように恵那和が秋花の肩を掴んだ。
「少しばかり状況整理することをお勧めするよ」
「まだ避難していなかったのですか?」
呆れたように言う秋花。
「何故戦犯が誰一人として姿を現さない」
「え?」
「芽々とやら。君は自身に『死角はない』と言っていたな? 中で戦犯の駒らしき者は何か見つけたか? 外でもいい」
「外の状況は聞いている限り、怪しい人物の報告はない。中は邪碑以外に敵の姿は確認されていない」
「では潜入している二人の行方は?」
「それがさっきから姿が見えねぇんだよなぁ。俺の視覚範囲で不審な動きは逐一共有するようにしているが、中も混乱状態とはいえ俺の目を持ってしてでも探し切れねえってことは、もうどこかにトンズラしているかもな」
「『視覚範囲』……ねぇ。つまり『俺に死角はなし! なんつって』は、字義通りではないと見受ける」
「あらやだ兄さん、鋭いなー。だって、この御殿内では目を作らせてもらえない場所があんだもん」
意味深な芽々の言葉を、恵那和は瞬時に読み取り理解した。
「僧正坊の囲い部屋か」
「地下の奴隷部屋とその周辺は聖域扱い。世話役にある例の二人と烏水くらいだ、出入りが許されてるのわ。そこで何かされてたら、さすがの俺だって把握しきれねぇ」
「ともすれば何か変だとは思わないか?」
先ほどから二人の会話に沈黙を貫いていた秋花に話を振った。
「知りませんよ。頭脳戦は得意じゃないので」
「私なら、百足を殺せる君達を真っ先に潰して、混乱に乗じて僧正坊を殺すだろう」
「!」
「此度の戦犯は、君達もすでにお察しのとおり烏合の仕業だろう。天狗界で僧正坊に正面から喧嘩を売るような真似は彼らしか考えられない。恨みをもつ彼らは、本当は真っ先にあの爺さんの首を狙いたい所だろうが、あの太郎坊がいてはそれは叶わない。しかしそれでは、百足を放ち、今神を狙う理由には足らない」
恵那和の言うとおり、一度目の百足の侵入の時点で秋花達は烏合が動き出したことには勘づいていた。
そもそも、最初に一匹だけ百足を入らせた理由は?
今回も中ではなく、意味なく外に人員が必要なほどに百足を出現させ、何故中は秋花一人で事足りるほどの数しか入れない?
世話人の動きだって、この混乱に乗じてなら僧正坊の首を取る良い機会だろうに、何故目的が定まらない動きをするのか。
目的が見えにくく、かつ非効率な動き。そこから考えられることは……
「まさか、時間稼ぎ?」
秋花の呟きに、芽々はハッとした。
「そうか! ヤバ! カー!全ッ然気づかなかったー。こりゃ手遅れだ」
「手遅れ?」
「俺の能力は建物の外では使えない。外の情報を得るにはお嬢も知ってるとおり、見張りをつけて情報を寄越してもらうしか方法がないのだが……外に残した人員が手先だとしたら?」
「!」
「どおりで外がヤバい割に負傷者の連絡が来ないわけだー」
「しかし、芽々の監視を掻い潜って一体どうやって」
「ちょっと頭捻りゃあ簡単な話、侵入してたのは四人だったんだよ」
「では残り二人はどこから?」
恵那和が聞いた。
「俺の情報詮索は完璧だ。だからすぐに二人の侵入者を割り出せた。しかし、どの情報録にも載っていないとなると、一番考えられるのは1つ。恐らくいるんだろうなぁ。脱獄を防ぐための中を見張る天狗が!」
それなら辻褄が合う。どんな者でも、芽々の情報網を切り抜けられる者はそう簡単にはいない。しかし、そもそも存在を知られていないとなれば別の話。
恐らく、幼少期から僧正坊の言いつけを守る事が当たり前となっている天狗達は、気にすることすらしなかったはずだ。近づくことすら許されない鍵付きの部屋に、守衛が充てがわれていることに。
「死角を見つけるのは楽しいねぇー。いやでも、俺の能力の特性をここまで把握しきってるやつぁ、烏水とあいつしか……!」
思い浮かぶは、たった一人。そして、その男の顔が思い浮かんだ時、芽々は目を通してとある光景を見た。
「お嬢、素戔嗚の後を追え!今すぐに!」
焦った様子で秋花に命令する芽々。目だけで伝わってくる焦り様に、秋花も胸騒ぎがした。
天狗界で裏方を担う芽々は、表にほとんど姿を現さない。元々引きこもりを好む彼の性格上の問題もあって、秋花達に用意された部屋とは別の部屋で外界を見ている。秋花達でさえ、天狗界に来た時にいつも彼がどこの部屋で引きこもっているのか知らない。
芽々の存在を知っている者自体がかなり限られることであり、況してや彼の能力の欠点を知っている者は、2人しかいない。
現秋花達の契約主である僧正坊の代理を担う烏水と、その元代理を務めた……
「四郎兄!!」
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