第十五話

 秋花が芽々に言われた通りに素戔嗚尊を追った先、彼女がサザエ回廊で見た光景は、頭から血を流す素戔嗚尊と対峙する顔面ピアスだらけの妖と、殴られすぎてボロ雑巾と化した邪碑を担ぎながら後方で二人を静かに見守る、白髪の天狗。


 この白髪の天狗こそが、四郎のあだ名で呼ばれていたかつての四郎坊。その正体は、第1562代目 僧正坊になるはずだった燈火。つまり、この騒動を起こした張本人だ。


「その呼び名……もしかして秋花かい!? 大きくなって! 息災だった?」


 嬉しそうに目を輝かせながら、屈託のない笑顔で久々の再会を喜ぶ燈火。しかし、四郎が御殿を追放された4年越しの再会は、決して感銘を受ける時間とはならなかった。


「それより答えて下さい。何故貴方がここに?」

「邪碑を迎えに来たんだ! ボロボロでも死んで死体になろうとも肉体が顕在している限り、支払った代金分は役に立ってもらわなくちゃ」

「戦闘要員、という目的で雇ったわけではないということか?」


 一緒に付いてきた恵那和が四郎に尋ねた。


「これはこれは恵那和様」

「答えよ、燈火殿」

「そう焦らずとも、後で分かりますよ。今はそんなことよりお互い他にやるべきことがあるはずだ」

「我々としては、貴方を捕らえることが出来れば一気に仕事が片付くのです」

「それは本当かなぁ?」


 イマイチ掴み所のない四郎は、意味深にそう聞き返した。


「あの秋花が、もしかして中の状況だけを見て判断してない?」

「……やはり、外にいる菫達に何かしたのですか?」

「少しばかりウチに遊びに来てもらうことにしたんだ! まだ喋ってないけど菫も元気そうだったね!」


 穏やかにそう伝える四郎の話を、秋花は至って落ち着いて聞いていた。大事だと言っていた家族を連れ去られた割には、動揺を見せる様子はない。


「どこに?」

「思い出の場所へ。ヒントは、ここで1番楽しかったことを思い浮かべてご覧。秋花なら、きっと分かる」

「思い出の場所……?」

「ロマンチックだろ? いやでも、宝探しみたいだからどちらかと言えばアミューズメントに近いのかなぁ?」


 天狗界で自身の一番楽しかった思い出がないわけではない。しかし、それがどう四郎に関係するのかが、秋花には分からなかった。

 ここに来て、秋花が想う時間は一つや二つではない。その中に四郎との思い出も少なからずある。しかし、四六時中彼と時間を共にした訳ではもちろんないし、一番を選べとなると、正直、四郎には全く関係がない。


「待って下さい! それじゃヒントに」

「じゃあ、一足先に向こうで待ってるよ」


秋花の静止を聞く気など見せず、天狗ご自慢の翼を大きく広げた。


(マズイ!)

「あ、そうそう。これから中にも百足を投入するから早く始末した方がいいよ!」


 天狗の飛行には、大きく個人差を伴う。スピードが速い者、遅い者。速くても飛行距離が短い者やその逆、高く飛べない者など本当に様々だ。

 今の天狗界で一番速く飛行することができるのは烏水だが、昔は、スピードだけでは四郎が群を抜いていた。


「鏡月、引くよ」


 その大きな翼で、誰も近づくことができないような強い風を巻き起こしながら、四郎は素戔嗚の相手していた妖も回収すると、一瞬で御殿の外へと飛び出した。


「クッソ! 逃げられた」


 戦いに夢中になっていた素戔嗚は、目の前で獲物を奪われてしまい、かなりイライラしている様子だった。


「珍しいな、素戔嗚が妖に苦戦するとは」

「あの妖、俺の力を映していた」

「どういうことだ?」

「奴は自ら鏡の付喪神だと言った。奴の能力は投影。あいつは私と同じ実力を再現して戦っていたのだ!」

「それはつまり、二人の素戔嗚が戦っていたと?」

「そうだ! ちょうど盛り上がっているところを邪魔したな!」


 思った以上に厄介な能力ではあるが、素戔嗚を足止めするには正にうってつけの能力だろう。彼に敵う者など早々見つからない。何者かに暗殺を依頼したところで断られるのがオチだろう。

 誰も敵わないならば、自分以上に強い者にあったことがない素戔嗚にとって、自分という敵は強敵になるはずだ。


「なんとも用意周到ですね」

「クッソ!」


 悔しさを全面に出しながら、素戔嗚は急にどこかに向かって走り出した。


「素戔嗚! どこへ行く!」

「奴を追いかける! 生殺し状態は嫌いだ!」


そう言って、素戔嗚は四郎の後を追い、一人外へと飛び出して行った。


「あーあ。ま、一度ああなってしまえばもう止められまい。悪い癖が出たな」

「放っておけよ」

「わっ!」


 突然背後の壁から芽々が現れ、その一喝に思わず恵那和の体がビクッと跳ねた。


「お嬢、急げ! 神議場で七と合流しろ!」

「そうだ! もう時間が」

「大丈夫です。奥の手を使いますので」


 そう言って秋花は、これまでずっと着けていた能面を外した。

 天狗に関わって8年間で、秋花は初めて公然で素顔を晒した。


「さて、行きましょう」

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