第十二話
バキン!!!!
『ヌヒャヒャヒャヒャひゃーーーー!!!』
独特の嗤い声と共に空から降ってきた百足。彼女が狙いを定めたのは、大好物な匂いを放つ二神。
「俺とやる気か? 化け物!!」
「よせ、素戔嗚!」
刀を抜き、素戔嗚は即座に臨戦態勢に入った。戦場に立つ時と同じ、満面の笑みを浮かべている。
しかし、いくら彼が勇敢にやる気に満ち溢れていようとも、彼がどれだけ強い武神だろうとも、百足に神の攻撃は効かない。
馳走に向けて一直線に百足の手共が彼らを捕らえようとした時だ。
ブッシャアァァァァアァアー!!!
喉元から噴出する赤黒い血。そしてその後に落ちる、百足の頭。
「勇敢に立ち向かわれるより、怖気付いて逃げられる方が有難いのですが」
「お見事です、お嬢!」
黒羽根が舞う中から、血塗られた刀を収める秋花。
「秋花、ありがとう」
「チッ! そもそもてめぇらが今年の管理を怠ってるから百足がまた侵入したんだろうが」
「何も知らないクセに揚げ足取りは一丁前ですね」
百足の手柄を横取りされ、如何にも不服な表情をしながら文句を吐き捨てる素戔嗚尊。
だが彼の文句のとおり、今まで、一度たりとも百足の侵入を許した事はない。秋花達の言い分としては、今年も例年の警備の態勢と変わらないわけだが、何故今年に限ってこんなにも百足が侵入してしまうのか……
「百足出たの? 倒した?」
「骨牌」
騒動が落ち着いたのを見計らい、部屋の中から骨牌が顔を覗かせた。
「気づいていたのなら加勢なさい」
「けっ! そっちこそ、前線にいたならちゃんと役に立ったんでしょうね? まさか、大の男が3人いたのにお嬢一人でやっちゃった、な~んて情けない有様じゃないわよね?」
骨牌に物の見事に言い返された挙句、図星をつかれてしまい、輝と恵那和は若干気まずそうな顔をしている。
しかし、ここまであからさまな嫌味を言われても素戔嗚に至っては、「俺の取り分を横取りして独り占めした小娘が悪い」と、骨牌の渾身の嫌味を汲み取らずに屁理屈を言い返した。
「そもそも、貴様らの警備体制に問題がなければこんな事態にもならぬはずだ」
「我々に非があるとお思いで?」
「現にそうだろう? でなければここまで百足の侵入を許すはずがない」
悔しいが、素戔嗚の言う事は間違っていない。この短い期間で何度も百足の侵入を許したとなれば、秋花達の責任問題が問われるのは必然。
しかし、先も言ったとおり、秋花達はこれまで一度も御殿内に百足を侵入させたことはない。それも、サザエ回廊など比較的入り口付近ではなく、こんな御殿の奥まで侵入し、誰も気づく者がいなかったとするならば……
「尤も、手引きしたバカがいりゃあ話は別だがな」
「そうなると殊更侵入したのは一匹だけとは限らぬ。目は多いことに越した事はない。私も手を貸すから、手分けし」
「結構。それより、神は上に避難して下さい」
恵那和の協力をキッパリと断り、秋花は避難を促した。
「骨牌、中の皆にいつでも動けるよう準備を。それと、太郎坊への報告と上から2人ほど監視できる者を寄越すよう伝えて下さい」
「分かったわ」
聞く耳を持つ気などなく、手慣れた様子で妖達に指示を出し、それに即して彼らも動き始める。
「ちょっと秋花!」
ムキになった恵那和は、秋花の肩を掴んだ。しかし、すぐに間に介入してきた硬い手に振り払われた。
「聞こえませんでしたか? 作業の邪魔になるので来るなとお嬢が言っているのです」
「ハッ! テメェも斬れねぇクセによく言う」
素戔嗚が輝に言い返した。
「私は、お嬢のサポートがありますので」
素戔嗚の一言に表情を曇らせながらも、輝はそう言い返した。
「なら私も使え」
「何をバカなことを。彼奴等に狙われるあなた方がいた所で喰われやすくなる危険性が高まるだけ」
「それが狙いだ」
「まさか……!」
恵那和は百足にとってこの上ない馳走であり、抵抗をする術を持たない神がいたところで、実質百足を退治する上では全くの役には立たない。
だが、それはあくまで百足を実質的に始末する場合のこと。百足の位置や数が把握できていない今、神の特性を逆手に取ればわざわざ探さずとも、百足を誘き出すことができる。
「自ら生贄になるのですか?」
「囮と言ってほしいな」
「見返りは?」
「『見返り』?」
「自らの安全を投げ打ってまで、素性知れぬ妖共に協力する貴方の目的は何ですか?」
「……ぷっ!」
尤もな秋花の疑問に、恵那和は突然吹き出して笑った。何がそこまでおかしいのか、その場にいた全員が理解できなかった。貴神らしからず腹を抱え、大きく口を開きながら笑う彼を見て、素戔嗚でさえも不思議そうにその姿を眺めていた。
「確かに! 言われてみれば……フフ! 当然の疑問だ!」
「ちなみに今の会話でどこが笑えたのかも疑問です」
「いや、自分の盲目さに今気付いて」
「は?」
「こっちの話だから気にしないでくれ。で、見返りだっけ? 考えとくよ」
「別に無理して考えて頂かずとも、無料でその御魂を売って頂けるなら有効に使いますよ」
「お嬢、いけません。無料より高い物はないと言いますでしょう? 安易に神に借りを作るようなことはお控え下さい」
「別に後出しをするつもりはないさ」
「どうだか」
すでに犬猿の仲となりかねない、ピリついた空気感。輝は完全に敵と見做したようで、彼の言葉を信用しようとする姿勢が微塵も感じられない。まあ、初見の印象と言い、大好きな秋花への態度といい、諦めの悪さといい、面識を持ってまだ間もないとはいえ、今のところ輝が恵那和に対して良い印象を持った瞬間がないから無理もない。
そんな空気の中……
「俺も着いてくぜ~。逃げるより面白そうだ」
空気が読むことができず、状況を顧みずにただ自分の要求を押し通そうとする素戔嗚。
「足手まといだ。神共はとっとと尻尾巻いて逃げろ」
「「「「!!」」」」
するとそこへ、突然会話に横槍が入った。声のした方に振り向くと、秋花達の部屋の障子一面に一つ目が現れた。
「芽々」
「お嬢、百足が出たのにまだこんなところで油売ってたのかよ」
芽々は単眼望遠鏡の付喪神であり、踏み入れた場所であればどんなところでも監視の目を送ることができる能力を持つ。今は大量に目があるため気持ち悪さが勝るものの、よくよく見ればその目は水のように限りなく透き通った水色の瞳に、伏せた長いまつ毛、切長で涼しげな目元をしており、一目だけで判断するならば、誰もが美女を想像することだろう。
それでも、声の低さと野太さから彼が男であることがすぐに分かる。
「侵入経路の封鎖は千代と馬頭に任せた。あと空の人員手配サンキュー。これで俺に死角はなし!なんつってww」
彼の監視の目の数は量産可能であり、主に情報収集及び人員配置の指揮を執る役割を担っている。
「あの二人を選出したということは侵入経路は下の閉鎖した入り口ですか?」
千代は相撲が身につける廻しの付喪神、馬頭はダンベルの付喪神で、二人とも妖内きっての巨漢であり剛体である。動きこそ鈍いが、力の面で言えば敵うものはおらず、首を狙っても刀の方が折れてしまうほどに強靭な体をしている。馬頭に至ってはその名から想像できるように、馬の如く超広角視野の持ち主であり、門番に適する者は彼ら以上にいないだろう。
「まあな。資料漁ると4年前からの新メン二人が手引きしてたわ」
「なぜ止めなかった」
恵那和が芽々に言った。
「俺は見えるだけで戦闘向きじゃねぇ。それに俺がやられたら、こいつら統制取れないから全員絶対死ぬよー。俺がいないとみんなダメダメなの。で、だ!こっからだが、まず天照の倅と戦闘欲求不満野郎は上に避難しろ」
「は!?」
「お前らが餌にならなくても、もっと有効的な炙り出し方があるから必要なし! はい次~輝。お前は中向きじゃねぇ上に、今外は中よりごった返してる。新たな侵入を防ぐのに人員割くから外行け。骨牌もさっき向かわせた」
「分かりました」
相手が神であろうが諸共せずに、芽々は異議を問わせない形で理由を付けて手早く指示を出した。
輝に至っては芽々の指示に素直に従い、即座に外へと向かった。
「次~。お嬢はそのまま中担当。七と合流させっから案内しまーす」
「はい」
「あー……と思ったが、先客だ。すまん」
「!」
芽々がそう呟いた途端、秋花の真上の天井が再び大きな音を立てて崩れ落ちてきた。
「秋花!」
「お嬢、そいつ終わったら声掛けてくれー」
襲われている秋花の心配を余所に、芽々は薄情にも姿を消した。
砂埃が立って様子が秋花の無事が確認できない。天井がパラパラと崩れるせいで、音も聞き取りづらい。手出しができず砂埃が止むのを静かに待っていると、その後ろ姿のシルエットが段々と浮かび上がってきた。
「おやおや」
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