第十一話
______西棟、中宴の間。
中から妖達の賑やかな声が聞こえる外で、恵那和は1人佇んでいた。
彼が引き戸に手を掛けようとした、その時だった。
「おやおやおや」
「!」
「恵那和様ともあろう方が、側人も付けずにこんな所彷徨いていらっしゃるとわ」
刀の持ち込みが禁じられているこの御殿内で堂々と帯刀し、1人の男神が我が物顔で歩き近づいてきた。
大袈裟な口調でどこか馴れ馴れしく恵那和に話しかけるこの神は……
「道にでも迷われたので?」
「白々しいな、素戔嗚。どうせ私の後を付けてきたのだろう?」
「暇なんだよ」
彼こそ、天上界きっての戦闘強 武神 素戔嗚尊。天照大御神の実の弟にして、恵那和の伯父である。
顔や着物の隙から見える筋肉質な肉体に目立つ古傷や、常に開きっぱなしの瞳孔は相対するものへの圧となり、型にはまらぬ傍若無人な振る舞いは素戔嗚自身の強さを知らしめ、好奇心が募るものへの勘の良さと、執着の強さは周囲の警戒心を募らせ、恐怖を増長させる。
彼が姿を現そうものならば、普通の神であれば指一本動かすことさえ躊躇ってしまう。彼の刺激になる一切のものを取り払い、嵐を起こさぬよう全神経を巡らせるため、時には彼が去った後に緊張が解けて気絶する者もいたことがある。
「最近可愛い甥っ子が珍しく何かを嗅ぎ回ってるようで。それもどうやら、百足を斬る妖との接触にも成功したようで」
「危ないところを助けてもらっただけだ。今は上で軍部の神議の最中なはずだろ。天門(天狗界と天界を繋ぐ入口)開放後の各々の守衛体制の見直しで、貴方も出席のはずだが?」
「ああそうだとも! だが、口喧嘩は性に合わん。つまらん会議で居眠りするより、その百足を斬れる妖とやらで暇を潰した方が暇が過ぎるのも少しは早かろう」
「貴重な戦力を己が遊戯に扱うな」
「心配性ですなぁ~、恵那和殿は。百足を斬れるのだ! 軽く叩いただけで壊れるわけがあるまいて」
淡々と切り返す恵那和とは違い、素戔嗚の気分はノリに乗っていた。早くその暇潰しで遊びたいと言わんばかりに、口調が早くなり、表情も興奮した目つきで期待に満ちていた。
「気持ちが昂ると力のコントロールができない理性の低さをいい加減自覚しろ」
「恵那和様こそ、鏡で嘘の吐き方を確認した方が良いぞ」
「なんだと?」
「何か悪いこと企んでんだろ? 伯父さんに言ってみな?」
取ってつけたような満面の笑みで催促をする素戔嗚。
「馬鹿らしい。鎌かけても無駄だ」
「鎌じゃねぇよ」
そのため、彼のメッキが剥がれ落ちるのも早かった。
「こちとら核心持って忠告してんだ」
素戔嗚は頭を使う事が苦手だ。やり取りは常に場当たり的なものばかりで、自分の興味のあることや目の前のことしか考えられない。組織に向かない彼は、非戦闘事は全て周りを巻き込む事でトラブルを乗り切ってきた。
こんな傍迷惑で頭の弱い神が、何故今日まで神々の社会で生き残り、人間達に名が知れ渡るまで有名になれたのか。
その理由は、動き、目線、感覚、匂いなど……微細な変化を直感的に捉えることに長けている彼の天性とも言える野生の勘の良さにあった。
問題解決においては障害にしかならない男であるが、問題の掘り起こしにおいては誰よりも群を抜いており、大御神の弟としてではなく、一人の武神として未だ重宝されているのである。
「なにを企んでやがる。こん中にいる野良共と、何をするつもりだ」
問い詰められても、恵那和は沈黙を貫いた。
「さっき天狗からの情報提供があった。どうも天狗の成り損ない共が動き出したようだ。それに乗じ、野良共使って恵那和様は悪巧みする……なーんてことはないよなぁ?」
人の感情を逆撫でしにくるのがなんと上手いことか。平静を貫くつもりが、思わず恵那和は彼を睨みつけてしまった。
「恵那和様も分かってんだろ? 天狗との関係は常に首の皮一枚状態。疑わしきも罰する方針を取らざるを得ない状況なのだ。俺みたいに他の奴らに変な目で見られたら、困るよなぁ?」
他の神々にも、同じように堂々と脅迫しているのか。ここまで確実に相手の図星を突いて、脅した相手から無事に帰って来れているのは、素戔嗚だからなのだろう。『貴方の秘密はすでに私は握ってます』と態度にはっきりと出せば、相手が悪ければ殺されてもおかしくはない。
まさに、ただの武神に止まらない強さと、素戔嗚の性格だからこそ、下手で安請け合いな脅しでも百発百中で無事でいられたのだろう。
「あの~」
「「!!」」
話に夢中になっていた二人の殺伐とした雰囲気の中、妖の輝が障子の隙間からぬっと顔を出して、気まずそうに割って入ってきた。
「尋ねもせず、神が廊下で立話されると気になるので場所を変えていただけませんか?」
「誰だ貴様。いつからそこにいた」
「貴方こそ誰ですか?」
「ハッ! 俺を知らねぇとは野良のわりには随分と呑気な野郎だな」
「こちらの疑問に対して皮肉と侮辱で返すような著しく疎通性が欠如した神は、残念ながら存じ上げません」
「はあ?! 死にてぇのか!」
「おや、自覚がない? それはそれは余計な口を滑らせてしまったようで」
恐縮な態度は取っているものの、輝の素戔嗚に対する態度に悪びれ感は全く感じられない。
「確か輝と言ったな。秋花はいるか?」
「お嬢は出かけています。要件なら私から伝えます」
「会って話がしたい。私が出向く。場所を教えてくれ」
「必要ありません。無駄な接触はおやめ下さい」
「頼む」
「無理なものは無理です」
いくら恵那和が頼んでも、輝が取り持つ気は窺われない。
むしろ、輝の恵那和に対する拒否感が、言葉の節々からひしひしと伝わる。
「じゃあ良い。自分で探す」と、痺れを切らした恵那和は踵を返して外へ秋花を探しに出ようとした。
そんな彼を見て、輝は咄嗟に自身の能力を発動する。
鉄元素から無尽蔵に鉄を精製することができる輝は、障子の金具に触れ、その金具の鉄元素を利用し、二人の神の行く道を阻むよう鉄格子を表出させた。
「お嬢の迷惑になると言っているのです。ご理解を」
顔は穏やかに微笑んではいるが、怒りの感情は剥き出しだ。
輝が微笑んでいるのは、怒りを少しでも隠すためのものではなくあくまで社交辞令であり、むしろ彼の場合、己の感情は全面的に態度に出す性格である。
「能力出したってことは、妖から神への果し状と受け取っていいんだな?」
彼の能力の発動に、素戔嗚が食いついてしまった。売られた喧嘩は見逃さない素戔嗚のことだ。攻撃的でなくとも、「神に対して能力を発動した」事実に乗じて自分のストレス発散に輝を殺したがるはずである。
しかも、輝がここまで敵意剥き出しであるだけで、仮に素戔嗚が手を出したとしても、是非が問われることは愚か、確実に輝に非が問われることだろう。
「素戔嗚、やめ」
「輝?」
一触即発の状況の中、そこへ丁度出かけていた秋花が帰ってきた。
「お嬢!」
「輝、何をしているのですか?」
輝が作った鉄格子を指差しながら秋花は尋ねた。
「なんでもありません。お気になさらず!」
秋花に問われるや否や、輝は何事もなかったかのように鉄格子を消した。
「ちょうど良かった、秋花。話がある」
「そう何度も来られては困ります。お引き取り下さい。人数増えてますし」
面の隙間から素戔嗚の方に目を振りつつ、怪訝そうに秋花は言った。
「貴様か! 百足を斬れる妖は!」
彼女を見るや、素戔嗚は少し興奮しながら秋花に歩み寄ってきた。
「どなた?」
「やれやれ。ここの野良共は揃いも揃って無知な奴らばかりだな。野良にも温室で育てる概念があったとは驚きだ」
「名前を尋ねただけで悪口を言うほど会話が成り立たない神なんていましたっけ?」
「やはりお嬢も菫から聞いてませんよね」
「聞こえているぞ‼︎ 」
揃いも揃って素戔嗚を諸共しない秋花と輝。しかし、秋花の場合、嫌味や含みを混ぜる輝とは違って素で言っているということだ。
「この男は勝手に付いて来ただけで関係ない。邪魔なら消す」
「恵那和も少しは間を取り持て!」
ついには身内からも切り捨てられる素戔嗚。
「前の話の続きならしませんよ」
「違う」
「では何の件についてですか?」
「ここでは話せない。2人で話せる場所に行こう」
「いけません、お嬢」
秋花よりも先に、輝が口を出した。
漸く部屋から体も出し、彼女のの手を掴むと
「よく知らぬ人には着いていくなと皆に言われているでしょう? さあ」
秋花が有無を言う前に、そう言い聞かせて部屋の中へ連れて行こうとした。
するとその時。
バキッ!!
「「「「‼︎」」」」
床板が真っ二つに割れる音が、天井真上から突然鳴り響いた。その後もミシミシと軋音が鳴っている。まるで、空いた穴がさらに広がっていくように。
4人は恐る恐る上を見ると、そこにあったのは、狂気な笑みを浮かべながらこちらをじっと見つめる、巨大な女の顔だった。
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