第四話

 その後、百足の侵入の話が瞬く間に広がったのは言うまでもない。彼らの食糧となる神々は宴の上々気分から一転し、安全性が保証されない環境下に不安が募り、最早神議どころではなくなった。挙句、これを機に守衛として僧正坊が野良の妖を雇っていた事が神々にバレてしまい、神々の疑念の目は、一気にその野良達へと白羽の矢が立った。

 神々から野良の信用性に対する追及を受けた僧正坊は、翌日、武神、高神を神議場の大宴の間に呼び出し、緊急対策会議を開いた。


「概要は恵那和から聞きました」

「そう大それたことではない」


 事の重大さを理解していないのか、それとも天狗は犠牲にならない他人事だからなのか、僧正坊の態度からは焦りが見られない。

 これを機に、宴でははぐらかされた野良の情報を聞き出そうと企んでいた天照だったが、彼の考えが読めない分、下手に話を切り出す事ができない。タイミングを見誤れば、天狗の面目を潰す行為と捉えられかねないからだ。

 しかし、だからと言って、面倒事を全て他人任せにするのが彼の性分が、神の無関与など許すとも考えられない。勝手に自滅してくれた手前、引導を握れると思っていたが、何を企んでいるのか読めない現状では、僧正坊の出方を見るしかない。


「聞けば、昨夜の宴の際にこちら側の守衛で百足討伐に当たっていた者はおらず、状況を正しく把握してる者はおらなんだ。神々の命に関わる大切の会議で、又聞きの情報を報告するわけにも行かぬ。そこで良い機会じゃ。紹介も兼ねて、例の野良どもに報告してもらう」

「‼︎」


 それは願ってもない状況だった。まさか僧正坊の方から場を作ってくれるとは考えもしなかった。何か企みがある事は間違いないが、天照にとってはこの際どうでも良かった。天狗側で首輪が付いていない野良を隠し飼いされ、情報のみを流されるよりも、直接見極めを行えるのだから。


「天照、お前にとっても願ってもないことだろう」

「え、あ。まあそうですね……、紹介をして下さるとは露も思わず」

「まあ儂が首輪付きでない者を飼い慣らしていることに不安を持つのは、至極当然のことじゃろう。主らは基本、安全性を考慮して教育を施した者以外は持たがらぬからのう」

「お気遣い痛み入ります」

「野良と直接交渉したのは太郎坊じゃ。我らの意向も含め、ここからは太郎坊と話せ」


 僧正坊に代わりに矢面に立ったのは、いつも彼の後ろに控える物静かな天狗。


「僧正坊様に代わりまして、ここからは太郎坊こと、私烏水がお話をさせて頂きます」


 太郎坊とは、僧正坊の右腕的存在である側近であることを示す天狗の階級。

 つまり、彼は天狗の中で最も実力を持つ者。それなのに体型は他の天狗よりも細身で、筋肉量も少なく、比較的弱そうに見える。

 抗争とは無縁そうな落ち着いた雰囲気な一方、神に劣らぬ容姿の持ち主である。それでいてなかなかのキレ者で、僧正坊の後ろ暗い出来事の処理は彼が担っており、密かに天照大御神も一目置いている人物である。それでいて、腹の底が知れないミステリアスな部分もあり、一部の女神達からは人気がある。昨日の宴会場で僧正坊に群がった女神の中の何人かは、この太郎坊目当てで役を引き受けた者も少なくない。

 独裁的な僧正坊が天狗筆頭であり続けても尚、天童との繋がりがまだ辛うじて敵対していないのは、間違いなく彼が上手く取り計らってくれているおかげである。


「最初に状況についてです。侵入した百足ですが、昨日確認したところ、侵入後はすぐに野良が始末し、かつそこから12時間以上経過して行方不明者は今のところ確認されていませんので、数は一体で間違いはなさそうです。

次に、委託している野良についてですが、今回のことが起きた以上、神々の皆様も信用にたる存在か否か、より一層不信感が募ったことでしょう。その為、昨日の協議の結果、この場を借りて直接当人どもから事情聴取をし、今後は神々の皆様と情報を共有していく形で進めさせて頂きたく存じます」


 発言から察するに、この状況のお膳立てをした黒幕は烏水と見た。天照が尋ねたところで頑なに野良のことについて何も言おうとしなかったのには、何か企みがあってのことだったのだろう。それをあんなに余裕な態度で、僧正坊の首を縦に振らせられたのだ。何を考えてそうしたのかは分からないが、きっと彼以外にできる者はいないはずだ。


「神々、並びに天狗の御人に拝謁いたします」


 烏水に連れてこられた妖は2人。部屋の左右に対面して座る神と天狗の間に正座し、深々と頭を下げた。

 2人とも性別は女で、天狗達と同じ黒狩衣を纏っている。


「面を上げて名を答えよ」

「百足討伐に、百鬼村より参りました。用心棒・妖退治その他諸々の妖絡みの依頼を請け負う何でも屋 菫と申します」

「同じく七と申します」


 1人は菫色の長髪、菫色の紅を塗った妖。そしてもう1人は、蒼色の鋭い眼光を放つ瞳と犬歯を持つ白銀短髪の妖であり、二人の第一印象からは性格の粗暴さは感じられない。


「では早速」

「待て。現場にいた面をつけた妖も呼んでほしい」


 恵那和が烏水の進行に待ったをかけた。

 その発言を聞いた菫は、すぐに襲われた神が彼である事に気づいた。


「ああ。貴方様が。この度はこちらの不始末で危険な目に遭わせてしまい、大変申し訳ありませんでした」

「詫びは要らぬ。それより百足を斬れる4人の内の1人が彼女なのだろう?」

「丁度良い。当人から詳しく話を聞きたいものじゃ」


 恵那和の意見に天照も賛同した。

 しかし……


「恐れながら、それは致しかねます」

「何故じゃ?」

「申し訳ございません。こちらにも事情があります故」

「菫。お前も現場にいた者から話をした方が良かろうに」

「いいえ!」


 僧正坊までもが賛同を重ねたが、菫は頑として首を縦に振らない。それどころか、段々と彼女の語気が強まっている気がした。まるで、その面の妖を必死に庇っているかのようだ。


「ご心配なさらずとも、当人から色々話は聞いております。『側から見ていた神の言い分の方が正確だろうから、好きに言ってくれて構わない。異論はない』とのことです」

「それに、現場には私もおりました。今は人型ですが、依代は犬。あの時いた山犬の妖でございます。ご存知の通り、彼女は百足を殺せる数少ない人手でございます。現場での彼女の穴は埋めづらい。ご理解の程、頂きたく存じます」

「まあ、出ぬ者に固執しても時間の無駄じゃ。進めるぞ」


 上手く言い逃れをされた気もしなくはないものの、話はそのまま進む流れになった。

 その時、恵那和は微かに僧正坊の方から、小さく舌打ちのような音を聞いた気がした。しかし、聞こえていないのか、将又聞こえないフリをしたのか、誰も気に留める事なく、会議は滞りなく行われた。

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