第五話
神が泊まる宿泊部屋がある東棟とは反対の西棟にある、今は使われていない中宴部屋。
黒御殿の中階の奥の角部屋に、彼らはいた。
「ねえ、輝! 着物の袂、百足に取られた! 直して直して!」
「困りましたね。私は裁縫は得意ではありません。菫に頼みなさい」
「ちょっと未帆、声を落としなさい。お嬢が起きちゃうじゃない」
「ねぇ、悪いんだけどお酒のおかわり頂けるかしら?」
「瑞樹姉ちゃん、ほどほどにしておかないと当番の時に酔っ払った状態で戦うことになるよ? もうちょっとで当番でしょ?」
「もう酔っ払ってるわ。私は酔っ払った方がまともなの」
「それは元々まともな時がないってことじゃ……」
40畳一間の忙しい空間では、子どもから老体まで多くの妖達が忙しなく動き回っている。
食事の準備をする者、百足の返り血を浴びた洗濯物を処理する者、着物が破れたと駄々をこねる者、勤務直前まで酒を飲む者、春画の袋綴じをこっそり開ける者、爪切りに失敗して深爪する者……。
妖らしく自分勝手な振る舞いで、彼らは出動の時を待っていた。
「ねぇ、菫はいつ帰ってくるの? 袂に早くおもちゃ入れて遊びたい!」
先ほどから服を直せとしつこく要求しているのは、小妖怪の未帆という。彼女は火薬の付喪神であり、炎を操る能力を持つ。見た目は、齢6つくらいの年頃で、栗毛色をした三つ編み髪をしている可愛らしい女子に見える。
しかし、見た目に反して彼女の操る火力は凄まじく、かつコントロールは効かない。それ故に何をしでかすか分からず、くしゃみをするだけで気づけば山火事が起きているなんてこともある、悪気ゼロのタチの悪い妖である。
「菫は僧正坊様の長く実りのない話に付き合ってるので、まだ暫く帰って来ませんよ」
「ええーーーーー!!」
未帆のわがままに真摯に答えているのは、日本刀の付喪神 輝。鉄元素から無尽蔵に鉄を作り出すことができる能力を持つ彼は、菫の下で医術を学ぶ見習いの医師である。
「どれくらい大きいおもちゃですか? 手鞠程度なら巾着で我慢なさい」
「袂に花火入れて腕振り回したら蛇花火が作れるの! 巾着じゃダメに決まってるでしょ?」
「袂に入れてもダメですけど?!」
「未帆~、そんな男に頼らなくてもあたしが直してあげるじゃない」
「今の話を聞いて何故直す気になれるのですか!」
この女妖怪は骨牌。花札の付喪神であり、元遊女である。現役時代の名残で、肩や足の露出が多い服装を好み、妖の中では最も目を引く御色気強めの姉妖怪だ。加えてその過去の経験から生粋の男嫌いとなり、輝を含め、身内であっても男に対する態度はいつも刺々しい。
「未帆、アンタ今のうちから若い男に頼るなんてこと覚えちゃダメよ。男の優しさの9割は下心ありきなんだから。それも大半は妥協よ?」
「たかが着物の修繕依頼だけで、よくそれだけ男嫌いの持論を語れますね」
「持論じゃないわ。事実よ。輝も自分の一時的な欲求処理のためなら、いくらタイプじゃなくても女に糸目を付けないでしょ?」
「仮にそれが事実だとしても、私は妥協で幼女に下心を抱くほど見境無いわけじゃありません」
「お嬢にあれだけ心酔してるクセに、幼女に下心抱かないなんてよく言えたものね」
「お嬢は幼女じゃありませんから!」
「16の娘なんてあたしらからすれば十分幼女じゃない!」
「それって私のことですか?」
白熱する二人の話の間に、隣の部屋の襖から一人の少女が眠い目を擦って割って入ってきた。
乱れた襦袢に、乱れた髪、眠そうな表情……明らかな寝起き姿で夢現な少女を前に、妖達はこぞって少女の周りに集まった。
「お嬢」
「おやおや、起こしてしまいましたか」
「また喧嘩ですか?」
喧嘩で殺気立っていた様子とは大きく異なり、まるで忠犬のように、妖達は少女に接した。
「また骨牌が勝手に語っていただけです。お気になさらず!」
「こうゆう下手に出る男に碌な奴はいないって未帆に教えてただけよ」
「黙りやがりなさい。食事の準備は出来ているようですが、如何されますか?」
「じゃあ頂きます」
妖達が慕うこの少女______名を榊
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