第一話

 ____来たる12月某日。


 天狗界に神が集った。

 僧正坊が座す黒御殿に、天道の末端から大神までが貢物を持ち寄り、彼の者の前に捧げた。


「本年中もひとかたならぬご厚情を賜れましたこと、御礼申し上げますとともに、新年も変わらぬお付き合いのほどをお願い致したく、馳せ参じました。僧正坊様、並びに天狗界の皆々様に於かれましては、来年度も幸多き年となりますこと、天道一同、心よりお祈り申し上げます」


 全神々を従え、鎮座する僧正坊を前に仰々しく挨拶するのは、現天道筆頭の天照大神。


「うむ。神々も息災のようで何よりじゃ。今後とも我ら天狗界をよろしく頼むぞ」


 御殿内最大の広さを持つ最上階にある大宴の間。その部屋の上座で優雅に扇子を仰ぎながら肘掛けにもたれ、僧正坊は例年いつもの言葉を返した。


「堅い挨拶は終いじゃ。早速、此度の神議の余興を始めようではないか」


 隣に控えていた側近に目線をやると、会場の入り口から多くの天狗達が、神々の前に大量の馳走と酒樽を担ぎやってきた。

 毎度見る光景とは言え、宴好きな神々の顔からは自然と笑みが溢れている。


「お心遣いに感謝いたします。皆も喜びましょう」


 合同神議初日。今宵は、神議前夜祭にあたる懇親会である。

 酒と肴を持ち寄って、天狗と神が一夜中飲み明かす酒盛りの日。同じ階級の者同士で酒を汲み合い、便宜上、神狗の絆を深めることを名目とした宴だ。

 しかし……


「僧正坊様、おかわりを」

「次は私めが」

「うむ、良きにはからえ!」


 宴が始まってすぐ後、僧正坊の周りを酒瓶を持った女神が囲んだ。

 酒と女好きで有名な僧正坊への計らいとして、天照本人が予め用意していたのである。

 この宴の裏主訴は、僧正坊の太鼓持ち。


 天照の賄賂により、僧正坊の機嫌はすっかり上々となった。機嫌を損なわないよう細心の注意を払いながら、天照は彼から情報の聞き出しを目論む。


「僧正坊様」

「ん? なんじゃ、天照」

「明日の神議に挙げる議題を拝見させて頂きました。我ら天道にご配慮頂きましたこと、感謝申し上げます」

「うむ」

「ところで、前回も議題に上がっておりました『百足』について、何か変わりはありましたか?」


 『百足』とは、6年前に突如として天狗界に現れた正体不明の怪物である。

 天狗でも、妖でも、況してや神でもない存在で、10本の手足を生やした女郎蜘蛛のような化物。女の顔をしているが、個体によって手足の比率や、顔の数などに一貫性がない。

 彼らは天狗に興味を示さないが、神を喰らう。加えて、天狗や神の力を持ってしても倒すことは不可能で、未だ攻略方法は判明していない。年々緩やかに増殖しており、対策が急務とされてはいるものの、手の施しようがないのが現状である。


「ああ、百足か。また増殖した以外に2年前と何も変わらぬ」

「前回の神議では封印の話が出ていましたが……」

「試みたが依代の鳥居を壊して這い出てきおった。意味はない」

「そう、でしたか……」


 『百足』の存在は天照にとって、天狗界と天道との親善においてまさに癌だった。

 天狗を喰わず、神を襲う、正体不明の化け物。顔があっても言葉を発することはなく、意思疎通が不可能。正直、天狗の新種の傭兵ではないかと天照は疑っている。


「そう肩を落とすな。対策はちゃんと考えておる。おい、あいつを呼べ」


 天照大御神の前に側近に連れて来させたのは、とある山の神であった。


「拝謁賜り、光栄に思います」

「この者は?」

「山の神じゃ。実はここ数年、主には内密に百足の始末はこの者に一任してみたのだ」


 自然に司る神には、子どもの容姿をした者が多い。この神も例外ではなく、10過ぎくらいの幼い見た目をしていた。


「奈桐山の神 天野と申します」

「天野と言えば、確か神使が」

「はい。天照大御神様の弟君、素戔嗚尊様と懇意にさせていただいております」

「百足の件は、目処が立っているのか?」

「はい。抜かりはありません。僧正坊様からの依頼を直接受けた私の知人が、始末を担っております」

「知人?」

「我が山に巣食う、妖たちにございます」


 『妖』

 それは、付喪神に定義する。人間界で使われていた物に魂が宿り、能力を持った物の怪たちのことである。

 神と妖が繋がることは、特に珍しい話ではない。むしろ、気に入った妖を神使とする神も少なくない。


「妖なら以前使ったことがあるぞ。効果はなかったと思うが?」

「恐らく、その妖は持たざる者だったのでは?」

「『持たざる者』じゃと?」

「同じ妖でも有効打の者とそうでない者がいます。いくら強い妖でも太刀打ちできない者もいれば、後衛特化した妖の平手が効く場合もございます。僭越ながら、百足にとって餌となる神と契約をしている妖は戦力になりません」

「では、其方が用意した妖は……」

「全員が、『野良』でございます」


 それは、素性知れぬ、神と契約されていない妖達への一任。万一何かあれば、この山神の首が飛ぶことはもちろんのこと、天道の威信に関わり兼ねない綱渡り。それを僧正坊は、天照に黙って一介の神と契約を取り交わしていた。しかも、悪びれもなく平然とその秘密を打ち明ける。

 今に始まったことではないとは言え、僧正坊のその無神経さに、天照は内心腹立たしく思っていた。


「野良とは言え、心配はご無用。腕は確かです」

「その中で、太刀打ち可能な者は?」

「全員で3人」


 天照としては天道の立場が劣勢になることは避けたいところ。

 ……だが、上手く妖達を御すことができれば、僧正坊に恩を売ることができるのもまた事実。


「まあ、そう探るな。こやつの知人は私も知っておる。個人的な付き合いもある。野良とは言え、天照が案ずるようなことはない」

「彼らにも私の方から、なるたけ神々や天狗の者との接触は避けるよう伝えてあります故」


 僧正坊公認なのであれば、リスクはあれど事が起こったとしても、この神とその神使を捨て置く方向で妥協させれば良い。今回は野良であったのが功を奏した。僧正坊が自ら保証してくれたのだから、天道への非は最小限で済ませやすいはず。


「僧正坊様がそう仰るのであれば、そのように……」

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