第22話 最上くんはアオハルしている

(ええええ! うそおおおお!)


 本郷ほんごうツバサは心のなかで叫んだ。


(あ、あれはガモン君……だよね。なんでこんなところにいるの? てか、ちがうちがう、そうじゃなくて……そんなことより、だ、誰よ、隣にいるあの女!)


 本郷は仕事で臨海地区にある放送局をおとずれ、これから帰社しようとしていたところだった。そこでたまたま小説家である〈日下部くさかべカラス〉こと──最上もがみガモンを目撃したのだ。そして最上のよこには同級生らしき健康的な少女がいた。


 ふたりがならんで歩くうしろ姿をみて本郷は、


(な、なんてアオハルな光景なの……)


 と心を奪われた。


(思い返してみれば、私にあんな青春はなかった。彼氏はもちろん同性の友達すらいなかった高校時代。進学後、キャラ変しようとがんばったけど空回って黒歴史化した大学時代。私はいまでも小説、アニメ、漫画のなかに現実逃避しつづけている陰気なくされ女子にすぎない──


 ほら、みて。ふたりのあの距離感。手もつなぐことができず、近すぎず離れすぎず──絶妙な距離感を保ちつつ、ふたりはならんで歩く。この距離感がそのまま、ふたりの心の距離感。初心うぶで健全で清々しくて──糞ッタレだわ!)


 本郷の顔は金剛力士像のように歪んだ。通りすがりのサラリーマンがかるく悲鳴を上げるほどだった。


 本郷のちかくにもう一人、本郷と同じように顔を金剛力士像にしている少年がいた。少年は小学高学年くらいで自転車にまたがって、最上と少女を凝視していた。


 本郷と少年は目が合った。お互いがお互いの顔にびっくりして、我に返った。


 少年はそそくさと自転車を漕いで去ってしまった。


(あの少年……どこかで会ったことがあるような……)


 本郷は記憶を掘り返してみたが、結局思い出すことはできなかった。


 そうこうしているうちに、最上と少女は地下鉄の入り口に降りていってしまった。本郷が会社にもどるなら別の路線だった。本郷はしばらく思い悩んだ結果、ふたりを追って地下鉄に乗った。




 二駅ほどで少女が先に電車を降りた。本郷はすこし迷ったが、少女を尾行することにした。


 少女が降りたのは、近年開発ラッシュで高層ビルが次々と建設されている地区だった。


 少女は改札を出たあと、交通量の多い大通りを一本奥に入る。そこは、木造の古い家が所狭しと建ち並び、狭い路地があり、昔ながらの商店街があった。大通りに林立しているビル群との対比がすごい。


 少女は八百屋や肉屋や魚屋で買い物をした。


(浮かれた女子高生っぽくないわね。あれじゃまるでお母さんみたい)というのが本郷の率直な感想だった。


「フトシ! フトシ!」


 少女がなにやら大声で叫んでいる。


 みると、自転車に乗った少年を呼び止めているようだ。


(あれ? あの少年……さっきスンゴイ顔してあの二人を睨みつけていた……え、あの少女と少年は姉弟?)




 本郷が会社に戻ると、寄り道したことがすぐにバレて先輩社員にこっぴどく叱られたことはいうまでもない──

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