第21話 最上くんはコンボをキメる

 俺の名前は、蘆毛あしもフトシ──さっき姉のデート現場を目撃してしまった小学六年生だ。


 只今、人生初の不穏な感情に飲みこまれ、戸惑っている真っ最中である。この言いようのない感情をどう処理すればいいのか? 世界のすべてから敵意を感じるこの感覚──このままではだれかに危害を加えてしまいそうだ。俺はこの感情をぶつける対象をさがした──


(そうだ! あれしかない!)


 俺はを得た。


 俺は乗ってきた自転車をちかくの駐輪場に停めると、ショッピングモールのなかにあるゲームセンターに直行した。


 ゲームセンターの片隅に俺のお目当てのものがあった。対戦格闘ゲーム『ストリートストライカーⅢ』だ。


 筐体にあるカードリーダーの上に俺のICカードをかざす。すると俺のランクや戦歴が画面に表示される。猛者プレイヤーにしか到達できないランク〈マスター〉──さらにそのなかでも上位百人だけにあたえられる〈プレデター〉の称号が俺のハンドルネーム『FutoshiTheBeast』の下に輝いていた。


 俺はさっそく全国の野良プレイヤーとオンライン対戦をはじめた。とはいえ、俺の相手になるようなプレイヤーはそうそういない。俺は当然のように連勝をかさねていく。ヌーブ(初級者、新入り)どもを蹂躙していく快感が、俺の黒い感情を上塗りしていく。気分は悪くない。


 二十連勝したときだった。オンラインではなくで対戦が組まれた。つまりこのゲームセンター内に対戦相手がいるということだ。俺は首をのばし対面の筐体を覗きみる。


(姉ちゃん!)


 そこに姉のフミカが立っていた。俺は動揺して筐体の陰に隠れた。


(なんで姉ちゃんが? 映画は終わったのか? ……いや待て……ということは、いま筐体の前に座っているのは……!)


 せっかく消えかかっていた憎悪の炎が燃えさかった。


(ギタギタにしてやる!)




   ×   ×   ×




 ドンッ!


 筐体を叩くすごい音にフミカは飛び上がった。


「な、なに?」




 フミカは最上もがみガモンといっしょに映画を観たあと、なんとなくゲームセンターに入った。そこに見覚えのあるゲーム『ストリートストライカーⅢ』があった。弟のフトシが家でよくやっているゲームだった。


「あ、これってゲームセンターにもあるんだ」


「蘆毛さん、このゲームしってるの?」最上が訊く。


「うん、弟が家でよくやってて」


「そうなんだ。結構古いゲームだよね、これ。俺も中学生のころよくやってたなあ」


「そうなの? 最上くん、ちょっとやってみせてよ」


 といった経緯で最上がゲームをはじめたら三連勝してしまった。そこで先程の〝台パン〟だ。




「いや、俺が一方的に勝っちゃったから怒ったのかも」最上が申し訳なさそうにこたえた。


「え、そうなの……」


 フミカはおそるおそる対面の筐体を覗きみた。すでに対戦相手はいなくなっていた。


 フミカはほっと胸を撫でおろすと、


(このゲーム、怖っ! フトシ、こんなゲームにハマってて大丈夫なの? お姉ちゃん心配だよ)


 と思わずにいられないのだった。

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