第20話 最上くんは憎悪されている

 俺の名前は、蘆毛あしもフトシ──現在反抗期真っ只中の小学六年生だ。


 俺には母親がいない。俺を産んですぐに死んでしまったらしい。生まれたときから母親がいなかったので、それが当たり前になっている。だから、母親がいないせいで淋しいなんて感じたことはない。


 俺を育ててくれたのは、父と祖母(父の母)、それから四歳上の姉フミカだ。


 三人のなかでも一番〝母親〟の役割をになってくれたのが姉だった。


 幼いころ泣き虫だった俺は、いつも姉の後ろにくっつき、まとわりついていた。それなのに最近、姉の存在が苛立たしくてしかたがない。


 俺がリビングのソファーに寝そべってゲームをしていると、姉がやってきた。


「フトシ、お姉ちゃん友達と映画にいってくるね。夕食の時間には帰ってくるから」


「……」俺は姉を無視する。


「……はあ……いってきます」


 ──バタン。姉は出かけていった。


 姉は高校生になってから、部活やら勉強会やら花火大会やら──と外出することが多くなった。なぜか俺はそれが気にくわない。姉が自分ばかり楽しんでいることがゆるせない。こんな感情は、八つ当たりでしかなく理不尽なことだと自覚しているが、わき上がってくるものはしかたがない。


 俺はゲーム機をソファーに投げ捨て、友達数人に「どこか遊びにいかないか」と誘いのメールを送った──が、みんな夏期講習で忙しかった。


 イライラが頂点に達した俺は一人で外に出た。


 自転車に乗り、海岸沿いの道を目的地も決めずに走った。ここらへんは臨海地区で、住宅地をすこし外れれば倉庫や工場などが多くなる。


 しばらくすると、巨大な吊り橋がみえてきた。吊り橋は二重構造になっていて、上が線路、下が道路になっていた。俺は大型トラックがばんばん通り過ぎていく道路のはじの歩道を自転車で走った。


 吊り橋をすぎると埋立地を開発した商業エリアがある。ここには企業の大きなビル群や自然豊かな公園、映画館やショッピングモールなどの娯楽施設があった。


 俺はのどが渇いたので、自転車を停め、自販機でコーラを買って飲んだ。


 あたりは夏休みのため家族連れや中高生の姿がいつもより多い。俺は予想以上の人混みの多さに──来る場所をまちがえたな──と後悔していた。


(やっぱり家に帰って冷房のきいた部屋でゲームでもしよう)


 そう考えていたときだった。俺は信じられないものを目撃してしまった。


 あれは──姉ちゃんだ!


 そういえば友達と映画を観にいくといってたっけ……てっきりあの三バカトリオ(たしかヒナとユズハだっけ?)だとおもってたのに──


 俺は驚愕していた。なぜなら姿


 俺は、自分のなかに小さな黒い感情が灯ったのを感じた。は火種となり、燃えひろがる山火事のように、俺をみるみる侵食していった。生まれてはじめて知る感情だ。そうか──これが〝憎悪〟というやつか。


 俺の口から黒い感情の煙が言葉となってれ出た。


「誰だよ……アイツ……」

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